4 ここはどこ

 俺たちは草原を歩く。何が起きているのかはわからない、わからないから歩く。今はとにかく情報が欲しかった。


 魔法陣がでたってこた、考えられるのは強制転移だ。一般的に召喚って呼ばれるようなアレだな。どういうわけか、俺たちはそれに巻き込まれちまったってわけだな。


 今必要なのは情報、何より現在地だな。まずはそれがわからねーと動きようがねえっつーことで、ヒントになるようなもんを探してるってわけよ。


「ちっ! トンビの奴、のんきに空なんて飛びやがってよ」

「トンビにあたるなって。そうだ、アカリ。お前スマホ持ってないか? 持ってたらさ、地図開いてみたらどうよ」

「ああ、スマホか。んなもんもあったなあ……ちい兄からのメッセがうるせーから電源落としてたわ」


 ちい兄とアカリが呼ぶのは下の兄の事で、上の兄同様、彼もまた厳つい見た目で喧嘩っ早い性格をしているために他校の生徒から恐れられていたりするらしい。


 けれど、実はその見た目や性格とは裏腹に、アニメにラノベ、ゲームにマンガにどっぷりで。


「ラノベやアニメの感想をいちいちSNSで送ってくるんだぞー? これがまた量が多くて死ぬほどうぜーんだ」


 今日は特にひどくって、授業中にアホほどメッセが届きまくって通知が止まらなかったらしく途中で電源切って放置してたんだと。そいつぁご愁傷さま過ぎるわ……。


「ゲェ……見ないようにしてたけど、思った通り電源切る前の時点で通知の数がアホだわ……こりゃ間もなく鬼のように続きのメッセが……って、おいおい、猫さん見ろよこれ」

「ん?『アカちんも是非読んでくれよな!ゲームじゃわからねえクッコロちゃんの可愛いところが』ほーん、お前アカちんって呼ばれてんのか。俺も真似しよっかな、アカちーん」

「ばかやろ、やめろ! そこじゃねえよ、上だ上!」

「んん……って、うっわ圏外じゃねえか! Wi-Fiは……飛んでるわきゃねえわな、草原だもの」

「静かでいいとこだが、電波ねーのはきちーな地図みれねーじゃんかぁ……」

「いやまて、詳細マップは無理でも超広域マップならキャッシュが残ってて見れるかもしれん。ダメ元でマップアプリ開いてみようぜ」

「キャッシュ? なんだお前猫さんのくせにあたしより詳しそうだな……何かむかつくけどしゃあねえ、試してやるよ」


 俺も無駄に徘徊していたわけじゃないんでね。お邪魔になった先々に置いてあった端末から様々な情報を得ていたってわけさ。世界地図レベルの縮尺ならスマホに残ったキャッシュで見られるはずなんだ。転移先が国内なのか海外なのかすらわかんねえが、ざっくりとした場所くらいはわかるってわけ。


「なあ、猫さんよ。位置情報がどうとかでたけど、なんなんだこれ?」

「おいおい……まじかよ衛星が捕まんねーだあ? こんな開けたところでそんな馬鹿な話はねー。つうこた、そういうことかぁ……」


 ここが深い森の中だったり、谷間だったりすんならまあわかる。けれど、ここぁやたらと広い草原で、空なんてがっつり見える場所なんだ。こんなとこで衛星の電波が拾えねーとなりゃあ、普通はスマホの故障を疑うんだが……状況からして原因はそうじゃないよな。


 現状から考えられるのは、ふたつ。まず、地球から他のユリカゴへの転移。地球の近くにゃアカリが適合できるユリカゴはねーから、一番近くても天の川銀河のEN-28754かEN-28892あたりかな。勿論もっと遠い別の銀河系って可能性だってあるわけなんだが、これでもまだマシなほうなんだ。


 モフっても俺は神だからな。その程度ならどうにでも出来るってわけ。『転移に巻き込まれたよー! たすけてえ!」ってブーちゃん上司にパスを繋いで連絡すりゃあ一発解決だ。


