第7話 「感情のすり合わせ」


 部屋につくとヴァンがベッドに座るように託す。そのまま腰掛けるとヴァンは足元に膝をつき私の手を自分の額に押し当てた。


「ヴァン…?」

「いつも貴方は無茶ばかり」

「私は平気だよ、問題ない。むしろ元気だ、なぁヴァン。そんなに心配しなくても私は死なないよ」


 毒を盛られた私を看病してくれたのはヴァンだから心配になる気持ちもわからなくはない。でもその心配が強すぎれば行動が狭まりせっかく城から出た意味がなくなってしまう。

 私たちは自由になる為に歯向かい、逃げたのだから。


「ですがっ」

「私は弱くないよ、きっと倒す気になればヴァンにだって勝てる。強くなければ今私はここにいないのは分かっているだろう?互いにもう子供ではないんだから」

「……はい」

「心配しなくてもヴァンを置いていくことは無いよ、出るとあの場で判断した時にもちゃんと君に声をかけたろう」


 大人しく頷くヴァンの頭を撫でてやる。目を伏せされるがままだとやはり兄と呼ぶよりも弟という感じに近いのかもしれないなと少し思った。


「私達はもう主従じゃないんだ」

「っ僕の主はあなただけです!」

「ありがとう、でも突き放す為の言葉じゃなくてね」


 焦るように私を見るヴァン。何度も目の前で血を吐き苦しんでいる様を見せたから私の死に関して過剰に反応しすぎている。それはヴァンにとっても良くない。依存しあう関係など悲しいだけだと思うから。


「ヴァン、私の兄弟」

「え…?」

「マルクスと私は兄弟という感じではないだろう?それに今となっては私を按じる家族はいない。唯一私にとって血の繋がりがなくとも家族と言えるのはヴァン、君だよ」


 ヴァンの瞳がうっすらと涙を浮かべる。それに苦笑いをして頭をぐしゃぐしゃと撫で崩す。


「私は対等でありたい、確かに怒られるのは嫌だが。ヴァンが私を思って怒ってくれるなら甘んじて受けよう、でも先程の心配は少し過剰だったのではないだろうか」


 語りかけるように言えば困ったように眉をたらす。

 見なかったことにさせてもらおう。このまま説教を流したいという気持は確かにあるが、今のままではあまりに動きにくい。改善しないと依頼を受けても私を置いていきそうだからな。


「そんなに心配なら私と手合わせでもしてみるかな?勿論、実戦を想定したなんでもありのものだから君は相当戦いにくいと思うけど」

「……いえ、負けるのは目に見えてます、態々シエルに醜態を晒すのも嫌ですし…貴方が強い事を僕はちゃんと知っています、ただ怖いだけなので」


 ヴァンは魔法が苦手だからねぇ、剣だけだと辛いだろう。元より城では側仕えとして働いていて騎士ではなかった。

 時々鍛錬しているところを陛下への嫌がらせ帰りに見かけていたから腕は確かなのは知っている。

 それはヴァンも同じである。私が魔法の練習をする時人が来ないように見張りをしてくれていたのはヴァンだった。


 怖いというのはやはり私の母上と実母を亡くした経験からだろう。私が一人であった五年間はヴァンもまた一人だった。ヴァンの父親はヴァンが産まれた少し後に既に亡くなっているし。


