神月さんは怖くない？～怯えていただけなんだよね～

第20話 私も知りたい

「ただいまー」

　そう言って、寮へ戻ってきた俺に対し、

「うむっ！　遅かったのう……」

　と朔姫（さくひめ）。買ってきた食材を『冷蔵庫へ入れよう』と思い、食堂へと来たのだけれど、彼女は既（すで）に夕食の準備を始めていたようだ。

「ごめん、直（す）ぐに手伝うよ」

　そう言った俺に対し、目を細め、じーっと視線を投げ掛けてくる朔姫。

　最初は帰りが遅くなったため『不機嫌なのかな？』と思っていた。

　しかし、彼女は何（なに）やら汚（きたな）いモノを見るような目を俺に向けてくる。

「ちゃんと手は洗うから……」

　俺は食材の入った袋を一旦、床に置くと手を洗った。

　けれど、朔姫が嫌そうな顔をしていたのは、それが理由ではなかったようだ。

　――いったい、どうしたというのだろう？

「お主（ぬし）――【呪い】を受けておるな……」

　料理の手を止（と）めると、いつもとは違い真剣な表情で俺に近づいてくる。

　てっきり『怒られる』と思っていた俺としては調子が狂う。

（まだ、彼女の事を理解できていないらしい……）

　そんな風に反省する程度には、朔姫（さくひめ）に対し好意を持っていた。

「うむっ！　見せてみるのじゃ……」

　返事をするよりも早く、彼女は俺の左手を取る。

（相変わらず、強引だな……）

「やはり――【魔女】の【呪い】じゃな」

　朔姫はそう呟（つぶや）くと気に入らなかったのか――ふんっ！――と鼻息を荒くする。

　心当たりはあるけれど『菊花（だりあ）が俺に【呪い】を掛けた』とは思えない。

　しかし『朔姫が嘘（うそ）を吐（つ）く』とも考えられない。

「どんな【呪い】なの？」

　俺の質問に対し、

「『運命の赤い糸』じゃな」

　と朔姫。それって【呪い】なのだろうか？

　正直、もっと危ないモノかと思っていた。

　『死ぬ』とか『病気になる』とか、そういう類（たぐい）ではないようだ。

「不完全じゃが、完成すると厄介じゃのう」

　彼女の話によると【愛】により、相手を拘束する【呪い】らしい。完成すると相手の言う事を無条件に信じてしまい、相手の為（ため）に動くようになるそうだ。

「確かに、それは【呪い】かもね……」

　神月（かみつき）さんと【愛】し合う事で、彼女を解放しようしている俺からすると複雑な心境である。

「【魔女】のお願いを聞いたり、【魔女】の作った物を口にしたり、【魔女】と触れ合ったり――しておらぬであろうな？」

　そんな朔姫の言葉に俺は固まる。

「ぜ、全部しました……」

　隠しても仕方がないので、俺は正直に話す。

「まぁ、相手にその気がなかったようじゃから、良かったようなモノの……」

　完全に操り人形にされておったぞ――と朔姫。

「こんなモノ、こうじゃ！」

　そう言って、手でチョキを出すと俺の左手小指の辺りで――チョキンッ！――と何（なに）かを切る動作をする。

「これで大丈夫じゃ！」

　我（われ）が『縁切り』の【神】で良かったのう！――と得意気に笑う。

「あ、ありがとう」

　と俺はお礼を言う。多分、神月さんの症状が改善しないのも、朔姫が俺と神月さんの仲を邪魔している所為（せい）ではないだろうか？

　そう疑わずにはいられない。

「まぁ、余計なモノも切ってしまったがのう……」

　朔姫はそう言って、俺から視線を逸（そ）らした。

　――ちょっと、待って欲しい。

「それって……」

　今度は俺が彼女に対し、じーっと見詰める番だ。

「か、彼女ならほれっ！　我（われ）が居（お）るではないか！」

　必要ないであろう！――と朔姫。

　やっぱり、神月さんの症状が改善しないのは彼女が原因らしい。

　俺は朔姫の頭を優しく撫（な）でると、

「そうだね」

　と呟（つぶや）き、買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞った。

「お、怒っておるのか？」

　朔姫は申し訳なさそうに訪（たず）ねてくる。

　俺は冷蔵庫の扉を閉めると、

「そんな事ないよ、感謝してる」

　そう返した。俺の言葉に朔姫は――ホッ――と胸を撫（な）で下ろす。

　そもそも、俺は他人（ヒト）と上手く関われるタイプの人間ではない。

　彼女を恨（うら）むのは筋違いだ。

　それよりも気になるのは、

「でも、菊花（だりあ）が俺に【呪い】を掛けたとは考え難（にく）いんだけど……」

　俺は疑問を口にする。その言葉に、

「お主（ぬし）は甘いのう……」

　そういう所が好きなのじゃが――と朔姫。

　だけど、直（す）ぐに真面目な表情に切り替える。そして、

「人間なぞ、心の中では何（なに）を考えておるのか分からんぞ……」

　そんな忠告もしてくれた。俺は苦笑しつつ、

「それでも『人を信じたい』と思わせてくれたのは朔姫だよ」

　と返す。すると、

「お主（ぬし）という奴は……」

　何処（どこ）でそういう口説き文句を覚えてくるのやら――朔姫は肩を竦（すく）める。

　やれやれ、といったお道化（どけ）た仕草だけれど、照れ隠しのようだ。

　実際は喜んでいるように見える。

「まぁ、お主（ぬし）がそう言うのであれば、違うのであろう……」

　と朔姫。随分（ずいぶん）と簡単に引き下がった。

「実は今日、菊花が倒れていたから家まで送ったんだけれど……」

　俺は説明しようとしたが、

「分かっておるわ！　菊花でなければ、もう一人の方じゃな……」

　いや、一匹かのう？――朔姫のその言葉に、俺は考えた結果、

「もしかして、お姉ちゃん？」

　黒猫の事を思い出す。朔姫は――うむっ！――と頷（うなず）いた。

「奴も【呪い】であの姿をしているのじゃろう」

　菊花を利用して【呪い】を発動させたようじゃな――朔姫は腕を組んだ。

　彼女の話によると、あの黒猫は元人間で菊花の実の姉らしい。

「我（われ）が【呪い】を解いたので今頃、焦（あせ）っておるのかもな」

　朔姫は笑いを堪（こら）える。

「朔姫？」

　そんな彼女に対し、俺が不思議に思って声を掛けると、

「なぁに、気にするでない……それよりも――」

　何故（なぜ）、倉岩（くらいわ）さんではなく菊花と呼んでおるのじゃ？――と朔姫。

「私も知りたい」

　いつの間にか、神月さんも食堂に来ていた。

　何故（なぜ）だろう？　【呪い】も危険だけれど――

（この二人も相当、危険な気がする……）