 ただし、ふたつめのほう……そっちだったら大問題なんだが……2つの意味で確認するのが怖いけど、とりあえず神界とパスの接続でもしてみますかねー。リソースがねえ今、上に連絡しねーとどうしようもねえからな。


 色々と面倒で繋いでなかったんだが……今だけは繋がって欲しいと思っちゃうね。マジでマジで。


 パスの接続先は直属の上司である女神様、ブーケニュールちゃんだ。定期的に報告をするようにと言われていたのに、弄られるのが嫌で今日までさぼっていたんだわ。


 間違いなく『あれえ? 連絡ないから消滅しちゃったのかと思ったわぁ』等と、ネチネチと長時間に渡ってお説教されんのは目に見えてる。


 だけど、今だけは、今だけはブーちゃんの声が聞きたくて聞きたくてしょうがない。あの甘ったるい声でネッチネチと詰られたい、そう思っちゃう!


 よーし、こい、こいこい! ブーちゃんの気、どこだどこだ! どこ……どこだ……。


 ……


「マジかよぉおおおお! おいおいおーい! マジかよ冗談じゃねえぞマジでマジで……何処をどう探ってもブーちゃんのブの字も感じられねえじゃねえか……」

「おい、どうしたんだよ、あたしのスマホどうしちゃったんだ? まだ買ったばっかなんだぞ!」

「いや、お前のスマホは何ともねえよ。なんかあったのは俺たちだ」

「あん? つまりなんなんだよ! あたしにもわかるように言え!」


 ブーケニュール様とパスが繋がらねーって事はまずない。どんだけ離れていようが、何処に封じられていようが、パスだけは接続できる。じゃなけりゃ俺を適当に放逐なんかできるわけねーからな。


 ただ、それでも例外ってもんはあるわけだ。いくら世界の管理者つっても限度があるってもんでよ、それこそ地球のスマホよろしくエリア外ってもんは存在するわけで。


「アカリ、落ち着いて聞いてほしい。どうやら俺たちな、別宇宙に飛ばされたらしい――いっでえ! なにすんだよ! しっぽを引っ張るんじゃねえ! 伸びるだろうが!」

「わかるように言えって言っただろ! どう見てもここは宇宙じゃねえのに宇宙に飛ばされたってどういうこった! どう見ても綺麗な原っぱだろうがよ!」


 まじか、アカリちゃん……馬鹿なのかな? 馬鹿かもなあ、でもなあ、こう見えて賢いかもしれないしなーって思ってたけど、馬鹿なんだなあ! 見た目はパーフェクトなのにほんと残念な子だな……。


「あー……んっとそうだなあ……うん、ざっくりいうとだな、俺たちすげー遠くの異世界に転移しちゃいました!」

「異世界転移だと!?……マジかよ、そ、んな……」


 しゃべる猫からの勧誘っつー、ありえねーことを直ぐに受け入れてみたり、サンタさん信じてたりと、どっか純粋な子だなあとは思ってたが、ほんと超常的な出来事を疑わずに受け入れる子だよなあ……。


 はあ、しかし、エリア外だよ、エリア外。まさかの別宇宙への転移だ。まいったね、流石の管理神達でも別宇宙となりゃあちょっと面倒なんだぞ。


 どっか別のユリカゴに飛ばされていたのであればまだ良かったんだ。本部に連絡を取ればそれで済むからな。


 おしおき期間中とは言え、事情が事情、こいつぁ転移事故、もしくは転移災害だ。被害者から出された救助要請は速やかに受理されて、どんだけ遠く離れた場所に飛ばされていたとしても、速やかに元いた場所に転送されるってわけだ。


 だが、それも別宇宙となると一気に難しくなっちまう。例えるとそうだな、何処かわからぬ他国の原っぱに落とされた状況を思い浮かべてくれ。

 もしかすれば電波が飛んでいるのかもしれねーけど、本体やSIMが電波に対応してねえから、スマホがあっても大使館に助けを求めることができない、そんな状態ってわけだ。


 つまり、例えこちらの神界につなぐ経路があったとしても、ヨソモンの俺はそれを感じることはできねーし、そもそも権限をもってねーからなんもできねーってわけだね。


 だが、望みが無いわけじゃあねえ。別宇宙の存在はかなり昔から認知されてるし、今じゃそっちの連中とのやりとりも実現しているんだ。相手は俺たち同様、神族だったり、なにかよくわからねーけどスゲー連中だったりいろいろだけど、概ね友好的な存在なんだ。


