第2話 俺が監視役になった理由

 俺は全国の裕福な家庭の子や社長のご子息が集まる名門校、私立明修学院に通っている。友達も多く、何不自由ない生活を送っていた。しかし、そんな生活は突如として崩れ去る。

 これから語ることは俺が華恋さんに話しかける前の出来事だ。


「あ、あのこの状況は一体……」


 俺の周りには黒グラサンに黒スーツの男が五人、そして目の前には見るからに社長らしき人物が座っていた。その脇には秘書らしき女性が立っている。


「手荒な真似をして済まないね。ちょっとばかり君のことを拉致させて貰ったよ」


 社長らしき人物が偉そうに口を開いた。


「え、ら、拉致!?どうしてですか!?」


 よく見れば俺の手足は椅子にロープで縛られており、身動きひとつ取れない状態だ。


「君にひとつ頼みたいことがあるんだ」


「た、頼みとは?」


「それはだね……私の一人娘である華恋がここ数ヶ月の間、一切口を聞いてくれないんだよぉぉぉぉぉ!」


「……はい?」


「社長!泣くのはお止め下さい!」


 社長らしき人物は強面だった表情から一変して涙を流して机に顔を伏せた。それを隣にいた秘書が必死に慰めている。

 今までの張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れて、俺の身体から力が抜ける。


「申し遅れたが、私の名前は九条泰虎くじょうやすとらだ。君のことは色々と調査済みだ。君は華恋と同じクラスで隣の席に座っているらしいじゃないか」


「はい、まあ、そうですけど」


「そんな君には是非とも娘の監視役を引き受けて貰いたい」


「か、監視役ですか!?」


「そうだとも。華恋が何をしているのか、誰とどんな会話をしたのか、毎日私に報告して欲しい」


「それって大丈夫なんですか?」


「問題ない。責任は全て私が持とう」


 問題ないわけないと思うのだが。どこぞの知らない男子高校生に娘の監視役を任せるなんて親としてどうかしている。

 それにどうして俺がスパイみたいなことをやらなければいけないのだ。


「も、もし断りでもしたら?」


「そうだね。一旦ここでの記憶を消すために少々時間を頂くつもりだよ」


「それだけは勘弁して頂きたいですね……」


 記憶を消すために危険な実験でもされたのでは俺もたまったもんじゃない。

 ここは安全かつ的確な選択肢を選ぶべきだ。


「……そういえば、君の母親は元気かい?」


「な、なんのことだ」


 一言で俺の九条さんを見る目が鋭くなる。


「白を切っても無駄だよ。調べはついていると先程言っただろう。君の母親は重い病に侵されているそうじゃないか」


「それがどうしたって言うんだ」


「君がこの監視役を引き受けてくれて見事に最後まで役目を果たしてくれた暁には、母親の病気の手術費を提供させて頂くよ」


「それは本気で言っているのか!?」


「ああ、本当だとも。私は嘘は言わない主義でね」


 俺にとっては千載一遇の好機だ。母親の病気を治すお金など我が家にはないのだから。


「君は一般入試で学校に入ったそうじゃないか。この学校は偏差値も高いのによく入れたね。相当な努力をしたのだろう?」


「そうだ、毎日血のにじむような努力で勉強をしてようやくこの学校に入れたんだ」


「入れれば大企業への就職は確実なものだからね。君は大した男だよ」


「……本当に嘘ではないんだな?」


「君も少しは大人を信じたまえ」


 数分間考えた末、俺は監視の任務を受けることにした。これは全ては母親のため、俺は高校生活を監視の任務に費やすことを約束した。


「それでは俺はこれで失礼します」


「間宮くん、少し待ちたまえ。君に仕事名をあげよう」


「仕事名ですか?」


「そうだ。折角の監視任務、本名では何かと不便が起きる可能性もある。これから私は君のことを偽りの名、すわなちコードネームとして鳳雛ほうすうと呼ぼう」


 なんだがコードネームなんて本当にスパイみたいだな。徐々に自分の任務が如何に重要なのか分かってきた。


「分かりました。では今後、仕事の際はこの名前を使わせて頂きます」


 九条華恋の監視役、必ずやり遂げてみせる。

 この時少しだけ俺の心は不安で震えていた。


      *      *


「はい、今日も俺と話す以外は特に変わったことはありませんでした」


「そうか、ご苦労だったな」


「いえ、任務ですから」


 電話の相手はもちろん、九条財閥の社長である。俺は毎日学校が終わり、帰宅した後にこうして社長に直接電話をして華恋さんの日常生活を報告しているのだ。


「社長、一つだけ。ご報告というかイレギュラーなことがありまして……」


「何があったんだい?言ってみなさい?」


