縁の下の力持ち


 α版も完成に近づき、バグ修正も一区切りついた頃。冴川がスマホでテストプレイをしていると、後ろから声をかけられた。


「冴川君今空いてる?こないだ言ってたサーバールーム見に行く件、今どう?」


 振り向くと、新谷が立っていた。冴川が担当しているチケットもだいぶ減ってきてはいる。息抜きも兼ねて行くのも悪くないと、一つ伸びをしてから隣の野間にも声をかける。


「いいですね、せっかくなので野間さんもどうですか?」


「おっ、では私もご一緒させて頂きます。知っておいて損はないのでね」


 普段はサーバー側の担当ではない野間も、興味津々のようだ。


「よーし、そうと決まれば早速出発だな」


「でも、うちの会社はこの階だけですよね?」


 ビルのフロア案内を見ても、ジュエルソフトウェアは1つの階だけだったはずだと思い返しながら訊いてみる。


「実はサーバールームは別のビルにあるのよね、鍵借りてくから先に下で待ってて」


 新谷に言われた通り、冴川は野間と二人で先にエレベーターに向かった。


 ◆◆◆


 その後、冴川はオフィスを出て5分ほど歩いた先のビルのサーバールームに来ていた。数多くのラックとサーバーPCが並び、ファンの音が響いている。熱がこもらないように空調も強めに効かせているようだ。


「こっち側は『パズモン』で、ここからがうちのチームで使うマシンってわけね」


 新谷が説明していると、何故か着いてきていた原が質問をした。


「あの、サーバーとかクライアントってそもそもなんですか?」


「なるほど、そこからね。簡単に言うと、スマホにダウンロードするアプリ側がクライアントで、要は普段プレイしてる目に見えるゲームの部分ね。んで、通信する先で色々処理してくれるのがここに並んでるサーバーってわけ。セーブデータも、全部ここのデータベースに保存してるのよ」


 そう言いながら新谷はラックを指差し、冴川も補足する。


「そうですね、例えば、ガチャを引くボタンをタップすると、クライアントから『1回ガチャ引いてください』とリクエストが送られます。サーバーではそのリクエストを受け取ると、必要な処理、例えばコインを減らして獲得したアイテムを保存して、クライアントにそのアイテムのIDを返します」


 クライアント側を担当している野間が、独特の早口で更に続ける。


「そこで私の出番となりますね。返ってきた結果のIDからレア度もわかるので、それによって違う演出を表示するわけです。☆5だったらド派手にキラキラやるわけですね」


「色々と説明ありがとうございます。データベースでしたっけ、それがなくなったら大変なことになるんですか?」


 だいぶ理解も進んだ様子の原は、さらに質問をしてきた。エンジニアにとってはだいぶ物騒な響きだ。


「へへっ、君枝ちゃんは理解が早いね。そういうこと。大変どころか、会社がオシマイってレベルよ。ユーザーが金払って時間かけて育てたデータが全部消えちゃうわけだからさ。ま、万が一のときのためにバックアップはちゃんとしてるけどね」


「なるほど、エンジニアの仕事ってとても大事なんですね!」


 原がずいぶんと感心しているのを見て、新谷は自慢げだ。なるほどそういうことかと、野間と顔を見合わせる冴川だった。


「そうそう、俺らがいないとゲームそのものが成り立たないわけ。すごいでしょ?それに技術があれば、会社がどうなっても次はすぐ見つかるから安心ってね」


「まあ、あまり前に出る仕事ではありませんがね。障害がなくて当たり前、バグが出たらエンジニアのせいで、ゲームが面白かったり売れたらディレクターやプランナー、プロデューサーのおかげみたいなところはありますからね、なかなか苦労もしますよ」


 実感を伴った野間の言葉に、笑い合うエンジニアの3人だった。


 その後一通りサーバールームを見終えると、ちょうど昼時になった。最後に部屋を出た新谷がドアに鍵をかけながら話し始める。


「南社長の方針では、ここの賃料とか電気代もあるし、管理も手間だからだんだんクラウドに置き換えてくみたいでね。俺も楽になるからそっちのほうが助かるんだけど」


「私はなんだかんだでマシンを触ってる方が、実感があって好きかもしれませんね、古い人間ですから」


 野間はずいぶんとサーバールームツアーを楽しんで上機嫌のようだ。


「そういや、そのクラウドの件でアメージング・ウェブサービス社の人が午後に来るから、俺対応しとくね。んじゃ鍵はかけたし、俺は今日はコンビニだけど飯どうする?」

 

