第四章――⑥(ユマ視点)
深夜。
卓上に置かれた小さなランプの炎が揺らめく薄暗い部屋の中、ユマは机に肘をついて頭を抱えていた。
このところ、突然胸やけや動悸に襲われることがある。
頻度はそれほどではなくすぐ治るが、念のため医師に診てもらったところ、至って正常だと太鼓判をもらい、一過性の症状もストレスによる一時的な体調不良だろうという診断を得た。
しかし、ユマの気持ちは晴れなかった。
あくまでそれが“逃げ道”だと漠然と理解しているからだ。
経験はなくとも知識はある。
何度も繰り返す歴史の中、似たような症状に悩まされていた聖女や騎士たちの姿を、飽きるほど見てきた。察しがつかないはずがない。
だが、この感情に名前をつけるわけにはいかない。
女神と交わした制約を反故にすることになる。
使徒が制約を破れば、生きたまま地獄の牢獄に繋がれ、未来永劫続く苦しみに苛まれることになるといわれている。
それが嘘か真かを確かめたことはないが、真偽はともあれ使徒である以上女神を裏切る行為はできない。
だが、ハティの元婚約者を名乗る男が彼女に抱きついた時、自分の中で一瞬制御しきれない怒りが爆発した。彼女も彼女で、自分が触れた時は散々喚き散らすのに、あの男にはなすがままにされていたのも気に入らない。
しかも、ここ数日はこちらとロクに目を合わせようとしない。
ハリはどんな時も相手の目を見て話すはずだ。
あからさまに避けられているような気がして、余計に気落ちする。
かといって、これまで通り真っ直ぐに見つめられると、秘めた想いを見透かされてしまいそうで怖いのだが。
自分で自分の感情を制御しなければ、今この段階で想いを断ち切らねば、取り返しがつかないことになるのは明白だ。
そのためにはどうすればいいのか。
距離を置き、気持ちが冷めるのを待つしかないのか。
徹底的に嫌われてしまえば、あきらめもつくだろうか。
どんなに悩んでも答えは出ない。
陰鬱とした心境とは裏腹に、窓の外は雲一つないいい月夜だ。
曇りなく輝く金色の月を見上げ、ユマは恨めしそうにため息をついた。
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