第14話 嵐のランチタイム

「あわわわわわわ」


「渚、ちょっと落ち着いて。ひとまず倒した椅子を戻したら?」


 私は動揺する渚に指示を飛ばした。すると渚はハッと我に返って、大人しく倒した椅子に手をかける。


「翔、お疲れ。これからお昼?」


 そんな渚を横目に話しかけると、翔は苦笑しつつも空いている席に腰掛ける。


「いや、外で済ませてきたとこ。食後のコーヒーでも飲もうかと思ったら、なんか話してるのが聞こえたからさ」


「そう」


 すると、椅子を戻した渚がそそくさとその場を立ち去ろうとするのが目に入る。


「ちょっと渚。どこ行くの」


 声をかけると、逃亡を図った渚はビクッと体を震わせた。


「い、いやぁ。お二人の邪魔をしちゃまずいかなぁって」


 目を泳がせる渚はこの場を離れる気満々のようだが、このまま逃がしては裏で何を言われるかわからない。私は渚に席に着くよう促した。


「あのね、渚。何か誤解があるみたいだけど、私と翔はただの同期だからね?」


「そうですか?」


 しかし渚は疑わし気な目をこちらに向けるばかりだ。


「はぁ。翔からもなんか言って」


 仕方なく話を振ると、翔はポリポリと頬をかいた。


「いや、全然話が見えないんだけど。さっきから何の話?」


 どうやら翔は本当に話の流れがわかっていないようだった。


「あぁ、ごめん。つまりね、渚がなんか、翔が私に気があるんじゃないかって勘ぐってるんだけど、そんなことないよねって話」


「え」


 私が笑いながらそう言うと、翔は真顔になった。


「……え?」


 『当たり前だろ~』という反応が返ってくると思っていた私は、翔のその反応に困惑してしまう。すると翔は次の瞬間ケラケラと笑った。


「な~んてな! 冗談だよ、冗談」


「な、なんだー! もう、ビックリさせないでよー!」


 内心かなり動揺してしまっただけに、私は心底ホッとしたのだが、渚はそんな私たちの様子をジトッとした目で見つめている。


「渚、ね、だから言ったでしょ?」


 慌ててそう言ってはみたものの、ただいちゃついている様を見せただけと言われても仕方のない状況に、説得力がないというのは自覚していた。


「ソウデスネ」


 完全に棒読みの渚。


「あ、あのね、渚。本当に違うからね?」


 念を押す私に、渚は冷ややかな目を向けた。


「別に私はなんとも思ってませんから。休憩時間終わりそうなので失礼します」


 そう言ってペコッと頭を下げると、有無を言わせぬオーラをまとって立ち去ってしまった。


「……今の、絶対やばいよね?」


 慌てて翔の方を振り返ると、なぜかこちらもジトッとした目を私に向けている。


「え、何?」


 理由がわからず尋ねると、翔はため息を漏らした。


「自分の胸に手を当てて聞いてみれば?」


 不機嫌を露わにする翔に、私は再び困惑してしまう。


「え……っと、あの、さ。ひょっとして、まさか本当に私に気がある、とかじゃないよね?」


「……」


 翔は何も答えない。


「え?」


 私が驚きに固まる中、翔はおもむろに席を立った。


「俺も休憩時間終わるから戻るわ」


 そうして困惑している私を一人残して、ランチタイムは静かに終わりを告げた。

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