5 チーズ食いはまだいる

「しかし、カルテルのボスと一緒に写っているからといって、仲間とは限らんだろ? 捜査中の偶然かもしれんし」

「カルテルとつながってへんとも言い切れへん」

 柾木の反論はもっともだ。クドーは認めたうえで、自分の考えを引っ込めなかった。

「確かめる手がないでもないが……」

 柾木がフレデリーコに視線をやったが、

「取引きでもしなけりゃ正直に答えんだろな。かといって、悪党相手でも力づくは使えん。いちおう」

 リウが同意した。

「拷問で引き出した証言が真実である確率は少ないし」

「さらっとエゲツないこと言うな、あんたは」

 リウが軍役についていたことは知ってはいても、具体的には聞いたことがない。さりげなく話を振ってみても話そうとしないので、バディといえどタッチしないようになった。

 ただ、時折バイオレンスな言動を垣間見せることがある。

 その元になったのは、軍での経験のせいなのかは気にはなっていた。知ったところで何ができるというわけでもないのだが……。

「もしかしてですけど、スガ警部補が、その……カルテルに取り入っているとしたら、納得できることがあるんでしょうか?」

 同僚として言いにくいことをスガヌマが言葉にした。

 これが警官としてのスガヌマだった。見た目は頼りなさげなようでも、逃げてはいけない場面で後退ることがない。

 被疑者たちの聞き耳を意識して、さらにひそひそ声になった。

「警護のブリーフィングのとき、リリエンタール副署長が取り仕切って、スガさんをお客さん扱いしとったんや。それが副署長のやり方かと思てんけど、情報の共有や出し方をコントロールしとったんかも。ミナミ分署のなかに、密告者がおる状況を想定して——としたらどうやろ?」

「おまえはどう感じた?」

 その場にいたもうひとりに柾木が訊いた。

「初対面の副署長が、わたしの名前を知っていた。警護役をふってきたのは、私がSエス(内通者)ではない確証を何かしらで得ていたからかもしれない。シロだという確証がない者は、担当のスガ警部補でも距離をおいたともとれる」

「じゃあ、なんであたしも警護役に? 相方に隠れて、こっそり動いてるかもしれへんのに」

「良くも悪くも、クドーは内通者には見えないっていうのが大きい気がするぞ」

「やかましい。柾木は悪いほうでしか見てへんやろ」

「リウさんのバディだから……じゃないかなと思うんですけど」

「……ん? あ、そっか!」

「お、オフィサー・クドーはさすがに察しがいいな。解答を言ってみろ」

 先輩風をふかせる柾木に蹴りを入れるマネをしながら答える。

「ツー・マン・セルで動いとったら、ひとりでコソコソするんは難しいやんな。そういうのには、うちの相方、目ざといし」

「褒め言葉のほうで言ってるんだよな?」

「折り合いが悪いコンビだったら見落とす場合が……あ、ないですよね」

 あえて意地の悪い意見でブラッシュアップをはかったスガヌマが、自分で間違いに気づいた。

「ブリーフィングのとき、クドーさんがタトゥーのことで、松井田署長に真っ向から噛みついてたのを見ただけでも、不仲だとは思わないですよね」

 ミナミ分署では、階級意識が他分署より緩い傾向がある。それでもさすがに正面切って、分署長に食ってかかる人間はまれだった。本部からきたリリエンタールから見れば、ありえない光景ぐらいに見えたかもしれない。

