神月さんは怖くない?~怯えていただけなんだよね~

神霊刃シン

神月さんは怖くない?

プロローグ

第1話 二度目の夏(1)


 季節は『二度目の夏』をむかえていた。

 ギラギラと照りつける太陽。うるさいくらいの蝉の声。


 場所は学校の中庭。

 食料確保のために始めた野菜作りも、今年は順調だ。


 『きゅうり』や『トマト』が面白いように沢山、実をつけている。


「今年は豊作ですね」


 と『神月かみつき かな』が笑う。

 出会った頃からは想像がつかない、優しい表情だ。


(最初は人形のように整った印象があったのだけれど……)


 この一年で、随分ずいぶんと自然に笑うようになっていた。


「うむっ! 去年の畑作りは最悪じゃったのう」


 とは『恋仲こいなか 朔姫さくひめ』。

 腕を組み――うんうん――と一人うなずく。


 小柄で愛らしい外見のため、学校では男女問わず人気がある。


(人気の秘密はそれだけじゃないけど……)


 彼女の場合は手伝っているのか、邪魔をしに来ているのか、微妙びみょうな所だ。

 そんな朔姫の言葉に、


「そうでしたっけ?」


 と『倉岩くらいわ 菊花だりあ』が、にこやかな表情を返す。

 また、面倒な展開になりそうだ。


(朔姫の話は『無視するのが一番だ』というのに……)


 一学年下という事もあり、朔姫達に対しては素直な態度を見せる。

 けれど、俺と二人きりの時はみょうに積極的で、困惑してしまう。


「そうなのじゃ! こやつはいきなり奏へとアレをぶっかけたのじゃ……」


 と朔姫は語る。


なんだ、その話か……)


 もっと変な話が飛び出すのかと思っていた。

 一方、菊花はなにを勘違いしたのか、頬を染める。


 そして、俺と神月さんを交互に見比べた。


「水だよ、水――畑にいていただけ……」


 俺は一応、説明しておく。

 神月さんもコクコクとうなずいた。


 しかし、朔姫には聞こえていないのだろうか?


「独りぼっちの少女を人気ひとけのない草叢くさむらに連れ込み、欲望のままによごすとは……」


 淡々と話を続ける。菊花は想像をふくらませているようだ。

 赤面しながら、両手で顔をおおう。


「だから、水を掛けただけだって……」


 俺の台詞せりふに――うるさいのう!――と朔姫。

 何故なぜか逆切れをした。続けて、


「ぼっちの少女で合っているじゃろ!」


 なにっていない畑など草叢くさむらも同然じゃ!――と失礼な事を言い出す。


 ――どうすれば、黙ってくれるのだろうか?


 頭を悩ませる俺に対し、


「食欲を満たすという欲望のために『水』をいたのじゃろうがっ!」


 と朔姫は言い放つ。


(『水』って言っちゃってるよ……)


 あきれて言い返す気にもなれない。


めましょう」


 と神月さん。即断即決⁉

 笑顔を浮かべつつ、その手にはくわを持っている。


「怖いわ! 目が笑っておらん……」


 助けてくれ!――と慌てる朔姫。

 彼女は何故なぜか俺を盾にした。


(暑いので引っ付かないで欲しい……)


 小柄な朔姫が着ているのはブカブカな作業服だ。

 サイズが無かったのか、わざと大きめの服を着ているのかは判断に悩む。


 胸が大きい事が武器だと理解しているようで、挑発するように胸元を開けていた。

 男子なら当然、視線が吸い寄せられてしまう。


 一方、笑顔の神月さんは麦わら帽子をかぶり、首にはタオルを巻いている。

 Tシャツにオーバーオールのジーンズ。


 長靴という恰好だけれど、今日も綺麗だ。

 制服姿もいいけれど、こういう姿も絵になる。


「いかん! こやつ、まったく別の事を考えておる……」


 この役立たずが!――と朔姫。しかし、そんな事を言っている間にも、神月さんはゆっくりと、こちらにせまっていた。


「菊花っ⁉ なんとかするのじゃっ!」


 と今度は菊花に助けを求める朔姫。

 菊花は慌てて視線を左右に動かすと、


「あっ、神月センパイ! 桜の木はあそこです……」


 そう言って、校舎の方を指差した。


 ――『埋めろ』という事だろうか?


