女神の使者



「新しい戦い方、見せてやるよ」


 そう言って俺は自分の服に手を添える。


 エリアスにプレゼントされたこの服には少し変わった装飾が着いていて、両肘と両腰、そして背中の部分から紐が垂れているのだ。


 俺が勢いよく振り返ったりした際に「紐がぺちぺち当たって鬱陶しいぞ」とエリアスに小言を言われたことで思いついた。


「斬属性……付与」


 全ての紐を撫でながら、俺は呟く。すると先程オークの腕を斬り落とした鋭い魔力が、指先から紐へと移り、光が灯る。


「行くぞ!」


 こちらへと走ってくる三匹のゴブリンのド真ん中へと瞬間移動した俺は、その場でダンスをするかのようにくるりと回ってみせる。


 直後、紐に切り裂かれたゴブリンの胴体が地面へと崩れ落ちた。


「次!」


 ここ数日はずっとこの紐を触って過ごしていた。まるで自分に最初から生えている尻尾や触手のように、あることが当たり前だと思えるまで、常に弄って遊んでいた。


 おかげで、今では触らないでも動かせるようになった。


 左右から押し寄せるゴブリンを肘からの紐で突き刺し、正面のオークに魔法を放つ。


 遠くにいたオークは爆散し、左右にいたゴブリンが崩れ落ちる。


 ……よし、いける! ほとんど反射で紐を動かせるようになった……! 身体も思いのままに動かせる!


 この力なら守れる!


 そう思い、エリアスの方を見ると、彼女はゴブリンを蹴散らしているところだった。


 そんな彼女の背後に、こん棒を振り被ったオークが現れる。


「エリアス!!」


 急いで彼女とオークの間に瞬間移動した俺は、彼女の背中を突き飛ばす。


 ……迎撃は、間に合わない! 回避したらエリアスに当たるかもしれない!


「く……っ!」


 両腕を頭の上に構え、魔力を込める。


 ……硬く、重く、揺るがないイメージを!


 鈍い音がし、衝撃で周囲に飛び散った微細な魔力がキラキラと輝く。


 ……綺麗だな。なんて考えるほどには余裕で防げたようだ。


 瞬間、攻勢に転じるべしと思った俺の意思に反応し、両肘の紐がオークの腕に突き刺さる。


「エリアス!」


「分かっている!」


 俺の呼び声に反応したエリアスが、俺の背中を踏み台に跳躍し一閃、剣を振るう。


 オークの首が吹っ飛んでいく。


「よし、いけるぞ!」


「ああ! 他の者は馬車と民間人の警護に当たれ! 我々二人で十分だ!!」


 エリアスが指示を飛ばす。俺に背中を預けてくれる。その信頼が嬉しく、誇らしかった。



 ◇



「なぁ、タイト……キミは一体何者なんだ?」


 敵を殲滅した後、せめて後始末だけは自分達にやらせてくれと率先して動いてくれている小隊の他のメンバーや志願兵の皆を眺めつつ歩きながら、エリアスが俺にだけ聴こえる声で問いかけてきた。


「お前の未来の旦那様……てのはどう?」


「はぐらかすな。キミの戦闘技術は異常だ。身のこなしは私の小隊……いや、騎士団の誰よりも速いし、そうだと思ったら、宮廷魔術師並みの魔法を放つ。ただの記憶喪失の医者では通らないぞ、これは」


 あー……来たか。そりゃそうだよな。


「そういえば……エリアスは俺をキミと呼ぶな。女性にキミと呼ばれるのは久しぶりか……初めてかもしれない」


「そうなのか?」


「ああ、うんと小さい時の先生とかくらいだ。俺のいた場所ではキミというのは基本同い年か年下の相手に使うものだ。異性なら尚更」


「……キミは何歳なんだ?」


 まずい……決めてなかった。三十代っていうのは無理があるし。


「何歳に、見える?」


「女のようなことを言うヤツだな、軟弱な! それにはぐらかすなと言っているだろう!」


「うーん……」


 さすがに記憶喪失じゃ誤魔化しきれないか? それに、エリアスなら、馬鹿なと一蹴もしないし、接し方を変えることもないか。どうしよう?


「キミは、自分の服の装飾に魔法を付与していたな。しかもそれを触れることなく動かして攻撃までしていた。そんなのは宮廷魔術師が何十年もかけて会得する技術だ」


「そう……なんだ」


 何だか女神から授かった不正能力のせいで、その人達の何十年分の努力を踏みにじる様な真似をしてしまって、少し心が重くなる。


 でも、どうか悪く思わないで欲しい。俺も何十年かけて追いかけていた夢や目標ごと、人生を踏みにじられたんだ。これはその副産物なんだから。


 本来ならこんな力、忌むべきものだ。俺の人生を否定したクソ女神に代わりやるよと押し付けられたものだ。誇らしい気分なんかになるワケがないし、出来ることなら使いたくもないと思っている。


「ムーアポテトのおじさん……どうですか? 土は」


 馬車の中で話し掛けてくれたおじさんが、畑の前で座り込んでいるのを見つけた俺は話し掛ける。


「あぁ……とんでもなく強かったんだなぁ、兄ちゃん……おかげで村を取り戻せたよ、ありがとうな……だが」


「だが……?」


「魔物に汚されちまったみてぇだな……女神様の力の恩恵も……そこら辺の道の土の方が残ってるくらいだ……」


「そう……ですか」


「あぁ……悪いな。兄ちゃん達のおかげで、全員無傷で、村を奪還出来たのに……これ以上ないくらいの戦果なんだろうが……ムーアポテトを食わせてやることは……出来ねぇみてぇだ」


 本当はこれからどうやって生きていけばいいんだと叫び出したかったろうに、おじさんは俺に謝った。


 その目に溜まった涙を見て、俺は腹を決めた。


 やってやるよ。クソ女神。


 おじさんの隣に座り、土を手に取る。


 瞬間、頭の中に情報が流れてくる。女神がこの土にどんな付与を施し、それがどう構築され、どう作用していたのか。


「いや、ムーアポテト、ご馳走してもらうよ」


「いや、だからそれは無理なんだって──」


「エリアス、さっきの質問に答えても、これまでと変わらず接してくれると嬉しい」


 俺はおじさんの言葉を遮ってエリアスへと微笑みかける。訝しむ彼女の表情から目の前の土へと視線を戻し、手を触れる。瞬間まばゆい光が俺の手から土へと流れていった。


「これでもう大丈夫です。他にも穢された場所があれば案内してください。俺が直します」


「タイト……キミは──」


「兄ちゃん……あんた──」


 二人が問いかけるより先に、俺は立ち上がり、一同に聞こえる声で名乗りを上げた。


「我こそは、女神エレノアの神使しんし、タイトである。女神の命を受け、この世界の救済に降臨した。民達よ、嘆くことはない。女神は全てを見ている」


 癪で仕方がなかったが、俺は年貢の納め時と開き直ることにした。


 何故憎むべきクソ女神の使者を名乗る気になったのかというと、今後それなりの権力と発言力を得る為である。


 それも全て、エリアスと一緒にいる為だ。俺は彼女の為、彼女の喜ぶことにしか力を使うつもりはない。


 政治などに巻き込まれず、且つワガママを通す為である。


 もし彼女と俺を遠ざけ、引き裂こうとする者がいたら、即座に協力を打ち切るぞ、と脅す為だ。


 ……悪いなクソ女神。利用させてもらうぞ。でも、お互い様だろう?

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