「しかしその理屈だと、仲がいいから見逃すとも言えるが?……リウには警護役としての保証がそれだけあったのか?」

「スガ警部補には解せない動きがあった」

 リウが別の検証事項をだしてきた。

「突入してきたとき、制圧できていない被疑者がまだ複数残っていた。なのに、私がコントロールしていたフレデリーコのところに真っ先に来たのはなぜだ」

「おれも思った。だが、大物の逮捕に気が急いたのかもしれん。松井田が成果の数字に強欲だから」

 クドーは判断がつかないまま、床で静かにしているフレデリーコに目をやった。

 ——こそこそ隠れて録りためたカセットテープがあるんだってな。

 誰からその情報を仕入れたのか……。

 クドーの視線に気づいたのか。フレデリーコが顔を上げた。

 警官たちが頭をひねっているのが面白いのだろう。不遜な表情をうかべ、再びそっぽをむいた。弁護士がくるまで何もしゃべらないという常套句を聞かされたようだった。

 不審な点が出てくるスガ警部補だが、このままでは推論でしかない。

 勤務時の行動は常にツー・マン・セルだ。クドーは、相方に遠慮がちな視線をやった。

 リウが目を合わせてくる。

「ん」

 快諾されてしまった。

 おかしいと判断すれば、即座にストップをかけてくるとはいえ、確証がないままの行動に巻き込んでいいものか迷ってしまう。

「みなさんの話に影響されて、ぼくの見方に偏りが出てるかもしれないんですけど……」

「かまへん。言うてみて」

「スガ警部補がフレデリーコから銃を奪われそうになったとき、わざとスキをつくったようにも見えたんです。暴力犯の扱いに慣れてるはずなのに」

 無用心に近づき過ぎたようなと続ける前からクドーは走り出した。

「やっぱ、連れてかれたルシアが気になる! リウ、付きうて!」

「サゲイト」から脱線してしまったが、これはまたあとでいい。火急の問題にとりかかった。



「スガヌマ、後処理ゴメン!」

 残っている仕事を丸投げして、ことわりの台詞も短縮。電光石火で出ていった同僚に、

「おれの名前を省いていきやがった。借りはランチ二回分だな」

 柾木は誰に言うでもなく口にして、乱闘後も無傷だったイスに腰を落ち着けた。

 被疑者たちを挟んで、スガヌマを反対側に配置する。監視の死角を少なくしたところで、フレデリーコに視線をあわせた。

「『チーズ食い』がまるで複数いるような言い回しだったよな。誰のことをいってたんだ?」

「わかってんだろ?」

 フレデリーコがそっぽを向いたまま答えた。

「スガのことを言ったのか?」

「弁護士の同席がないと答えない」

「逮捕なんてなんとも思ってない口ぶりだな。保釈の算段がついてるんだろうが、出たあとはせいぜい気をつけろ」

「脅しか? おれを襲う度胸があるやつなんかいるかよ」

「爆発騒ぎ、おまえらだろ。屋台業者のバックについてる親玉が、どう出てくるだろうな」

「ああ、石器時代の生き残りみたいな組織のことを言ってるのか。そいつらが報復してきたところで——」

「いい加減にしやがれ! あたり構わずケンカ売っただけ、仕事に差し障りが出るぐらいわからねえのか⁉︎」

 これまでの従属的な姿勢から一変して、ナバーロが怒声をあげた。

「ボスの顔をたてて黙ってたが、おまえの短絡さ加減にうんざりだ! いつになったら状況を読むことを覚えるんだ⁉︎ あと、おまえの加虐シュミを満たすのに、モレリアの仕事を利用してんじゃねえ!」

「てめえっ! おい、ラミロ! なんで黙ってる⁉︎」

「……ナバーロの言うとおりだ」

「おまえまでおれを——」

「最後まで聞いてくれよ! おれはフェーデについていく。相手が誰だろうと守ってやる。でも、万能じゃない。フェーデが無茶をするほど守りきれなくなる。無闇に敵をあおったり、地雷原に走っていこうとしてたら、止めるのが当然じゃねえか!」

「フェーデ呼びはやめろって言ったろうが! なにが『守ってやる』だ、保護者のつもりか⁉︎ どいつも、こいつも……くそっ!」

 床に転がったまま、やみくもに手下を蹴ろうとするフレデリーコを柾木は黙って眺める。

「とめなくていいんですか?」

 スガヌマが口パクで訊いてきた。

「応援がくるまで遊ばせとけ。階下の部屋はほとんどカラなんだから、騒音の苦情もこないさ」

 密告者について知っている風のフレデリーコだが、しゃべる気がないなら放っておく。手下に噛みつかれて、多少は成長するかもしれない。あるいは、状況を読めないまま淘汰されるか。

 暴力が日常手段の悪党は、自分たちにもその暴力が降りかかってくる。フレデリーコ・デルガド=ドゥアルテ、<モレリア・カルテル)の跡取り候補も例外ではない。

 一線をわきまえないと、命に関わるというのに。

「そういえばリウさんの無線機、壊れてませんでしたか? 連絡手段なしで大丈夫かな……」

 スガヌマに言われて、柾木も思い出したが、

「いまから追いかけるわけにもいかんし……まあ、どうにかするだろ」

 楽観的に答えた。

 クドーの無線機もラミロに壊され、応援が呼べない状態であることを知らなかった。

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