1-5

 職員室にたどり着くと、ミコトは緊張した面持ちで扉に手をかけた。

(ここに俺の教官たちがいる……無礼な真似をすれば、あの時のように制裁が待っていることだろう)

 ミコトは過去の出来事を思い出しながら、ぎゅっと唇を噛んだ。


『このJ●Pのクソガキが! 貴様は教官である俺の手を煩わせた! そうだな!』

『サー! イエス! サー! 自分は愚かな行いをしました!』

『貴様のママを孕ませた猿のケツの穴に手榴弾を突っ込んでやりたいところだが、そんな時間の浪費は許されない! よってこの俺が自ら貴様を罰してやる! 喜べ! 泣いて感謝しろ!』

『ありがとうございます、サー!』


 麻袋に詰められ、何度も堅い棒で殴られた感覚を思い出し、ミコトは脂汗をかいた。

(袋に詰められて棒で殴っていただき、反省するのが常だったが……この学校の教官はどうだろうか。とにかく、教官殿の手をわずらわせないように細心の注意を払わなければ……)

「――失礼いたします!」

 ミコトは声を張り上げ、戸を叩くと間髪入れず扉を開く。

「自分は本日より白華学園に編入した天原ミコトであります! 未熟者故、教官がたにご迷惑をおかけするかと思いますが、ご指導ご鞭撻べんたつのほど、何卒宜しくお願い申し上げます!」

 背筋を伸ばし、ミコトはお手本通りの敬礼をしつつ、大声で挨拶をする。

 ミコトの声が響き、職員室内にいた教師たちはぽかんとして静まり返るが、すぐにざわつき始めた。

 眉をひそめて、教職員たちがミコトの方へ視線を向けている。

(な、何か不味かっただろうか? 無礼を働いたのならば、罰を受ける事も覚悟せねば)

 ミコトが冷や汗を流しつつ、次の言葉を待っていると、一人の男が立ち上がった。

 男は長身で、黒髪を整髪剤で撫でつけており、几帳面そうな印象を受ける。眼鏡をかけた知的な雰囲気の男で、鋭い眼光をしている。

「君が編入生か。敬礼などいらん、軍人ごっこでもするつもりか?」

「いえ! そのようなつもりは……非礼をお許しください、いかなる罰も受ける所存です」

「罰だと? そのような時代錯誤な真似をするわけがないだろう」

「まあまあ、東山君。元気ないい子じゃないか。そんなに怒らないであげなさい」

 柔和そうな壮年の男性がにこにことしながらミコトに近寄ってきた。

「初めまして、私は教頭の田端といいます。よろしくね、天原くん」

「田端教官、こちらこそ宜しくお願い致します」

「うむ。よろしい。君は海外から来たんだって? 早く学校になれるように、我々もサポートするからね」

 満足げに微笑み、田端はミコトの肩をポンと叩いた。

「……私は数学を担当する東山だ。君の数学の授業も担当する事になるだろう。さきほどのような軍人ごっこは私の授業でするな」

「了解いたしました。以後、気をつけます。東山教官」

「……教官ではなく、先生と呼ぶのが一般的だ。此処は軍隊ではない。理解しろ」

「はっ。東山教……先生。以後、気を付けます」

 そうミコトが頭を下げると、東山はふん、と鼻を鳴らして自分の席に戻って行った。

(高圧的で厳格な方だ……さぞ、厳しい訓練をほどこされるに違いない。より一層気合を入れなければ)

 東山を尊敬のまなざしで見つめた後、ミコトは田端の方へ視線を向けた。

「自分は何処に配属になるのでしょうか、田端先生」

「ああ、君は二年C組の生徒になる。――矢吹先生、天原君をクラスまで連れて行ってあげて」

 矢吹と呼ばれた女性は、慌てて席から立ち上がり、ミコトと田端の下へ走ってきた。彼女はまだ若く、新任の教師のようだった。

 黒髪をポニーテールにした彼女は、少し頼りなさそうな印象を受ける。

 ミコトよりも頭一つ分背が高いが、女性的な丸みを帯びていた。その表情はどこか疲れているようにミコトには感じられた。

「はじめまして、天原君。わたしは矢吹やぶきナナコです。あなたのクラスの担任を務めています。分からないことがあったら何でも聞いてくださいね」

「はい。よろしくお願いいたします」

 淡々と答えるミコトに、どこか矢吹は不安そうな顔つきをしていた。

「じゃ、じゃあ。天原君、教室までついてきてね」

「了解しました」

 委縮しているように見える矢吹を不思議そうに見つめつつ、ミコトは彼女のあとをついていった。


「矢吹先生……担任というのは、矢吹先生が自分の直属の指導教官ということですか?」

 廊下を歩いている際、ミコトはそう矢吹に問い掛ける。に対して、矢吹の顔が曇った。

(……なにか俺は、まずいことを言っただろうか?)

