第7話 緊急対策会議【回想】

 ──スカラップ侯爵子息【婚約】お相手は子爵令嬢──

 ──次期スカラップ侯爵セリオル様の選ばれた女性──

 ──セリオル様、シュリン様お二人の睦まじいお姿──


 テーブルに広げられた新聞の見出しに私は頭を抱えていた。


「これは随分と情報が早い」

「スカラップ側で新聞社に情報を漏らした人物がいるわね。まあ、誰だか分かるけど」


 婚約の打診を受けた翌日。新聞の一面には私とあの人の事が書かれ、殿下とレモラは朝一番に駆けつけてくれてこうして緊急対策会議を開いている。

 けれど……。

 どうしよう。本当に困った事になった。

 私は新聞から目を離し、目の前で眉間にシワを寄せている二人を見る。

 私の視線に気づいたのか二人は顔を上げて私を見た。


「良い方に考えよう。ここまでしたのだからセリオル達は迂闊な行動は出来ない。もし、すぐに婚約が破棄されたとなれば何があったのか大衆は勘繰る。スカラップ側の権力に不審を持つようになるだろうから」

「ええ、シュリンはこれまでの通り努力をしていればいいわね」

「努力する令嬢を捨てたスカラップ侯爵家、となれば評判が下がるからな。それは流石の侯爵家も避けたいところのはず」


 確かに婚約発表をした直後のタイミングで婚約破棄なんてすれば噂になる事は間違いない。そうすればいくらスカラップ家が力を持っていようと悪評がつく事は免れないだろう。そしてそれを庇うのなら何かあるのではないかと勘繰られる。

 いくらあの人達でも家に汚名がつくような事をしないかも⋯⋯でも。私は再び新聞を見てため息が漏れる。


「人並みの思考を持って、侯爵家の一員としての立場をあの人達が理解していれば良いのですが」

「──ぷっ」

「あははっシュリンたら心の声出てるわよ」


 本音が出てしまった。

 先生にあれほど本音と建前を使い分けるようにと言われたのに。

 言ってしまった事は取り戻せない。はっとした私に殿下とレモラは笑い出した。


「いいねえシュリン嬢」

「私達だけの時は建前なんて気にしないでよ」

「シュリン嬢はこれまで通りセリオルの恋人を楽しめば良いよ⋯⋯いずれ婚約破棄になっても君に不利な事にならないよう配慮しよう」

「そんな、殿下のお手を煩わせては⋯⋯」

「シュリン嬢。これは僕の問題でもある。君がセリオル達に受けている仕打ち。これは僕がやろうとしているアルバとフィレ侯爵家の双子、スカラップ侯爵家兄妹の性悪さを露見させる為の材料なんだ」

「こんな言い方してるけどシュリンはもう私とラルのお友達なのよ。素直に頼って」


 お友達。その言葉に胸の奥がじんわり温かくなって目頭が熱くなる。ここに居る二人は「友達」だと言ってくれる。それがとても嬉しかった。


「うん。頑張って嫌がらせを受けるようにするわ」


 気合を入れてそう言えばまた二人は笑ってくれた。

 それからしばらく三人で話し合って今後の方針を決めた。

 まずはシーズンの始まりを宣言する初夏に王宮で開かれる夜会でエスコートされるだろうからそれを受ける事。そこであの人達は嫌がらせをしてくるだろうが出来るだけ人前で嫌がらせを受けるようにする。

 社交界では婚約者として振る舞う事。今までのような恋人同士の振る舞いではなく、婚約者としてあの人の希望を全て受け入れている姿勢を見せるようにする。

 

「確認だけど、シュリン嬢。君は本当にセリオルが好きなのかい? 本当に偽りの婚約者で良いのかい?」


 殿下がふと真剣な表情で聞いてきた。

 

 私はあの人の「顔」が好きなだけ。人を貶め、辱め、気持ちを踏み躙る性格はとても嫌い⋯⋯大嫌いだ。


「私は、あの人の「顔」が好きなだけです。憧れの人と偽りでも一時の恋人⋯⋯婚約者になれるのですからそれを楽しみます」

「⋯⋯分かった。君の気持ちを尊重しよう」


 殿下とレモラはどこか悲しげに微笑んだのを私は見なかった事にした。


「ねえ、アップルパイ食べよう? 色々考えたり我慢したり。そんな時は甘い物が一番よ。それに、これから気合を入れて対抗しなくてはならないのだから元気の補給!」

「ふふっそうね。負けられないものね」


 レモラが土産だと持ってきてくれたアップルパイに手を伸ばした時だった。


 慌てたメデュが部屋に駆け込んできたのだ。


「ご歓談の最中ご無礼致します! お嬢様! あのクソ⋯⋯あ、アノヤロ⋯⋯アノオカタがいらっしゃいました!」


「ええ!? 殿下っレモラ早く帰らな⋯⋯ああっ出口はダメです! えっと、そうだっ一先ず寝室へ! あ! グラスを持っていってください」


 レモラはともかく殿下を寝室へ入らせるのは失礼にもほどがあるが、そんな事を言っている場合ではなく、私は飲んでいたグラスを持たせた二人を寝室へ押し込み、一人でお茶の時間を楽しんでいると装いながらハニーレモンを口にして──咽せた。


 ──テーブルには三人分のアップルパイ──


 さあっと血の気が引いた。一人でお茶をしていたと装うにはグラスが三つあってはおかしい。その事には気付いたのに。

 今から持っていったらあの人が部屋に来てしまう。寝室にアップルパイを持って行くなんて不審すぎるでしょう!?


「シュリン? 入ってもいいかな」

「えっ!? は、はいっ」


 私は思わず自分のお皿にアップルパイを三つ乗せてあの人を迎え入れた。


「連絡もなしに来てごめん⋯⋯でも、もう婚約したのだから⋯⋯」

「え、ええ、はい。婚約するなんて⋯⋯夢のようです」

「シュリン! 夢じゃないよ。君と俺は婚約したんだ⋯⋯ここへ来る前に貴族院へ婚約の届けを出してきた。それを早く伝えたかった」

「え⋯⋯」


 私の手を取りあの人は頬を染め微笑み、とても嬉しそうに私を抱きしめてきた。

 新聞といい、婚約届けまで⋯⋯昨日の今日で仕事が早すぎるのではないか。

 私は目を丸くするしかなかったし、恐らく寝室の二人も驚いているだろう。


「シュリン、俺たちは正式に婚約者になったんだ。ずっと、一緒に居られるんだ。これから、もっとシュリンを知れる⋯⋯シュリンはアップルパイが好きなんだね。三つも皿に乗せて」

「あの、これはっ」

「こうして君を知っていきたい。俺は何でもするよ。シュリンが俺を好きになってくれるように⋯⋯」


 熱っぽい吐息と共に夢心地のように囁くあの人の声が頭を支配する。

 綺麗な顔の優しくて残酷な悪魔。一体どんな酷いことをしようと考えているのだろうか。これからの嫌がらせを想像して私の体温はどんどん下がっている気がした。

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