「実は華恋さんと付き合うことになりました」


「…………」


 電話越しの社長が黙り込む。流石に言うにはまずかったか。いや、どっちにしろ後々バレることだ。今言って正解なはずだ。俺は自分にそう言い聞かせる。


「……あ、あの社長?」


「……た」


「はい?」


「よくやった!君を華恋の監視役にした私の目に狂いはなかったよ!」


「え?」


 予想外の社長の反応に俺は戸惑いを隠せないでいた。一体どういうことなんだ。


「実は華恋は昔から男嫌いでね。彼氏なんて出来ないと思っていたんだよ。そんな中で君は彼氏になってくれた。これ程嬉しいことはない。心から感謝するよ」


「そ、そうだったんですか。喜んで頂けて良かったです。本当は怒られるんじゃないかと内心ひやひやしていたんです」


「そんな怒ることなんかしないさ。娘を大事に思っての告白だったのだろう?それなら私は君を否定したりはしない」


「は、はい。そのつもりで告白しました」


「それなら良い。今日はありがとう。それでは明日もよろしく頼むよ」


「分かりました、それでは失礼します」


 本当は母親のために始めた監視役。華恋さんと話をするうちに徐々に俺の心は彼女へと惹かれていったのかもしれない。

 そうでなければ今日、あの場面であんな台詞を言うはずがない。社長には多少嘘はついてしまってたが問題ないだろう。

 俺が今やるべきことはただ一つ。彼女を、九条華恋の命を守ることだ。


      *      *


「おはよう、華恋さん」


「おはよう、間宮くん」


 翌朝も俺達はいつも通りに挨拶をした。


「華恋さん、昨日の件だけどさ」


「ちょっと……ここではやめて……」


 華恋さんが人差し指で俺の唇を押さえる。その顔は赤くなっていた。


「え、ちょ、華恋さん?」


 俺は華恋さんに手を捕まれて教室を飛び出した。

 着いたのは昨日一緒にいた理科室だった。


「……とりあえず入って」


「う、うん?」


「そして、そこに座って」


「は、はい」


 言われるがままに俺は理科室に入り椅子に座った。

 座って息をする間もなく、華恋さんが俺に近づいてくる。


「それで間宮くん?」


「あ、あの華恋さん?顔が近いんですけど?」


 華恋さんの顔と俺の顔の距離はわずか数センチしかなかった。

 思わず俺は赤面してしまう。


「そんなことは今はどうでもいいのよ。いいから、今から言う私の質問に答えて」


「分かったから。お願いだから少しだけ離れてくれないかな?」


 華恋さんはため息をつき、近くの椅子に座った。


「間宮くん、あなたさっき教室で何を言おうとしたのかしら?」


「それは俺達が付き合っていることを華恋さんに確認しようとしただけだよ?」


「あんな皆がいる前で?」


「ダメだったの?」


「ダメに決まっているでしょ!一体何を考えているのよ!」


 俺の言葉に華恋さんは血相を変えて声を荒げて言う。

 ここで初めて華恋さんが怒る姿を俺は見た。


「華恋さん、落ち着いてよ」


「落ち着けるわけないじゃない!皆の前で私達が付き合っているなんて知れたら……はず……はずかし……」


「……はずかし?」


「は、恥ずかしいじゃないのよ!」


「え!?華恋さん恥ずかしいの!?」


 頬を真っ赤に染めた華恋さんを見て俺は驚愕した。あのクールで冷静な華恋さんに恥ずかしいという感情があるとは思いもしなかったのだ。


「とりあえず!私達が付き合っていることは二人だけの秘密よ?分かった!?」


「う、うん。分かったよ」


「本当に分かったのかしら?バレたら私すぐに屋上から飛び降るからね?」


「分かったから!自殺だけはしないで!」


 華恋さんの脅し文句は本当に遣りかねないことなので心底焦る。


「それじゃあ、お友達に私との関係を聞かれても『友達になった』って答えてね?分かった?」


「分かったけど、どうしてそこまでバレたくないの?」


「それ以上聞くなら今ここで死んでもいいのよ?」


 そう言うと華恋さんは懐から小刀を取り出した。なんでそんな物を持ち歩いているんだ。流石は自殺少女ってところなのか。いや、そんな感心している場合ではない。


「聞かないから!それはとりあえず戻して?」


「……そう、間宮くんは物分かりが早くて助かるわ。ありがとう」


 感謝されることは何もしていないのだが、ひとまず刀を戻してくれて一安心だ。

 どうやら俺にはまだまだ知らない華恋さんの一面があるみたいだ。監視役としてもっと華恋さんに寄り添う必要がありそうだな。

 

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