なにぃーっ! 味方はおらんのかーっ!」


 再び、周囲を見渡す朔姫。

 けれど、今は夏休みだ。


 そうそう都合よく、この窮地きゅうちを助けてくれる存在など――


「騒がしいな? なにを遊んでいるんだ……」


 『吹常ふきつね 弥生やよい』が声を掛けてくる。

 長身でスタイルもよく、去年は『謎の美人転校生』として、持てはやされていた。


 髪型ポニーテールはいつもと同じだけれど、珍しくジャージを着ている。

 しかし、彼女は『寮で留守番をする』と言っていた。


(部活にも所属していないはずだけれど……)


 そんな姿で偶然、通りがかる訳もない。


 ――もしかして、手伝ってくれるのだろうか?


「おおっ、助けてくれなのじゃ!」


 と朔姫。弥生と仲が悪い訳ではない。

 けれど、弥生の目的は『朔姫を本土へと連れて帰る事』だ。


 ――借りなど作っていいのだろうか?


「わたしと一緒に……帰ってくれる気になったのだな⁉」


 と弥生。しかし彼女には『すでにその気がない事』を俺は知っている。

 それでも、弥生が『ここに居るため』には理由が必要だった。


「そんな訳あるかっ!」


 バカもんっ!――と朔姫。


「おぬしからも説得するのじゃ……」


 そう言って、朔姫は俺のズボンを引っ張る。


 ――やれやれだ。


「それよりも、お弁当を作ってきたぞ!」


 お昼にしないか?――そう言って、弥生は手に持っていた紙袋を見せる。

 たまには外で食べるのも、いいかも知れない。


(それなら朝、寮に居る時に言ってくれれば、手伝ったのに……)


「どうせ、買って来た総菜を詰め替えて……」


 『手作りだ』と言うつもりじゃろ?――朔姫がボソリとつぶやく。


「ち、違うぞ! 絆創膏ばんそうこうだって指に巻いて来た!」


 そう言って、弥生は手を突き出す。

 慌てた時点で、認めているようなモノだ。


 朔姫は――ふんっ!――と鼻で笑うと、


「アホうが……利き手を包丁で怪我する訳なかろう」


 あざとい事ばかり考えおって――と言い返す。

 図星だったのか、弥生はガクッと項垂うなだれる。


「それよりも……助けてくれたら、こやつを一晩貸してやろう」


 朔姫はすでに神月さんに首根っこを引っつかまれながら、そんな事を言った。

 俺にしがみ付きならが、勝手に貸出レンタルしないで欲しい。


「ホントか⁉ 分かった!」


 何故なぜか即答する弥生。


 ――いったい、俺になにをするつもりなのだろうか?


「待ってください!」


 そういう事なら、あたしも参戦します!――とは菊花だ。

 なにやら目が生き生きとしている。


 ――俺を『如何どうしたい』というのだろうか?


「やはり、貴女あなた達とは決着を付けなくてはいけないようですね」


 神月さんは朔姫をつかんでいた手を離すと、同時にくわを捨てた。


「ふぅ~!――どうやら、命拾いをしたようじゃ……」


 と朔姫。額の汗をぬぐう。


なに暢気のんきな事を……)


 目の前では、なにやら戦闘バトルが始まろうとしている。


 ――どうしてこうも、次から次へと面倒事が起こるのだろうか?


 俺こと『天寺あまでら ひかる』の夏休みは、こうして幕を開けた。

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