3-2

 その翌日の早朝、PC室にて――。

「……いや~、これ、高度過ぎますな、つか過剰なセキュリティでござるな」

 御宅田が困り切ったような声をあげて、ミコトは眉をひそめた。

 三原ミカ自殺の件は、尾蝶先導のもと、学園の徹底的な調査によって事実関係が明らかになり、加害生徒の中にスポンサー企業の子息令嬢がいたことから、学園はスポンサー企業とのスポンサー契約を打ち切り、メディア各社に事実を公表し、該当企業は世間からのバッシングを受けることになった。

 加害生徒たちは未だ直接的に処分はきまっていなかったものの、周囲の環境や家庭状況が大きく変化し、退学者や転校者が続出した。

 三原の自殺を隠蔽しようとした教師たちも調査の末、その事実が発覚。退職や停職処分を受けた。

 それと同時に白華学園へのバッシングも増えたが、同時にクリーンな学園を目指す姿勢に共感した人々も多く現れ、そして著名人で世界的な富豪であるラジャブが支援していることもあり、徐々にではあるが、風向きが変わりつつあった。

 そしてあの日以来、御宅田は学校に登校するようになったのだ。

 同情の視線も、奇異の視線も向けられ、後ろめたそうに俯いてばかりだが、それでも彼は前を向こうとしているのか、毎日根気よく学校に通っている。

「やはり、旧校舎の罠はかなり高度なものだったか」

 旧校舎の件は先日の件、そしてラジャブの出資で帳消しにされ、鶴木も警備員との諍いで受けたケガも完治したらしく、早速また懲りずににミコトへ戦いを挑んで来ていた――つまるところ、ミコトは無事、日常を取り戻したのだ。

「些事は目を瞑ってあげましょう。白華学園の発展のために、これからも働いていただければ、ね」と、実質的な旧校舎調査の許可も尾蝶から出たこともあり、ミコトは本格的にトレジャーハンターとして、旧校舎の調査へ乗り出した。

 とはいえ、協力を得られるわけでは無い。黙認してもらえるだけだ。

 つまるところ、当面の問題は監視カメラと、しかけられた無数の赤外線センサーをどう突破するかが問題だった。

「……御宅田でも無理なのか?」

「監視カメラであれば、今すぐにでも何とかできますが、問題は赤外線センサーですね。最新鋭の機器ですから、ちょっとやそっとでは解除できないと思います。つか仕掛けがヤバすぎですね。蜘蛛の巣レベルのセンサーってマジでハリウッドでござるな」

 厚いレンズの眼鏡を押し上げつつ、御宅田はぼやいた。

「赤外線は解除できないと言う事か」

「いえ。時間をかければ突破できると思うでござるよ。ただし、このレベルのセキュリティを突破するとなると、かなりの時間を割く必要があるかと。……しかし使われてない旧校舎にこれほどの設備を揃えるとは……一体何があるんでしょうね」

 息をついてから、御宅田はPCからミコトの方へ向き直った。

「……それになんとか侵入しようとしてる天原氏もまともじゃねえでござるよ」

 御宅田はそうぼそりと言ってから、何度か言いよどんで、「あの……」と口を開いた。

「立てこもり中の拙者を説得するとき、トレジャーハンターがどうとか言ってましたけど、……本当なんですか? ……いや、天原氏、ああいうときに冗談言うタイプじゃ無さそうって言うか……」

「ああ。本来は機密だが、君を説得する際、少しばかり話してしまった」

「機密って……。え、そんなこと言って大丈夫だったんですか!?な、なんか組織の掟とか……そう言う系の……」

 慌てる御宅田を尻目に、ミコトは何か考える風に、口元に指をあてた。

「いや。本来であれば口外してはならないことなんだが、君を説得するのに、自分の立場を偽るのは適切ではないと思った。……理由わからないが、何故かそう思ったんだ」

 たどたどしく言ったミコトの言葉に、御宅田は嬉し気に微笑んだ。

「……信じますよ。口外もしません。天原氏が信用に値する人物であることは、今までの行動で分かっていますから」

「……ありがとう」

 真っすぐに視線を向けて、ミコトが感謝の言葉を述べると、「やめてくださいよ~」と照れくさそうに御宅田は頭を掻いて、PCの方へ視線を向けた。

 気まずさとなごやかさが混じったような空気が流れ始めたところで、けたたましく扉ががらりと開いた。

「御宅田君! 生徒議会の資料の進捗はどうだ!?」

「アッ、ハイ、ぼちぼちで……」

「図書の貸し借りの新システムの導入の手はずは」

「あ、あと三割くらいです……」

「違反・遅刻生徒のリストアップ及び洗脳電波アンテナの起動準備を――」

「えっと――」

「現生徒会に対するデモクラシー思想の生徒たちによるクーデタ計画阻止及び――」

「独裁主義は考え直した方が――」

 PC室に生徒会役員たちがなだれ込んできて、御宅田はしどろもどろになりながら対応していた。

 被害こそほぼなかったものの、御宅田が学園を混乱に陥らせかけたのは事実であり、そのペナルティとして、『奉仕活動』――つまるところ、生徒会の手足としてこき使われている、というところだろう。

(さすが尾蝶会長だ。抜け目のない……敵に回したくはないと、改めて思うな)

 転んでもただでは起きぬ、と言わんばかりの会長の微笑みを思い出して、ミコトはぞっとしない気持ちになりながら、PC室を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る