魔力と魔法



 空気が読めない。女性の気持ちがまるで分からない。乙女心など察せない。


 そんな自分に、俺はいつの間にか別れを告げていたようだ。


 ……全然いつの間にかじゃないな。どう考えてもあのクソ女神に、この俺にとっては最強のスキルである『対象が何と言って欲しいか分かるスキル』を盛られたせいだ。


 勿論この盛るは、盛りに盛っての意味でなく、毒を盛るって意味で皮肉で言ってるんだぞ。


 ……いや、盛りに盛ってで、合っているかも。


 思い出した。このスキルだけじゃない。あのクソ女神、他にも色々言ってたな。


 そうか、そういうことか。


 どうしてミルがこんな反応をするのか分かった。


 この顔や、この声、さらには魅了のスキルなんてものまで俺はあのボケ女神に与えられているっぽいので、相乗効果できっととんでもないブーストが掛かっているのではないだろうか。


 ……あ、スキルといえば。


「でも、さっきの……ヒールだっけ? すごいね、あれ。自分にあんなことが出来たことにもだけど、そんな魔法なんて概念があったことにも」


 俺がそう言うと、ミルは目を丸くしてこちらを見た。


「ま、魔法のことも全然覚えていないんですか?」


「う、うん。魔法も、あの魔法陣も、サッパリ。モルの脚が、多分こうなっているじゃないかなって感覚だけでやった……」


「え、ええっ!?」


 更に目を丸くして驚くミルに、さすがに失言だったかと俺は慌てて弁解をする。


「ご、ごめん。もしかして、失敗したらとんでもないことになってた?」


 俺の狼狽えように、本気で勘だけで奇跡を起こしたのだと信じてくれたのか、ミルはぷっと笑い出した。


「あはは……! すごい……! 天才じゃないですか、タイトさん」


「あ、あはは……いやあ、運が良かったみたいだね。でも、次同じようなことがあったら上手くいくかも分からないから、魔法について教えてくれないか?」


「ふふ……分かりました。では、まず、魔力の説明からさせていただきますね」


 俺が無言で頷くと、ミルは両手を大きく広げて見せた。


 彼女の豊満な胸がゆさっと弾んだので、一瞬俺の視線は釘付けになってしまった。


「土にも、水にも、植物にも、動物にも、人間にも、空気の中にも、全てに魔力が宿っているんです。私達は、それを利用することで生活をしています」


「そうなのかい? 魔力のない人ってのは存在しないの?」


「いないと思います」


「モンスターも?」


「はい。むしろ、動物が澱んだ魔力にてられて変異したり、濁った魔力から生まれてきたものを、魔物……モンスターと呼んだりします」


 ……なるほど。


「魔力には様々効果があります。食べ物をおいしく豊かに育ててくれたり、元々持っている性質を増幅させたり」


 ふむ、主に成長を促したりする作用があるんだな。パワーだパワー。


「私達人間は、魔力を様々な物事に用います。自分の身体能力を強化するのに使ったり、魔力を変換させて扱い、火や水に変えたり……さっきのヒールもそうです」


 おお、急にファンタジィ。


「生まれや育つ過程で、自分がどちらに向いているか分かれるらしいです。身体強化に優れている人は剣士や闘士、変換に優れている人は法力士になるんだとか」


「……どっちも得意な人はいないの?」


「いない……らしいです。詳しくはないですけど。どんなにバランスが取れていても、十割得意な剣士や十割得意な魔法使いには及ばないんだとか」


「俺はどっちなんだろう?」


「……都に行けば測定出来るそうですが、どうでしょうね。とても強かったし……あれ? でも、魔法もとても強力でしたし……あれ?」


 首を傾げるミルを見ながら、俺の脳裏にはある言葉が蘇っていた。


 ──ステータス、カンストにしてやんし、魔力変換率も全属性相性マックスだオラぁ!


