6 元カルテル構成員、巡査に当惑させられる

「ルシアは、あんたの相棒と一緒にいるわけ?」

 警官のハンドガンをとりあげたダニエラが、照準を外さないまま訊いてきた。

 リウは抗わずに応える。

「ふたりで避難している」

「どこへ?」

「わからない」

「相棒がどこ行ったかわからないって?」

「そういうわけでは」

「どっち⁉︎」

 ピンポイントではわからないが、緊急避難としてとりそうな動きはわかる——とクドーなら説明する。リウはそこを省略した。

「通報と救急車を折場さんに頼みたい。電話線が切られている」

「あたしが外に出て、公衆電話から呼べと? 無線機を使えばいいじゃない。警官なら私服でも持ってるでしょ?」

 無線がまだ回復していなかった。

<モレリア・カルテル>が、どの程度の人数をさいているかわからないが、無線妨害にからんでいるとしたら、外に出たクドーたちが、まだ危険な状態であるとも考えられる。

 応援が呼べない以上に、バディと連絡がとれないことが気がかりだった。早く追いかけたい。

 リウは、一方的に宣言して背中を向けた。

「フレデリーコたちを拘束しておく」

「勝手に動くなと言っている!」

「高城さんの無事な姿を見たいなら協力しろ」

 向けられた銃口は無視。ダニエラにもかまわず、フレデリーコの腕を背中にまわして手錠をかけた。

「あんたがいま、こいつらにやっていることが芝居じゃないと?」

 リウは応えるより、状況をすすめるほうを優先した。フレデリーコの手下に言った。

「このままじっとしているなら応急処置をしてやる。暴れるなら、強制的に寝てもらう。理解したか?」

 年かさの男が同意すると、もうひとりの小兵も顔をしかめてうなずいた。

 手錠が足りない。整理棚から調達した細い電気コードを利用する。後手にまわした手の甲をあわせ、親指に巻きつけた。

 そうしてから手早く応急処置をすませる。大きな血管は無事だし、出血も多くない。止血だけで大丈夫だ。

 作業しながらダニエラに訊ねる。電話連絡に出なかったことは問わなかった。

「私と一緒にいくか、単独で探すか。どちらにする?」

「検察にここの場所を聞かれたとき、番地が分からなくて、うまく伝えられなかった。なのにどうして、こいつらがここに来てるの? どうやってこの場所に来れた? 警察側にネズミ内通者がいるせいじゃないの? どの警官ならルシアとあたしの安全を考えてくれる?

 ミナミ分署の署長が、モレリアのボスから袖の下をとっていた。その部下の、あんたを信じて大丈夫な証拠は?」

「……松井田署長が?」

「知らなかったっていうの?」

 リウはうなずいた。あの事なかれ主義が、そんな大ごとに手を出していたとは意外だった。

 同時に、納得できることもあった。

 唐突に副署長のポストが復活したのは、そういうことか。内部から手を入れる算段が本部の意向としても、松井田より階級が下では動きにくい。松井田と同じ警部のポストとなると、一般的に副署長以上になった。

 ミナミの飲食業会を仕切る劉立誠リウ・リーチョンの影がちらつくのも、このせいかと思う。

 昼行灯で居座っているだけならまだしも、治安を悪化させる片棒をかつぐなら、商売——この場合はおもに表の商売——の邪魔でしかない。監察部に早々に処理させたいところだが、仮にも幹部となると簡単にいかない。そのためのサポートというわけなのか。

「私はいまから出る。おまえは好きにすればいい」

 署への連絡にせよ、クドーたちを探すにせよ、ここにいては始まらない。

 リウは動くまえの準備にかかる。



 ダニエラにとっては、なんともふてぶてしい警官だった。

 銃口を向けられても素知らぬ顔をしているとは。恐怖心が麻痺しているクレイジーか、弾丸をはじきかえすスチールボディの持ち主なのか。

「フレデリーコたちはどうするの? 手をふさいだだけじゃ逃げられるよ?」

 動くなといっても、この警官聞きやがらない。動きまわるリウと照準をシンクロさせつつ訊いた。

 だいたい、好きにしろってなんだ? ダニエラ自身も情報提供者として、いちおうは重要な身柄だし、よろしくない手段をつかって検察から勝手に離れた。目の届くところに置いておきたいものではないのか。

