第6話 追いかけたい背中

 レッドは追う者だった。昔も、今も。

 彼女が最初に追いかけたのは父の背中だった。

 父はとても強い人だった。騎士団の誰よりも武に優れ、誰よりも王に信頼されていた。

 幼いレッドは、そんな父が大好きだった。

 例え、父から愛されなくても。

「強さは正義」「女は強くはなれない」

 それが彼の口癖だった。

 だからレッドはそれを覆そうと、鍛錬に励んだ。


 ***


「なぁ、興味本位で聞くんだが……何で国に帰って王子の仕事をしないんだ? 魔王は討たれた。何故それを国に伝えてやらない?」

 宿屋の一室で、クロウは縛られた王子と目を合わせた。

 夜分にも関わらず襲ってきた不届き者にも、意外と慈悲深いクロウは拷問などせずに、ただ問いかけた。

「王子としての誇りだ! 従者に斬られて敵に蘇生され、特に成した武勲ぶくんも無い。そんなの、国に持ち帰れるか!?」

「言わなきゃいいだろ」

「うるさい! ……貴様に分かるか!? 自分の力だけで成そうとしたことが、他人に先に成されてしまう屈辱が! …… 私が無能だという事くらい、自分でもよく分かってる! だが、それでもこのまま普通に生きていくことなんてできやしない!」

(ああ、そういうことか)クロウは納得した。

 この男はレッドに嫉妬している。

 自分から全てを奪った彼女に。

 ……なんというか、面倒くさいというか、生きづらそうというか。

「馬鹿だなぁ……」

「何ぃ!?」

「だって……、あんたの親は早く帰ってきてほしいんじゃないのか」

「なっ……」

「武勲とか、そんなのどうでもいいんじゃないか。元気な顔が見たいだろ、親ってのは。なぁ王子さま」

「……見てみろ、この機械の腕を。これで帰れるか」

「構わないよ、そんなの。そんなの、どうだっていい。子供に会えるなら」



 子供を愛する親ならば、それが当たり前だ。

 でも、クロウは知らない。

 子供を愛さない親もいることを。


 ***


 レッドが次に追いかけたのは兄だった。

 彼は愛想がよく、沢山の人に愛されていた。母、父、それに父に愛されない妹にも優しかった。

 彼にはライバルがいた。同い年で、同じ目標の少年。

 二人は騎士になりたかった。誰よりも信頼される騎士に。故に、二人は競い合った。そうしていつしか彼らは親友になっていた。何度も試合をし、何度も競争し、何度も言葉を交わした。


 レッドは彼らのようになりたいと思った。青空の下で、青春を謳歌している彼らに。

 しかし彼女に友はいない。同世代の女の子たちには、騎士になろうなどという者はいなかった。

 だから一人で鍛錬をした。


 ***


「あいつ結局帰ったのか!」

「ああ、俺がなんとかなだめてな」

 宿屋から出て、街をぶらりと歩き回る最中、クロウはレッドに王子のことを話した。

「……ひ、ひどい! 昨日の戦いは楽しかったのに!」

「そりゃ、あんたはそうだろうよ。でも奴は王子で、立場ってのがある。早く国に帰って、魔王が倒されたことを伝えなきゃならない」

「それは、……そうか」

 彼女は視線を下げた。

「レッド」

「……なんだ」

「国に帰らなくていいのか」

 レッドは横目でクロウを見た。

 彼は、至って真剣な顔だった。本気で心配をしているのだろうと分かる顔だった。

 レッドはすぐ目をそらした。

「……」

「嫌なのか?」

「……」

「帰りたくないのか」

「……」

「強くなることのほうが、大事なのか」


 判らない。何もかも。

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