第六章――①

 秘跡石の間にたどり着くのは、ユマの協力があれば非常に簡単だった。

 なんせ転移魔法陣があれば一瞬で飛べるのだ。

 まさかこちらが先に着くとは思ってなかったが、うれしい誤算ということにしておこう。


 私を隠すようにユマたちが前に出ると、アリサは余裕の嘲笑を浮かべた。


「無能な聖女に従わなきゃいけないなんて、騎士も使徒も堕ちたものね」

「俺はともかく、騎士たちはあんたの騎士のままだ。イーダと手を切り、聖女としての役目をまっとうするなら、変わらぬ忠義が約束されている」

「ふーん、だから何? 別に、私はもうその人たちなんかどうでもいいの。イーダがいてくれれば、他の誰もいらない。こんな世界をぶち壊して、私たちの理想の世界を作るの。邪魔をするなら潰すだけ」


 ユマの説得にも耳を貸さず、子供のようなわがままを平然と言い放つアリサ。

 そんな彼女を守るようにかき抱いたイーダは、獣のような咆哮を上げて部屋中に何体もの魔物を生み出し、こちらに襲いかかるよう仕向けた。


「くそ、結局こうなるのかよ!」


 ロイがやるせなく叫び剣を抜き放つのと同じくして、騎士たちはそれぞれに武器を手に取り散開して敵を迎え撃った。


「そっちの敵は火属性が弱点! あっちは体力が減ると分裂して際限なくなるから、一気に殲滅して! あのデカブツはブレス攻撃は強力だけど、そのあとダウンするからそこを集中攻撃!」


 ラストダンジョンにしか出ないような、雑魚でも手ごわい魔物が次から次へと生み出されるが、どれだけ数が増えようともゲームをやり込んだ私の敵ではない。

 弱点も攻撃パターンもすべて読めているのだ!(ドヤ顔)


 と言いつつ、結界で守られた中で騎士たちに指示を飛ばしながら、支援や回復の魔法をかけつつサポートするだけなんだけどね。

 ピンチヒッターの分際でヒロイン面して偉そうにふんぞり返ってる状態だけど、これには深ーい……というほどではないにしろちゃんとした訳がある。


 私が何かしようにも、ユマがさっさと前線に出てボコッてしまうので、やることがないのだ。

 騎士たちも強いのだが、その数段上を行く女神の使徒ユマ。マジでチートすぎる。

 移植版で彼が戦闘メンバーに入ったら、ゲームバランスが崩壊するレベルなんだけど大丈夫?

 まあ、私には関係ないけどね。


 とまあ、数の上では不利でもそれを覆すだけの知恵とチートのある私たちが、瞬く間に魔物を殲滅すると、今度はイーダ自身が攻勢に出た。


 屋敷でも見た魔力のガトリング弾を連射する。

 下手なところに被弾したら命取りになる攻撃なのは、私が身をもって体験してるので、全員防御に徹するしかない。


 イーダの戦闘パターンも熟知してるつもりだけど、私と同様にやり込んでいるはずのアリサと一緒にいるからか、ゲーム中とは異なる動きをするので簡単に攻略できないのが悔しい。

 対魔法の結界によって守られている壁や天井は、穴こそ開かないものの衝撃で細かく振動して、さながら小規模な地震の真っただ中にいるように室内が揺れていた。


 やがて弾幕が途切れて視界が開けると、そこには安置された台座ごと秘跡石を持ち抱えているイーダの姿があった。


「ちょっと、それどこに持っていくつもり!?」

「秘跡石さえあれば、どこからでも世界を汚すことはできるもの。これ以上邪魔されない場所で、じっくり女神をあぶり出すことにするわ」


 リュイが焦って叫ぶのをアリサはせせら笑い、イーダは武器を構えた騎士たちが取り囲む前に再び姿を消そうとしたが――抱えていたはずの秘跡石がさらさらと砂のように崩れていくのを見て、ひび割れた声で呻いた。


