穏やかな平和

人の国アノローン。


人間たちが住む、大陸の南東に位置する国。


人王が治めるそこは唯一、神人の関わらない国と知られている。



そんなアノローン国の城、アノローン城の中庭で王は子と茶を飲んでいた。


「我が息子よ、鍛錬の方はどうだ」

「…変わらず、剣を振るう日々です。騎士団の方らとも模擬戦をさせてもらっております」

「そうかそうか……今の平和な世には必要のないものだが、それだけが武ではない。わかっておるな」

「はい…」


満足気に頷き、紅茶を舌で転がす人王。しかし口に合わなかったのか、自分の分の紅茶を給仕の者に下げさせた。


「はぁ……やはりこのような物は儂には合わん。熱い茶を持ってまいれ」

「はっ」

「…変わりませぬな。父上は複雑な味よりも質素な物をよく好むようで」

「はははは、そも儂は武人であったからな。やはり儂のような無骨者には雑把がよう合うわ」


豪快に笑う人王。釣られて王子も笑った。


そこへ遣いの者が一人現れた。人王の耳へ細々と告げると、また城の中へ入っていく。


「如何なされました」

「うむ…まーたあの馬鹿どもが来おった。コレを手に入れたのをどこで知ったのやら」


人王が取り出したのは一本の酒瓶。銘柄は『龍殺し』とある。


「それは…!?」

「はははは、酒を嗜むようになったお前もわかるか。そう、滅多に手に入らぬ最も上級な酒だ。龍すら酔わせるほどに強く、その美味さときたら天下一品よ!」

「ど、どこでそのような物を…」

「なあに、ちと闇市でな」

「父上!?」

「はっはっはっ!冗談だ、許せ!」


これ以上面白いことなど無いと言わんばかりに呵呵大笑する人王。王子は呆れた様子で息を吐いた。


「さて、儂は行かねば。馬鹿どもが痺れを切らす前に振舞ってやらんとな……おおそうだ。ほれ、受け取れ」

「え、わっ」


人王が王子へと何かを投げ渡した。投げられた物は小さな酒壺であった。側面には『龍殺し』と書かれている。


「これは……」

「お前の分だ、取っておけい!はっはっはっ!」


笑いながら背を向ける人王。王子は顔を引きつらせながらも、嬉しそうな笑顔を浮かべていたのだった。




「……?」


違和感。ふと胸を見てみる。


「あ……」


いつの間にやら、胸から白い光が生えていた。細く揺らめく光は心の臓を射止めている。


王子の身体が椅子からずり落ちる。その最中で見たのは、凄まじい形相を浮かべながら駆け寄る人王。


「ち…ち……」


地面に身体がぶつかると同時に、王子の意識は途切れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る