 ……Oh……。


 なんてこった。またあのクソ女神かよ。


 どうやら俺は身体強化にも、魔力変換にも100%の適性があるようだ。


 色々と発覚する内に、段々罪を重ねたような気分になってくるな。


「ま、まぁそれはいいや。肉弾戦で戦う人は、魔力で足の速さや跳躍力を高めたり、殴る威力を強くしたり出来るんだね」


「そういうことです!」


「で、魔法使いの人は、魔力を変換して、火を出したり、水を出したり、傷を癒したり出来ると」


「はい。もう少し詳しく言うとですね──あ、丁度いいのがありました」


 そう言ってミルが指差した先には、木の柱が立っていた。柱の天辺には小さな石みたいのが付いている。


「ん?」


 その柱に向かってミルが駆け寄っていく。


「見てください。ここに術式があるでしょう?」


 彼女の言う通り、柱に小さな魔法陣が刻まれている。


「うん。これは?」


「法力士さんが刻んでくれた術式です。これにどんな変換が為されて、どんな作用が起こるか全部刻まれているんです」


「うん?」


「これに、発動契機トリガーである魔力を注ぐと……」


 そう言ってミルが魔法陣に指先で触れると──天辺についていた石が光を放った。


「灯り……あぁ、街灯だったのか、これ!」


「そういうことです。これ以外にも、予め法力士さんが術式を刻んでくれているものがたくさんあるんですよ。それに魔力を注ぐことによって、私達は生活しているんです」


 なるほど。水が出る術式だったら水道、火の出る術式だったらコンロ代わりになるってことか。


 ……すごいな異世界!!


「でも、だからこそ……私、気になるんです。タイトさんは、モルを直した時に目を閉じていました。術式のことを知らなくて、編んでいる様子もなかったのに、何故ヒールが発動したのか……?」


「え」


「本当に、魔力も、術式も知らなかったんですよね?」


「うん、ミルさんがやってるのを見て、そういうのがあるんだなって勝手に思っただけで……あ、あれじゃない? ミルさんが編んだ術式? ってやつがまだ残っていて、そこに俺がバカみたいな量の魔力を注いだ結果、ああなったとか」


「……そう、なんですかね? 私が集中を乱した時に、術式は消えていたような気がするのですが……」


「まぁまぁ、あの時はパニックだったし、俺も必死だったから」


「そ、そうですよね! 結果的にモルが助かったんだし、それで十分です!」


 問い詰めてるみたいで俺に申し訳ないと思ったのだろうか。ミルは破顔一笑とばかりに大きく笑ってくれた。


「ははは、そうだね」


 ……おいおいおい、もしかして、またあの女神か?


 もしかすると、俺は『こうなれ!』て思っただけで、自動的オートで術式が完成するんじゃないだろうな……?


 ……多分、そうだ。また盛りに盛られた罪が一つ。


「あ、着きましたよ。タイトさん、あれが私の村です!」


「おお、無事に帰って来れてよかったですね!」


 ……そうだ。思い出した。


 あのクソ女神は『スキルを盛りに盛ってやるから、魔王を倒して世界を救え』って言っていたんだ。


 ……だが、俺にとってその魔王とかいうヤツは、自分と何の関わりもないどっかの誰かだ。知らん。


「……決めた」


 小さく呟いた俺は、胸の中である決意をしていた。


 俺はあのクソ女神の命令を聞かない。願いも叶えない。


 俺の胸に今も残っているのは、親友の言葉だ。


 ──どんな辛い目にあって、二度とごめんだと思っていても、気が付いたらまた求めてしまう、そんな素晴らしいものを彼女達は俺達に与えてくれる。


 ──女には『言ってもらいたい言葉』というものがあって、そこに自力で辿り着けた男にだけ応えてくれるんだよ。


 俺は魔王を倒さない。


 俺は世界を救わない。


 俺はこの『言って欲しい言葉が分かるスキル』で俺と添い遂げてくれる伴侶を探す。



 その先に、親友の言っていたような幸せと安らぎが本当にあるのか確かめる為に──。


 俺は、この異世界の果てで──愛を謳う。

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