 不安げに思いながら、ミコトは矢吹の答えを待つ。少ししてから、矢吹は口を開いた。

「えっと、その……はい、そうですね。そういうことになります。……あの、やっぱり嫌ですよね?こんな若い女が、担任の先生なんて……」

「いえ、そんなことはありません。若い女性が指導する立場だと言う事は確かに珍しい事ですが、それが理由で貴女の事を疎ましく思ったり、あなどるような真似は決してしません。俺はミソジニストではありませんし、性別による差別意識なども持っていないので」

「そ、そうなんですね。よかった。ありがとうございます」

 ほっとした様子で、矢吹は微笑んだ。

「天原君は海外から来たんですよね。何か心配な事や不安に思っていることはありますか?」

 矢吹の言葉にミコトは首を横に振る。

「いいえ、特には。ただ、この国の常識についてはあまり詳しくないため、何かとご迷惑をおかけすることになるかもしれません。その際はよろしくお願いします」

「もちろん。頼りにならないかもしれませんが……先生をどんどん頼ってくださいね」

「了解しました」

 表情を変えずに言ったミコトに矢吹はまた表情を曇らせた。

(わ、わたし……やっぱり天原君にさっそく嫌われてしまったんじゃ……)

 ミコトは笑顔ひとつ見せず、矢吹に接して来る。――自分に対しては、愛想笑いすら浮かべる価値もないのだろうかと矢吹は後ろ向きなことを考え始めていた。 

(転校初日の生徒に嫌われるなんて、わたしはなんてダメな教師なの……)

「矢吹先生、どうかされましたか?」

「あ、いえ、なんでもないんです。気にしないでください……」

 ミコトの問いにそう答えると、矢吹は肩を落とし、とぼとぼと歩き続けた。

(若い女性には過酷な職場なのかもしれないな……学校というものがどういうものなのかはまだよくわからないが……任務に支障をきたさない範囲で、矢吹先生をフォローして差し上げねば)

 ため息交じりに先を行く矢吹を見て、ミコトはそう決意した。


 しばらく歩いていると、矢吹が立ち止まったのに続き、ミコトも足を止めた。

 ミコトがドアの上の方を見上げると、室名札には『2-C』と書かれている。

「ここが今日から天原君のクラスになります。ホームルームの前に自己紹介をしてもらいますから、そのつもりでいてね」

「了解しました」

 相変わらず無表情のミコトに矢吹は冷汗が止まらなかったが、ドアを開いてミコトと共に教室へ入った。

「みんな、静かにしてくださーい、ホームルームを始めま~す!」

 教室内に矢吹の声が響く。しかし生徒たちの一部はまだ騒いでおり、中にはスマホでゲームをしている者もいた。

「ほら、みなさん! ちゃんと前を向いて! 話を聞いて!」

 矢吹がまた注意するが、それでもなお一部の生徒たちは話をやめず、また何人かの生徒はスマホを操作していた。

「矢吹先生。ここはお任せ下さい」

「えっ? あ、天原君?」

 戸惑う矢吹を無視し、ミコトは懐から自動拳銃を取り出すと、躊躇なく天井に向けて発砲した。

 乾いた銃声が鳴り響くと、生徒たちは一瞬にして静まり返る。

 矢吹はぱくぱくと口を開閉し、生徒達には動揺の色が広がる。

 漂う硝煙の匂いと、天井に残った弾痕が、ミコトの異常さを物語っていた。

 そんなミコトは涼しい顔のまま銃口を床の方へ下ろすと、再び口を開く。

「君たちは教官の命令を無視できるほど優秀なのか。それとも命令を聞くことすらできないほど愚かなのか。どちらにせよ、教官の命令に従えないような人間は、ろくな兵士になれん。戦場では命令に背いた者は真っ先に死ぬことになるからだ。今の状況はまさにその状況と酷似していると言えるだろう」

「はあ……? どういう意味だよ」

 そう不機嫌そうに声を上げる男子生徒にミコトは視線を向けた。

 おもむろに拳銃をその生徒に向けると、彼の持つスマホに向かって発砲――瞬く間に男子生徒のスマホは音を立てて壊れた。

 怯え切って何も言えず、椅子からひっくり返った男子生徒を見据えてミコトはそう言いはなった。

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