「配管、ダイニングテーブルがある」

「説明をスキップさせるな! フレデリーコたちを配管につないでおくっていうこと……ってなに、その手は?」

 リウが手のひらを上にして差し出していた。

「銃を返せ」

「そう言うんなら、まずあたしを信用させてみて、リウ巡査」

「こういうことだ」

 止めるより早くリウが動いた。

 トリガーにかけた指を絞るより速く接近。銃口を右手で逸らす。

 唐突に左手にあらわれた、マルチツールナイフのブレードを顎の下に突きつけた。

「武装解除するなら、ちゃんと調べろ」

 ダニエラを見たままブレードを畳むと、ワークパンツのサイドポケットに戻した。

 コンパクトサイズのブレードでも、使う者によっては致命傷をあたえる凶器になる。ルシアの安否で頭がいっぱいだったという言い訳もできない大ポカだった。

 殺す気があれば、こいつならできた。簡単にはさせないが、そんな素振りは、まったくみせなかった。

「私を働かせろ。高城さんの安全を確保したいなら、時間を無駄にするな」

 こちらの弱みをつかれた。

「わかった、わかった! 一緒に探しにいく」

 ダニエラはトリガーから指を離す。両手を軽くあげてみせた。

 取りあげていたハンドガンを返しながら、

「信用したわけじゃない」

 この部屋にきてから拾ったハンドガンは、そのまま腰の後ろに差し込んだ。

 警官にとがめられるかと思ったが、

「自重しろ」

 それだけだった。

 自己防衛にはげんでくれ、または加勢してくれ。軽率な行動をとったら制圧する——といったところだと受けとった。

 それにしても。

 しゃべるのが億劫なのか。こいつは説明をカットするきらいがある。こんなのと組んでパトロールできる相棒がいるんだろうかと思う。

 コミュニケーションに少々難があるが、やろうとしている方向は同じだ。

 ダニエラはそう判断して、リウを松井田とは関係していないほうに振り分けた。とりあえず。



 方針が決まったところで、ダニエラは隠れ家を出る準備を手伝う。

 後ろ手になっているナバーロとバジリオの腕のなかに、ダイニングテーブルの脚をそれぞれ通した。ふたりからベルトを抜きとり、腕とテーブルの脚を結びつける。

 動くには、二人の息を合わせつつダイニングテーブルを抱えて、となる。仲良くやれるものならやってみろ。

 フレデリーコのほうは、むき出しになっている配管へとリウが引きずっていった。

 手錠をいったん外し、配管に腕を回させている途中で、フレデリーコ・アゴ髭が目を覚ました。

 まだ剃り落としていないのかと思う。髭が薄いせいで、伸ばしてもムダ毛にしか見えないというのに。

 美的センスはどうあれ、フレデリーコの攻撃的な気性は油断できなかった。ダニエラは、リウをバックアップする。フレデリーコの胴体に照準して忠告した。

「静かにしてなよ。暴れてくれたほうが撃ち殺す口実ができて嬉しいけどね」

 モレリアから抜けた以上、殺しは避けたかった。脅しであったものの、本音も多分にあるから嘘でもないが。

 配管につながれながら、フレデリーコが毒づいた。

「これでルシアを逃がしたつもりか? そろって始末されるのは、おまえらのほうだ。おれの手をこんなことで煩わせやがって、無事にすむと思うなよ」

「だからいまは、この警官と手を組んでるんだよ」

 フレデリーコの口もとに、嘲るような笑みがうかんだ。

ベーコン警官があてになると思ってるのか? めでたいな。腹を壊すのがオチだ」

 ダニエラは認めないわけにはいかなかった。検察、あるいは警察の情報がもれているから、フレデリーコがここにいる。

 本当の味方は誰なのか……。

 対して、フレデリーコには影のように付き従ってくる男がいた。組織内ではフレデリーコに次ぐ位置にいるが、まわりでの実質的評価は、その男のほうが上なぐらいの。

 そいつは常に、フレデリーコを背後から支えていた。フレデリーコの強気はそのせいもある。

 この部屋にフレデリーコがいるなら、合流してくることも考えられた。追いつかれないうちに、ここから離れておきたい。

「無駄話をして悪い。すぐに出よう……どうしたの?」

 リウがハンドガンを抜いた。

 その視線の先、玄関ドアに銃口をむけたまま後退。間仕切り壁をバリケードにしてドアを注視する。

 その動きを見たダニエラもすぐさまならった。反対側の間仕切り壁の陰に入る。なにかわからないが、警戒したほうがいい気配。

 いきなりの変化にフレデリーコとバジリオも、視線をきょときょとと警官とドアの間で往復させる。ナバーロだけが緊張をみせ、身を固くしていた。

 ドアを凝視するダニエラの首元に汗が流れ落ちる。

 三秒が三分に感じた。

 ドアノブがまわる。

 ゆっくりドアが開いた。

 入ってきたのは、ずいぶん小柄な若い女だった。殴られたらしい顔のアザが、童顔には痛々しい。

 童顔の視線が部屋のなかを動く。

 視線を受けたリウが、かすかにうなずいた。

 相棒なのか? しかし童顔の後ろにいる人間に気づくと、そんなことはどうでもよくなった。

 奥歯を噛みしめて冷静であろうとした。会いたくない男が、求めている女を盾にしてそこにいた。

 フレデリーコの最強の腰ギンチャク、ラミロ・デルガドが入ってくる。

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