第5話 「温かく安全なご飯」

 身分証が出来て真っ先に行ったのは酒場だ。昼間は普通に食事を出しているらしい。


 味も美味しいのだとルドガーが教えてくれたので迷いはなかった。思えばこういったところで食べる事も初めてだった。

 食事も一人銅貨3枚という安さで懐にも優しい。


 おすすめを頼むと盛り沢山の焼肉が出てきた。どうやら冒険者や傭兵が狩ってきた魔物の肉らしい。元値が安いので沢山出せると言っていた。


 ルドガーも食べるということで折角だからと同じ机で食事をとる事になった。


「……温かい」

 オマケにつけてくれたスープを先に飲むと温かさにふっと力が抜ける。温かな食事は安心出来るのだな。

 それよりも、喜びを噛み締めたのは。


「それに毒の味もしない…!」


 もはや毒を入れられるのが当たり前になっていた城の食事を思い出せばなんと健康的な食事だろうか。舌がぴりぴりすることも無く、喉が焼けることも腹が痛くなることもない。


 頬が勝手に緩んでいく。力が抜けて、気が抜けて、ただ美味くて幸せだ。


 肉料理も初めて魔物のものを食べたが気になる所はなくむしろとても美味しかった。


「……今までどんなもの食べてたんですか?」

「ルドガーさん、聞かなかったことにしてください」

「いや…俺は別に構わないですけど…俺のも食べますか?」

「じゃあシエル、俺のもどうぞ」


 二人で話してたかと思えば二人に肉を分けてくれる。食べきれないだろうなという不安が少しあったが分けてもらうという経験も初めてで新鮮だ。


 ありがたくいただくともう既に陽が傾き出していた。流石に今日のうちに王家からの追っ手が来ることは無いだろうし、わざわざ危険な夜に出かける必要も無いのでルドガーに紹介された宿に泊まることとなった。


 遅めの昼食となったので夕食は入らないだろうと部屋だけ借りる事にした。体を拭く用のお湯は沸かして持ってきてくれるそうだ。


「シエル、入浴できませんが良いのですか?好きでしたよね」

「そうだけど気にはならないよ、むしろ新鮮で心が踊るというか…同じ部屋に泊まるのも久しぶりだなヴァン」


 自分用のベッドに横になる。

 この部屋は二人で1泊銀貨1枚だそうだ。ベッドがひとつだったりベッドがなければもっと安くできたのだが、初日だし疲れもあるからとこの部屋を選んだ。


 所狭しと並べられたベッドは近く、子供の頃、母上がまだ元気だった頃にこうして二人で寝ていた時があった。


「あれから何年でしょうかね」

「母上が亡くなったのが私達が六歳の頃だったか?その頃から引き離されたから……最後にこうして寝たのはもう十二年も前か」


 ぼんやりと天井を見上げる。平和で温かな日常はその頃にはあった。母上と乳母が亡くなり乳母の子であったヴァンと引き離された。

 再会できたのは私達が十一の頃で、五年ほど私は孤立していた。


「再会した時が懐かしいなぁ」

「そうですね」

「ヴァンは私の顔を見るなり泣き出してしまうし、大変だったんだよ」

「……忘れてください、ずっと心配していたんです」


 ヴァンも横になり同じ様に天井を見つめる。華やかさは少しも無く木目が良く見えるそれはまるで顔のようにも見えて。


「子供の時にこんなもの見てたら寝れなそうだな」「どうでしょう?…シエルは好奇心が強かったですし、もしかしたら手を伸ばそうとしていたかもしれませんよ」

「あれに?さすがに届かないぞ」

「届くように考えて行動してそうです、ましてや貴方は姿を変えられますから」


 確かにそう言われるとそうかもしれない。あの頃は新しいものに期待していた。さわっても何もならないのにまるで触ることがとても凄いことだと認識して行動しているかもしれない。


「城ではこんな話したこと無かったな」

「人の目がありますから、何処からバレるかも分からなかった……何より常に貴方は毒を飲まされていた」


 苦しげに言うヴァンに苦笑いがついこぼれる。

 ヴァンに再会した後の方は毒に慣れ始めていて問題が特になかった。一番辛かったのは離れた五年間だったのだが、それを態々心配性のヴァンに話す気にはなれなかった。


 バレてはいそうだけども。


「明日からどうしようか」

「この街は良い所ですが早く国を出た方がいいでしょう。幸いに僕達に馬は必要ありません、すぐにこの街を出てまずは隣りのハライト国に入国しましょう」

「資金が心許ないね、現金が今銀貨2枚に銅貨4枚…」

「では少し危険ですがハライトでは王都に向かいましょう、まだ残っているいくつかの飾りボタンを売って…現金もハライト国のお金に変えてしまいましょう」


 そうだねと返すと近くの酒場から歌声と音楽が聞こえてくる。吟遊詩人が来ているのだろうか。壁が薄いのか良く聞こえてくる。


 伸びやかな歌声に心地よい音色が組み合わさり笑ってしまった。


「シエル?」

「いや、勿体ないなと少しね」

「勿体ない?」

「うん、吟遊詩人は有名になると城に呼ばれる事もある、だけど街の中で聞こえてくる歌とは全然違う物だった。緊張してるのか、あえてなのか。怒らせないためもありそうだけど取り繕われた内容は少しも心にくるものはなかった。陛下達は気に入っていたそうだけど」


 楽しげな笑い声の中に聞こえる、冒険譚。輝かしい危険の数々。


「曲がった歴史は意味が無い、歴史を曲げさせた陛下は王としての資格がなかったのだろうなと。勿体ないと思ったのは城に呼ばれた吟遊詩人たちの本来の歌を聞いてみればよかったという気持ちだよ」


 貴族に聞きやすく変えたものではなく、冒険者や傭兵の英雄たちがのこした奇蹟を彼らの声で聞きたかった。


 きっと躍動感溢れた歌にしてくれただろうなと。少しだけ思った。



「眠いですか?」

「……そうだね」


 ぼんやりとした思考の中ヴァンの声が聞こえる。優しくのんびりとした声だ。昔私に兄と呼んでもいいと誇らしげにしていた姿とどうしてかかぶって頬が緩む。


 乳兄弟で同い歳と言えど確かにヴァンの方が先に産まれている。今度兄さんと呼んでみようか。


 きっと頬を赤らめつつも慌てるだろう。


 そんな姿を思い浮かべながら意識を手放す。


「おやすみなさい、シエル」

 うん、おやすみ、ヴァン。


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