第11話 次なるミッション

 自分で言うのも何だが、本当にあんなことで良かったのか、と少し思ってしまう。けれど、誰かにとってどうでもよいことが他の誰かにとっては重要なことであるというのはよくある話だ。そして、今回もあの一連の出来事の何かが長谷川さんの琴線に触れたのだろう。


 とにかく、プロポーズというミッションはクリアした。私たちは作戦を次の段階へ移行させる。


「次はいよいよ、両親への挨拶、ですね」


 長谷川さんから心なしか緊張が伝わってくる。


「そうですね」


 私も知らず知らずのうちに肩に力が入ってしまう。


 これまでのやり取りは閉じた世界だった。長谷川さんと私で完結する話だったから、その中で本音で語り合うことができた。でも、両親は言うなれば第三者だ。当然、私たちの事情については一切知らない。だからこそ、それなりに準備が必要となる。


「両親への挨拶にあたって、必要なことって何だと思います?」


 私が問いかけると、長谷川さんは指折り数える。


「それぞれの両親の趣味趣向の把握、思考・行動パターンの予測、想定問答集の作成、口裏合わせ、さらに当日のシミュレーションまでできるとベストですかね」


「……なんか、就活みたいですね」


 思わず目をしばたたかせながらそう言うと、長谷川さんは苦笑いを浮かべる。


「まあ、ある意味採用面接ですからね」


「なるほど。確かに採用面接と思うと対策が立てられそうです」


 私が感心した様に頷くと、長谷川さんは照れたように笑った。


「それと、私としてはもう一つやっておかなければならないことがあると思うんです」


 今度は私からそう言うと、長谷川さんは不思議そうに首をかしげる。


「なんでしょう?」


「名前呼びとタメ口の訓練です」


「え」


 長谷川さんは驚きに固まる。それほど変なことは言っていないと思うのだが。


「人によるとは思いますけど、お互い敬語はちょっとよそよそしい印象になりませんかね? あと、いつまでも名字にさん付けってわけにもいきませんし」


「そ、それは確かに、そうかもしれませんが……」


 長谷川さんは明らかに動揺しているが、こういうことは普段から慣れておかないとボロがでるものだ。


「試しに今から実践しましょう。……オホン。ひとまず、趣味趣向の把握、思考・行動パターンの予測については、自分の親のリサーチをそれぞれが担当するってことでいいよね、瀬凪せな


「ひっ!」


 私の記念すべき初の名前呼びに対して、長谷川さんは短い悲鳴を上げた。名前を呼ばれて悲鳴をあげるなど、捉え方によっては相当失礼ではないかと思うのだが。


「……」


「……」


 いや、そして何も言わないんかい!


「えっと、できれば練習だと思って会話を続けてほしいんだけど」


 反応に困っている瀬凪に対して、私は努めて優しく話しかける。


「あ、あ、あ……」


 ぷるぷると震えながらも頑張って会話を続けようという姿勢はわかるけれど、某アニメのキャラクターのようになっている。


「……えーっと。じゃあ、とりあえず名前だけでも呼んでみてよ」


 ちょっと可哀想になり、ハードルを下げようと提案する。ちなみに私の下の名前は『朱侑しゅう』という。


「う、あ……、しゅ、しゅ、しゅ」


 みるみる顔を紅潮させる瀬凪。放っておいたら頭から煙がでそうだ。今度は完全に汽車である。


「す、すいません。あの、やはり急には無理です……」


 瀬凪は涙目になりながらついにギブアップを宣言した。


「えーっと、でも、じゃあどうするの?」


「自主練します」


「え、どうやって?」


 自主練とは、一体何をどう練習するつもりなのか。


「……秘密です」


 長谷川さんは目をそらしながらそう言った。


 う~ん、前途多難だ。

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