八月四日1530 岩手県宮古港

 東北地方といえど夏は暑いもので、太陽は魚市場を擁する港を容赦なく照らしている。公開時間も終了に近づいたためだろうか、人はまばらで少々退屈してきたが、長閑な雰囲気はどこか休日の呉を思わせた。艦橋から外のラッタルを下り、舷梯(げんてい)の方に向かうとどうしても目につく、昨日地元のみなさんからもらった大きな幕。『歓迎』と赤文字で書かれた下には鮭のキャラクターがいい感じにゆるく万歳をしている。ふと、鮭のキャラクターの乗っている船が気になった。木目もしっかり書き込まれた明るい茶色の木の船だ。だが、しかし、よくよく見ればその船には『732』の数字までも書き込まれているではないか。

「これ、俺か?」

芸の細かさに思わず破顔する。呉でのんびり休日を満喫している兄に写真を送ったらどんな顔をするだろうか。

「あいみやは絶対笑うな」

携帯端末で写真を取りながら独りごちる。

「あっ、そうだった」

舷梯を渡り、岸壁に降り立つ。そのまま左を向くと目に入るのが製氷所のクレーン。問題はそのクレーンが若干海にせり出していて、そのままいつものように艦首を岸壁に向けるように出港するとぶつかってしまうのだ。

「やっぱり、一旦後進しなきゃダメっぽいな……」

せめて逆方向に着岸したならば、困らずに済んだだろうに。

「まあ、アイスでも買いに行くか」

近くにある海の駅に向かい歩を進める。出入港なんてどうしたって艇長の采配と港湾関係者との兼ね合いなのだから、俺が考えたってしかたがない。

「チョコレートがいいな」

ポケットに小銭を忍ばせて何食わぬ顔で自由に動けるのは【艦霊】ならではの特権だろう。出港までに帰ればいいのだから。


 それではまた会う日まで。

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