第2話:女難の呪い?

「え? 女難の呪い?」

「そうじゃ」


 ちょうど一年前。

 寒かった冬が過ぎ、暖かな春の日差しに庭の桜たちの蕾も少しずつほころび始めた頃。

 そんな命の息吹と海からの潮風を縁側で感じながら、渚の祖父は真顔で頷いた。

 

「我が穂崎家の男子は昔から女難の呪いを背負っておる」

「えっと、どういうこと、それ?」

「具体的に言えば、おなごにモテる。モテまくる。渚も覚えがあるじゃろう?」


 そう言われても、中学、高校と男子校だった渚は女の子とは縁のない青春を送ってきた。

 ただ、確かに小学生の頃は女の子にモテていたような記憶がある。


 もっともあの頃は男の子の友達とサッカーや野球をするのが楽しくて、女の子にモテてもあまり嬉しくはなかった。

 が、18歳になって人並みに異性への関心もある今。

 この春から女性とも一緒に学ぶ大学生活に、思わずバラ色の夢を見てしまう話ではある。

 

「そっかぁ、僕、モテまくるんだ……」

「うむ。すっごいぞぉ、ワシも若い頃はまさに酒池肉林の生活を送ったもんじゃわい」

「でもそれがなんで呪いなの、爺ちゃん?」


 女の子に嫌われるのならばともかく、好かれるのならば問題は何もないのではなかろうか。

 渚の至極当然な問いかけに、祖父はうむと深く頷いた。

 

「じゃがのォ、関係を持つと同時にそのおなごは他の男に盗られやすくなる」

「ええっ!?」

「しかもじゃ、10人目のおなごを寝取られた時、恐ろしいことが起きる」

「お、恐ろしいことって?」

「なんと寝取られた直後、お前の身体はおなごに変貌してしまうのじゃ!」

「……へ?」


 思わず呆けた声を出してしまう渚。

 

「これぞ穂崎家に生まれた男子が背負う恐るべき呪い! 曰くご先祖様が――」

「いや、ちょっと待って、爺ちゃん。……もしかして、ボケちゃったの?」

「馬鹿者! ワシはボケとらんぞ!!」

「でも女の子にモテまくるはともかく、女の子になっちゃうなんて話、信じられるわけがないよっ!」

「だが事実じゃ。実際、お前の母はな、もともとは男じゃぞ」

「ウソっ!?」

「本当じゃ。あやつも渚同様、まるで女の子みたいな可愛い顔をしておったからのぉ。そういう男はおなごになりやすいと聞いておったので心配しておった」

「うえええ!? それじゃあ僕も……」


 渚が髭の一本もないすべすべの頬を両手で包み込みながら、眉を逆アーチ状に曲げて泣きそうな顔になる。


 渚は華奢な身体つきに加えて、女の子のような可愛い顔つきをしている。

 実際に学園祭でメイドさんの女装をしたら、それがまた似合うこと似合うこと。

 そのせいで男子校時代はとち狂った友人や上級生が襲い掛かってきて、何度もお尻の貞操の危機を迎えたものだ。


 まぁその都度、子供の頃から祖父に叩き込まれた合気道でばったばったと投げ飛ばしては難を逃れたのだけれども。

 

「一年……渚よ、ひとりのおなごと一年間、交際を続けるのじゃ。さすればその子と永遠に結ばれ、晴れて呪いから解放される」


 その言葉を渚は心に深く刻み込んだ。

 そして大学生活が始まり、女の子と付き合い始める度に「よし。絶対寝取られないぞ!」と心に誓うものの。


 ついに渚は9回目の交際も、哀れカノジョを寝取られて破局を迎えたのであった。

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