 んで、すっげーリソース喰うみてえで頻繁にはつかえねー見てえだが、別宇宙に行くことだって出来るんだよ。


 俺みたいな下っ端には関係のない話だが、うちの上司は何度か研修やら親睦会やらであっちこっちの別宇宙に行かされててなあ。

 

 まあ、つまるところ、本部のオエライサン用転移門ゲートを使えば俺たちを迎えに来れるってわけだ。

 不本意ながら俺って要注意神族としてマークされてるからな。日本から俺の気配が消えたってなりゃあ、地球上、太陽系、天の川銀河全域と、捜索されるんだと思う。


 一応修行の旅という名目で出されてるけど、犯罪者と同じ様な扱いだからね、俺。やんわりと監視されてたわけだから、今頃スゲー勢いで探してると思うんだ。


 そのうち宇宙の何処にも居ねえって気づくだろうな。そしたらいよいよ別の宇宙に居る可能性を考えてそちらにも捜索の手が回されることだろう。


 いやあ、自分で言うのも嫌になっちゃうけどさ、多分上司がこういうと思うんだよ。


『シャロくん、別宇宙に迷惑かけてなきゃいいんだけどねー。枷から放たれたあの子がいくつユリカゴを壊すか考えたくないわーうふふー』


 ってな。それ聞いちゃったら本部も『まあシャロだしいいか、そのまま滅すればいいよ』とはいえなくなるわけじゃん。きっと顔を青くして割とガチ目に捜索してくれると思うんだ。


 ただなあ、別宇宙と言っても1つや2つじゃあねえんだよな。付き合いがあるとこだけでも数百はあるんだわ。


 その中から俺達を見つけ出して救助手続きを取るというのはなかなかに厳しい話だね。まだお付き合いがない宇宙だったら救助なんて完全に無理だしな。


 だからまあ……なんつーか、向こうからの救助は来たらラッキーくらいのもんなのよね。


 だが、俺は諦めねえ。アカリを地球に帰してやりてえし、なにより育成中のかわいいマイユリカゴがあっからな! ブーちゃん上司に魔改造される前になんとしても戻ってやる!


 それに全く手がかりがねーってわけでもねーんだ。転移に使われたと思われるエネルギーの残滓を観測出来たんだわ。


 そう、こちらに転移直後、エネルギーの残滓がそこらに残ってたのさ。なーんか嫌な予感がして波長を記録しといてほんと良かったぜ。おんなじ波長をみっけりゃあ帰還のヒントくらいにはなるだろーしな。


 人為的なものであれば、犯人を締め上げて帰還方法を聞けばよいし、偶然から発生した召喚陣の誤作動であれば、それはそれで調査をすればどうにかなるかもしれない。


 帰還の可能性が0%から1%に増えた程度だが、無いよりマシだわ。


「どこのどいつに召喚されたのかわっかんねえけど、なんにせよ召喚陣をみつけねーと何も始まらねーってわけだ」

「兄貴が好きなラノベでよくあるやつだな。召喚した王様がろくでもねーやつでさ、還し方がわからねーからそれは自分らで探せとかいうやつ」

「ははっ 探したけど見つからなかったってオチだけは避けてえな」

「うっし、猫さん。早速あたしらをさらった犯人をぶん殴りにいこうじゃないか!」

「そこはもっとこう……まあいいや。あらためてよろしくな、アカリ。必ず無事に地球に帰してやっからな」

「おう、頼りにしてるぜ、猫さん! あたしもめいいっぱい頑張るわ!」


 こうして一人と一匹は結託し、帰還方法を探す旅が今ここに始まった。

 ……魔法少女要素は何処に行っちまったんだろうな?

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