「俺が声をかけられたのは邑子ねえちゃんじゃないよ」

 邑子が帰った後に、疾風が恵子にそう言った。

「いくら何でも邑子ねえちゃんのことは顔を見ればわかる」

「それなら何で邑子ちゃんのことは言わなかったの」

「言わなくてもそのうち寄ると思ったから」

「それじゃ、やっぱりもう一人ここに来てるんだ」

「もしかしたら探偵じゃない」

「地味な感じだったから」

「探偵って地味なの」

「テレビや小説に出てくる探偵はフィクションだからね」

「本当の探偵は地味で存在感がない」

「よく知ってるね」

「まあね」

 疾風は自慢げな顔をする。

「俺たち、また引っ越すの」

「邑子ちゃんが離婚届持って行ったし、少し様子を見よう」

「有村が欲しいのはあんただけであたしはどうでもいいはずだから」

「俺、父さんの所に行ってもいいぜ」

「そんなこと言わないでよ、バカ息子」

 疾風がいたずらっぽく笑う。

「それより、勉強しなさい」

 疾風は立ち上がって、自分の部屋に戻る。

 恵子は食器を片付け、台所に。ここの暮しが心地いい。恵子はそう思った。

 どうあっても親子の縁は切れない。男の縁はいつでも切れる。あの男はどうしてるだろう。恵子はふとそんなことを考える。あんな男でも、きっかけをくれたことだけは感謝しよう。

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