「ど、どうして……」

「そりゃあ、それが偽物だったからよ」


 愕然としてつぶやくアリサにそう告げ、私は今まで隠しておいた杖と本物の秘跡石を顕現させる。


 私たちが優勢になれば必ず秘跡石だけ持ち去ると思って、あらかじめ細工をしていて正解だった。

 先回りできたので落ち着いて処理できた分、精巧な贋作が生み出せて私も満足だ。


「騙したのね!」

「そっちが先に騙したんだから、怒る権利ないと思うけど。これでお互いの手の内がバレたことだし、イーブンってことで」


 私が杖を構え直したのを合図に、素早く騎士たちが二人を囲んで攻撃を仕掛ける。

 イーダはアリサを守るためか自身の中に取り込み、再び雄叫びを上げると、空間が割れて妖艶なサキュバス風の魔物が現れた。


 四天王の一人シイラだ。

 精神攻撃を用いてこちらを行動不能にする卑劣な戦術を用いる厄介な敵だが、それにさえ気をつければ手こずる相手ではない。


 精神干渉を無効化する魔法をみんなにかけ、隙あらば秘跡石を狙ってくるイーダを牽制し引きはがしつつ、シイラをフルボッコして封印。

 はい終了。その間およそ五分。


 最後の中ボスなのにあっけない幕切れだが、チートな使徒様のおかげである。

 もう、なんなんだこの規格外の人は。感激を通り越して呆れの境地だよ。


「さて、これで四天王はいなくなったわね。残るはあなただけよ、イーダ」


 雑念を頭から振り払い、改めてイーダに向き直る。あっさりと封印されたシイラに動揺を隠せないようだが、それでも魔王の名は伊達ではない。

 騎士たちが四方からランダムに仕掛けてくる攻撃を軽くさばきながら、魔弾を放って反撃をする。

 そのほとんどはユマが張った結界に阻まれてしまうが、これも下手な鉄砲も何とやらとでもいうのか、結界の守りの薄い部分を偶然射線に捕らえたイーダの魔弾が、ルカの腕をかすめた。


「ルカ!」

「これくらい、平気だっ」


 彼は小さく呻きを上げたが、得物の槍を取り落とすことなく反撃に出る。

 しかし、切っ先で狙おうとした場所に不意にアリサの体が出現し、攻撃の機会を逸してしまった。


「ちっ、人質のつもりか……」


 一旦距離を取りながらルカが舌打ちをする。

 私も援護として放とうとした魔法を中断せざるを得なくなり、奥歯を噛む。代わりに彼の傷を癒す回復魔法をかけつつ、打開策を思案する。


「厄介ね。アリサさえ取り出してしまえばこっちのものだけど……」


 単にアリサとイーダを切り離すだけなら方法はある。

 浮き出た瞬間を狙って物理的に引っ張り出せばいいだけだ。

 だが、イーダとどれくらいの強固に繋がっているかが分からないし、無理に引っ張ってアリサに何かあれば申し訳が立たない。


 浄化の力でイーダの体を弱体化させて、アリサを分離するという手もあるが、契約によって魔の性質を併せ持つ状態の彼女にも異変が起きる可能性もあり、軽々しく使える手段ではない。


 そうこうしている間も、騎士もユマもイーダに小さな攻撃を仕掛けて様子見をしているが、危なくなればアリサを盾に取ってくるので手も足も出ない。

 このままだとアリサごと封印せざるを得なくなる。

 女神が歴史をリセットすれば、アリサは何事もなかったように元の世界に帰れるのかもしれないが、もしそうでなかったら責任は持てない。


 ――もう嫌……どうしてこんなことになっちゃったの……?


 騎士たちと同様に攻めあぐねいている私の頭に、不意にアリサの声が響く。

 音声ではなく思念のようなもので、聖女同士だから意識がシンクロしたと思われるが、やけにか細く気弱な声で、私の知る傲慢なアリサとはかけ離れていて戸惑ってしまう。


 ――私はただ、イーダと幸せに……ううん、イーダに幸せになって欲しかった。なのに、たくさんの人に迷惑をかけてるだけだなんて、どうしてこうなっちゃったの……?


 アリサの苦悩が直接伝わってくるせいか、私の胸まで痛くなってきた。

 イーダはアリサの推しキャラだったのだろう。

 確かにイーダは魔王という存在ゆえに、問答無用で封印されるしかない不憫なキャラだ。

 

 推し認定していない私でも、あれだけビジュアル面で優れているのに、イベントらしいイベントもないやられ役なんてもったいなさすぎると思っていた。


 そんな彼の幸せを願うファンはたくさんいて、おかげで移植版では攻略キャラに昇格したのだが、時期的にアリサの方が早くこちらに来たはずだし、それはプレイできていないのだろう。


 推しキャラの頼みが断れなかった気持ちは分かる。不憫なキャラならなおさらだ。

 でも、こんな暴挙をやらかして幸せになったところで、苦しむのはアリサ自身だ。現に内心では後悔しまくっている。


 以前はあんなに傲慢ではなかったという話も聞くし、本来はああいう気弱な子だったのだろう。イーダとの契約が関係しているのかもしれない。


 ……ああそうだ。もしかしたら、“彼女”になら説得ができるかもしれない。


「ユマ。少しの間“アリサ”と話をするから、完全無防備になるけどよろしく」

「は? 何を言って……」

「説明してる時間はないの。とにかく、ハティを傷物にしたらただじゃおかないから。それだけはよろしくね」


 変わらず傍に控えていてくれたユマにそう言い、私は“アリサ”へと思念を向ける。

 ユマが何かブツブツ言っていたが、反対ではないようなので無視して集中する。

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