第15話 面倒な女子と関わったのう


「も~、遅いのじゃ♡」


 と朔姫さくひめ。部室に入るなり『怒られるのか』と思ったけれど、違うようだ。

 理由は分からないけれど、機嫌がいいように見える。


「分かっておる、われらす作戦じゃろ?」


 このテクニシャンめ!――とよく分からない勘違いをしているらしい。

 朔姫は俺の首に腕を回すと抱き着いてきた。


 大きな胸が当たるし、暑いのでめて欲しい。


「教室では冷たい態度をとって悪かったのう……」


 と身体をクネクネとさせた。シャンプーの香だろうか?

 フローラルな香りが鼻をくすぐる。


(別に『いつもと変わらない態度だった』と思けど……)


 それよりも――


神月かみつきさんが怒っている気がする……)


 【神気】というのは相変わらず、俺には見えない。

 けれど、表情や仕草から、その位の変化は理解できるようになった。


 彼女は笑顔を浮かべていけど、同時に沸々ふつふつなにか良くないモノがあふれ出ている気がする。朔姫から早く離れた方が良さそうだ。


「ちょっと、変った子がいてね……」


 俺は説明しながら、朔姫を引き離そうとした。

 けれど、なかなか離れてはくれない。


 ――なに、この力⁉


「ふふふっ♪ 照れるでないわ……カワイイ奴め♡」


 そう言って、今度は背中に回り込むと負ぶさってきた。

 小柄なので動きも素早く、小回りが利くのだろう。


なんだか、新手の妖怪みたいだ……)


 俺は彼女を引きはがす事を諦め、椅子イスへと向かった。

 流石さすがに一緒には座れないので、朔姫も諦めたようだ。


「う~ん、残念じゃ……」


 そんな事をつぶやいて、床に着地する。

 やっと解放された。しかし、これで終わりとも思えない。


「で、菊花だりあがどうしたのじゃ?」


 と朔姫。


(はて? 俺は名前まで話しただろうか……)


 神月さんに視線を向けると、コクコクとうなずく。

 どうやら、有名人らしい。


(まぁ、あの格好ならそうか……)


 【魔女】がかぶるようなとんがり帽子と外套マントに身を包んだ女の子。

 その色は紫で、花の刺繍ししゅうやリボンが付いていた。


 所々にはフリルがあり、アクセントになっている。

 目立つとかの話ではないだろう。神月さん達が理解した事に、俺は納得する。


「いや、外套マントが引っ掛かっていたみたいだから、外して上げただけだよ」


 俺はお弁当の包みを開けながら答える。

 そして、ふたを開けた所で驚愕きょうがくした。


 白いご飯の上には『桜でんぶ』でハートが描かれていたのだ。


(とんでもない事をしてくれる……)


 迂闊うかつに教室で開けた場合、大惨事になる所だった。

 当然、朔姫と神月さんのお弁当には、そんな細工はない。


「嬉しいか! われの愛を感じるじゃろ?」


 沈黙している俺に対し、朔姫は嬉しそうに質問する。

 俺は逡巡しゅんじゅんした後、


「そうだね、美味しそうだね」


 と言って微笑ほほえんだ。彼女に悪気はない。

 誰にも見られなかったので、今回は『よし』としよう。


(次からはちゃんとお弁当を確認しないと……)


「うむっ! ではわれが食べさせて進ぜよう」


 朔姫は――あ~ん♡――と言って、お弁当のオカズを俺の口元へと運ぶ。


(お弁当の中身は同じなのだから、意味がない気もするけど……)


 俺が食べようと口を開けると、


「そ、それは私の役目です!」


 と神月さん。立ち上がると椅子イスを俺の横にくっつけ、密着してきた。

 そして、当然のように目の前にオカズを運ぶ。


 しかし恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして、目をつぶっていた。


(そこは目だから、危ないから……)


 ぷるぷると手が震えている。

 仕方なく、俺は二人が差し出したオカズを食べる事にした。


「どうじゃ、美味うまいか?」


 と朔姫。


「いえ、私の方が美味おいしいですよね?」


 神月さんはそう言って何故なぜか張り合う。

 二人の間には、バチバチと火花が散っている。


(だから皆、同じお弁当なんだけど……)


 このままだと、俺が三人分の弁当を食べる破目はめになりそうだ。


 ――考えろ、考えるんだ……俺!


「じゃ、じゃあ――お返し……」


 俺はまず朔姫に――あ~ん――をした。

 感情を殺すのは得意だ。冷静に対応する。


「うむっ! 美味おいちぃーのじゃ!」


 朔姫はそう言って頬をおさえる。


(いや、それ夕飯の残りだよね……)


 今度は神月さんの番だ。朔姫をうらやましそうに見詰めている。

 正直、俺も恥ずかしいのだけれど、神月さんに――あ~ん――をした。


「ほっぺが落ちそうです」


 と神月さん。


(玉子焼きだよ? 朝食でも食べたよね……)


 取りえず、窮地きゅうちだっした。

 後は素早く、お弁当を食べるくらいしか策はない。


「ところで朔姫……」


 俺の台詞セリフに対し、


なんじゃ? ほれ、あ~ん♪」


 彼女は受け答えと同時に、オカズを差し出してくる。


倉岩くらいわさん――って、有名なの?」


 そう質問つつ、オカズをいただく。

 神月さんもぐに対抗して、オカズを差し出してきた。


(だから、そこは目なんだけど……)


 やはり早く、お弁当を食べた方が良さそうだ。


「うーむ、昔から島には可笑おかしなモノが流れ着くらしいのう……」


 そう言って一旦、朔姫ははしを置いた。


可笑おかしなモノ?」


 俺が首をかしげると、


「その昔、【魔女】と名乗る存在が島に流れ着いたようじゃ」


 と教えてくれる。

 その口調から察するに、朔姫も誰かから聞いた話のようだ。


「じゃあ、彼女は【魔女】の末裔まつえいってこと?」


 俺が再び、質問すると、


「さあのう……」


 われも詳しい事は知らんのじゃ――そう言って首を横に振る。


「もし『術士』だったら『神月さんを助けてもらえる』と思ったんだけど……」


 俺の言葉に、


「どうじゃろうな? それより……」


 朔姫はそう言って、ミートボールをくわえると俺へ顔を近づけた。


流石さすがにそれはダメだろう……)


 俺が注意するよりも早く、神月さんがチョップをり出す。

 頭をおさうずくる朔姫。


 俺は彼女がき出したミートボールをキャッチすると食べた。

 唖然あぜんとする神月さん。


「朔姫、調子に乗り過ぎ」


 俺の台詞セリフに、


「うむっ!」


 と目に涙をにじませ、返事をする朔姫。


「神月さんも、食べている時に暴力はいけないよ」


 そう言って注意をする。


「はい……」


 ごめんなさい、朔姫――と神月さんは謝った。


われも済まぬ……」


 朔姫も謝った。どうやら、これで一段落のようだ。

 安堵あんどする俺に対し、


「しかし、面倒な女子と関わったのう」「そうですね……」


 朔姫の台詞セリフに神月さんはうなずく。

 もしかして、倉岩さんの事を言っているのだろうか?


(どうやら、この二人には自覚がないようだ……)


 俺の災難は続く――

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