第四章 闇は私の中にもあります。

第23話 いえ、食べさせるのは『真の彼女』である私です!


 公園での出来事があった翌日――

 俺達は昼休みに『歴史研究会』の部室へと集まっていた。


(そこまで『離れる必要はない』と思うのだけれど……)


 倉岩くらいわ姉妹――正確には桜花ちえりさんをいた菊花だりあ――が部室のすみ避難ひなんしている。


 原因は説明するまでもなく神月かみつきさんだ。

 俺には分からないけれど、二人はおびえた表情をしていた。


 クラスの連中と同じで青い顔をしている。


 ――さて、どうしたモノかな?


(お弁当を食べながら『相談しよう』と思っていたのだけれど……)


 この様子では無理そうだ。


一旦いったん、仕切り直そうか……」


 俺が提案すると、


「待ってください……」


 と神月さん。その声に倉岩姉妹が――ビクンッ!――と反応する。

 一方、そんな彼女達の様子を無視して、神月さんは俺の手を取った。


「これで……大丈夫です」


 えへへ♪――と彼女は微笑ほほえむ。


 ――こんな事で?


 と俺は思ったのだけれど、確かに倉岩姉妹の表情がやわらいでいた。


「うむっ! なるほどのう……」


 とは朔姫さくひめ


「授業中も、ずっと手をつないでおればよいのではないか?」


 などと言い出す。

 流石さすがにそれは俺がずかしいし、教師からも注意されるだろう。


われゆるすぞ?」


 と朔姫。彼女が言うと本当に、その要望が通りそうなので厄介だ。


「それは今度、考えるとして……二人とも、大丈夫?」


 俺は倉岩姉妹に質問する。


「だ、大丈夫です……」


 とは菊花。まだ顔色は回復していないが、ヨロヨロと歩いて席へと座る。


『いったい、なんなのよ……』


 と桜花さん。猫なので表情の変化は分かりにくい。

 けれど、ぐったりとしている気がする。


(神月さん【神気しんき】は、ここまでの影響力があるのか……)


 影響を受けない俺を『特別扱い』するのもうなずける。

 そんな事を考え、俺が感心していると、


「二人は影響を受けやすい体質なのじゃろう……」


 朔姫が腕を組む。それは【魔女】の血筋というヤツだろうか?

 どうやら、俺が神月さんと行動を共にしていた事には意味があったようだ。


 少なくとも俺が手をつなぐだけで大分、違うらしい。

 俺がこの島に来る前は、もっとひどかったのだろう。


「それだけ『二人の関係が親密になった』という事じゃな」


 うんうん――と朔姫はうなずく。

 神月さんは顔を赤くしてうつむいた。


 けれど、問題もある。


「でも、この状態でどうやって、お昼を食べようか?」


 俺も神月さんも利き手は右手だ。

 手を握った状態では、どちらかの利き手がふさがる。


「簡単じゃ! 彼女であるわれが食べさせてやろう!」


 彼女であるわれがな!――と何故なぜか『彼女』と二回言った。

 『大事なこと』なのだろうか? 言いたくて、うずうずしていたのだろう。


 ここぞとばかりにアピールしてきた。


「いえ、食べさせるのは『真の彼女』である私です!」


 と神月さん。最近、ヤケに張り合っている気がする。


(どの道、俺が恥ずかしい事には変わりがないのだけど……)


 それに、この様子を見せ付けられる倉岩姉妹も反応に困るだろう。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 一触即発いっしょくそくはつの二人の間に菊花が割って入る。


(勇気があるな……)


なんじゃ?」「なに?」


 と朔姫と神月さん。

 そんな二人の反応に――ひぃっ!――と声を出し、おびえる菊花。


 正確には、神月さんにおびえたのだろう。

 いつもなら申し訳なさそうな表情を見せる神月さん。


 けれど菊花に対しては、そんな態度をおくびにも出さない。

 それどころか、攻撃的な気さえもする。


 ――いったい、どうしてしまったのだろうか?


「セ、センパイ……ひかるセンパイと付き合っているのは、恋仲こいなかセンパイではないのですか?」


 と菊花は質問する。当然の疑問だ。


「その通りじゃ!」


 と朔姫。


「違います! 私が『彼女』です」


 とは神月さん。そこはゆずれないようだ。

 首をかしげる菊花に対し――まさか二股⁉――と桜花さんは鋭い視線を俺に向ける。


 これだから男は――と目が訴えていた。


(いけない……⁉)


 これでは俺が複数の女性を手玉に取る軟派野郎になってしまう。


「これには事情があって……」


 俺は倉岩姉妹に説明する。


『つまり、そのの精神状態を安定させる事が出来る訳ね』


 と桜花さん。理解が早くて助かる。


『更に【神】である朔姫ちゃんの存在も安定させられると……』


「うむっ! その通りじゃ」


 と朔姫。桜花さんは『頭では理解している』ようだ。

 けれど、目は『最低』とうったえている。


(まぁ、それはそうだよね……)


 反論しようにも、事実なので仕方がない。

 俺に出来る事は、『彼女』である二人に対して誠実に向き合う事だけだ。


「なるほど、センパイは二人に同情しているだけなんですね……」


 と菊花。何故なぜ、そんな爆弾発言をするのだろうか?

 案の定、神月さんは不安そうな表情をして俺を見詰める。一方で、


なにを言っておるのじゃ? 何処どこから如何どう見てもラブラブカップルであろう」


 とは朔姫。その自信は何処どこから来るのだろうか?


「まだ、あたしにも機会チャンスが……」


 菊花がなにつぶやいていたけれど、


「――って、お昼を食べる時間がない!」


 流石さすがにお昼抜きはつらい。


「どれ、われが食べさせてやろう!」


 と朔姫が言ったので仕方なく椅子いすを近づけ、神月さんと密着した。

 同時に左手同士を握るようにつなぎ変える。


 これで『あ~ん』の応酬という恥ずかしい状況も防げるはずだ。

 密着さえしていれば、神月さんの【神気しんき】も問題ないだろう。


 俺の左手は神月さんの膝の上に置く事になった。

 けれど、これで無事にお弁当を食べる事が出来る。


 流石さすがに恥ずかしいのだろうか?

 神月さんは顔を真っ赤にしたまま、一言も発しない。一方、


「おおっ! 早くわれと交代じゃ!」


 と楽しそうにする朔姫。

 結局、倉岩姉妹との相談は放課後へと持ち越しになってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る