「過剰に心配すればその分目立ち、命を狙われる可能性が上がるんだよヴァン」

「はい」

「私達は家族であり、友である。それは絶対に変わらないし、私は簡単には死なない。今までだってちゃんと生きてきた」


 心配するなとは言わないから、ちゃんと私にも歩かせて欲しい。戦わせて欲しい。友とはそういうものだろうと笑いかけると泣きそうな顔で返される。


「子供の時のヴァンはもっと図太い性格だったけど随分繊細になったよね」

「図太い…?」

「だって私に向かって兄と呼んでもいいといって腕を組んでいたろう?」


 懐かしいなぁと言うとヴァンが顔を赤くして俯く。恥ずかしいのだろう。

「兄と呼ぼうか?」

「いや…」

「私はヴァンはどちらかと言えば兄と言うより弟だと思うんだけどね」

「っ僕の方が誕生日は先です!」


 少しいじってやろうという気ではあったけどまさか食い気味に弟ではなく兄がいいと言われると思わなかった。

 自分でやらかしたと思ったのかヴァンが立ち上がり荷物を纏め始める。


「ヴァン?」

「知りません!」

「まだ何も言ってないけど?」

「知りません!!」


 自分の荷物だけを纏めてヴァンがキッと睨みつけるように私を見る。

 まだ頬は赤みがかっていたが、自分の荷物だけをまとめる辺りに成長が見える。


「早くまとめてください、待たせてるんですよ!」


 待たせることにしたのはヴァンなのになぁと少し不服な気持ちになりつつ、私も直ぐに荷物をまとめた。元々あってないようなものばかりだ。昨日手に入れた着替えと、剣、譲ってもらった背負い袋に入れたらもう終わりだった。


「行こうか」

「はい!」


 元気に返事をするヴァンにやはり兄ではなく弟の方がしっくりくるのだけどなぁと少し心の中で呟く。目の前を歩くヴァンの腰あたりに元気に振られた犬のしっぽの幻覚が見えるようだ。


「お待たせしました」

「思ったよりも早かったですね、もうこの街は出るんですか?」

「はい、軽く買い物したら出ようかと」

 私が答えるとルドガーが不思議そうな顔をした。意外だったのだろう。


「元々長居するつもりはなかったので」

「そうなんですか?」

「ええ、水と食料を用意したら昼前には出ようかと」

「馬とかは良いので?」

「はい、大丈夫です」


 歩きで行くのかと心配そうにしてくれるルドガーは本当に優しい人だ。街を案内するように紹介してくれた衛兵は人を見る目があるのかもしれない。私達にとって害にならない人選だった。


 私達がいいならと口を閉じたルドガーを急かし、保存食や飲料水を入れる水袋、簡単な怪我に対応できる様な薬と多少の毒ならどうにかできる解毒薬。解体用のナイフや塩と小さい鍋を購入し、手持ちの金額は銀貨1枚なった。さすがに入国した際かかる金額は2人でも銀貨を超えることは無いだろうと言う考えからだった。


 街があれば途中で狩った魔物や動物を売ればいいし、これだけ買えば大丈夫だろう。


「あぁ…いたいた、ルドガーとお兄さん達、ちょいとお待ちよ」

「あれ?古着屋のばあちゃんどうしたんだよ、普段出歩かないくせに」

「馬鹿言うんじゃないよ、私だって出歩く時はあるさ。ルドガーは良いんだよ。用があるのは後ろの2人さ、聞いたよ。今日には街を出るそうだね」

「え、えぇ。」

 なんだろう。態々呼び止められると思ってなかったから少しドキドキしながら返すとよたよたと歩くおばあさんは私達に布をそれぞれ渡してくる。


 なんで布?と思わず広げると、それは留め具がついている……外套だった。


「外套…どうして……」

「やっぱり貰いすぎてるしね、あんた達の選んだ服には外套が無かったから。旅に出るなら外套は持っとかないとだよ、寒さを凌ぐためにも。」

 ルドガーが言ってやればいいのにこのバカも忘れてるみたいだしねぇとおばあさんが笑う。


「元気で過ごすんだよ、風邪ひかないように」

「会ったばかりの僕達にどうしてそんなに良くしてくれるんですか?」

「貰いすぎていたって言ったろう、それに平民なんて協力しあって生きてくもんさ」


 びくりとヴァンが肩を揺らす。そんなあからさまに反応すると貴族だったということがバレるではないかと少し思ったけど、おばあさんは勘づいているような気がした。


「元気であることが一番、好きな事やってたくさん笑うこと。仲良くしなさいね」

「はい」


 優しく微笑んでくれるおばあさんの気遣いが嬉しい。本当にこの街に来てよかった。たった一日でしかなかったけど本当にそう思えるほどこの街の人は優しかった。

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