 冴川と野間も今日はコンビニ飯の予定だったが、原は申し訳無さそうに「私はお弁当あるんで」と答えた。


「そっか、じゃ君枝ちゃんに仕事お願いしちゃおうっかな。オフィス戻るんだったら鍵返しといてね、場所わかるでしょ?」


「はい、大丈夫です、先戻ってますね」


 鍵を受け取ると、原は一人でオフィスに戻っていった。


 ◆◆◆

 

 後ほど、冴川が自販機に向かっていると、ちょうど誰かが会議室から出てくるのが見えた。新谷も一緒に出てきたところだ。


「今後ともよろしくお願いいたします」


 と深く頭を下げる男の、聞き慣れた声に思わず向き直る。


「慎二か?」


 大学時代の友人、安藤慎二あんどうしんじだった。


「えっ、冴川君?」


「ああ」


 自分から声をかけたものの、何を話すか戸惑って固まってしまう。


「あれ、知り合い?」


 疑問に思ったのか尋ねてきた新谷に、「ええ、大学時代の」と返す。


「いけね、次すぐミーティングあるんで。安藤さん、ここで失礼します」


 気を利かせたのか、そそくさと新谷は戻っていった。


 どこか気まずい沈黙が漂う。安藤とはジュエルソフトウェアに入社を決めた後にメッセージをやりとりしたが、事実を一方的に伝えただけだった。


「冴川君、ジュエルソフトウェアにいたんだ、知らなかったよ」


「ああ、立ち話もなんだし、そっちでちょっと話すか?」


 なんとか絞り出し、自販機の前まで二人で移動する。それぞれ飲み物を買い、休憩スペースの椅子に腰掛けると、先に切り出したのは安藤の方だった。


「良かった、急な話だったからさ、心配してたんだよ」


 安藤の反応は単純に友人を思いやるものであり、冴川は申し訳なく思っていた気持ちが少し紛れるのを感じた。


「済まなかった。入社直前に内定もらってさ。ゲーム開発はずっとやってみたかったというか、その」


 どうしても言い訳をしなければいけないような気持ちになってしまう。


「そうだよね!前からゲーム大好きだって言ってたもんね。良いなあ、『パズモン』も最近流行ってるし。やっぱり仕事は楽しい?」


「前職とは色々と勝手も違うけど楽しいよ。そっちはどうだ?」


 純粋に祝福してくれているのがわかり、緊張が解けていくのがわかる。会うのは大学卒業以来だが、当時の感覚のまま話せているように思う。


「結構大変かな。勉強することも多いし、お客様に技術的な質問をされても説明できないとならないし。目標も大変でさ」


 まだ学生と言っても通じそうな童顔に疲れを滲ませ、ため息をつく安藤だった。実際の売上で成果を測られるプレッシャーもあるのかもしれない。


「うちでもクラウドに移行する話を、さっきまでしてたんだよな?よろしくお願いいたします、安藤様、ってね」


「こちらこそ、ジュエルソフトウェア様には今後とも是非ご贔屓に……」


 ふざけて他人行儀に頭を下げると、安藤も乗っかってきて、二人で笑った。学生時代の空気を懐かしく思い出す。


「本当に助かったよ。今月ちょっと数字厳しかったところなんだ。それに、会社は違うけど、一緒に仕事に関われて嬉しいよ」


 前から冴川のことを何かと慕ってくれている安藤だったが、素直な尊敬のまなざしを向けられるほど、それに見合った人間になりきれていないのではないかと、こうして為すべきことに向かっているはずの今ですら暗い気持ちがよぎるのだった。


 ごまかすように缶の飲料の残りを流し込んだところで、安藤が「次のお客さんのとこ行くから、そろそろ」と立ち上がった。


 空き缶を捨て、エレベーターの方に向かおうとするも、安藤は立ち止まる。そして、ためらいがちに問いかけられた言葉を冴川は聞いた。


「そういえばさ。……美樹とは、その後どう?」


 敢えて触れないようにしていた話題を突きつけられ、一瞬言葉に詰まる。安藤が何を求めて訊いたのか、真意はわからない。学生時代は3人で仲良くしていたから、単純に話のついでかもしれない。


(俺に気兼ねすることじゃないだろう――)


 冴川は喉まで出かかったその言葉を直前で飲み込み「それは……済まない」とかろうじて返した。


 逃げるように日本を離れ、一方的に関係を終わらせたのは自分だし、その事実は安藤も知っているはずだ。何を言ったところで言い訳にしかならない。誰にともなく、何故かもはっきりとはわからないまま、結局は謝る言葉を口にすることしかできなかった。


「そんな、謝らないで、なんかごめん!仕事も決まってプライベートもうまく行ってればいいなって。ほら、せっかく日本に帰ってきたんだし?」


 どこか空気を察したのか、安藤が努めて明るく言う。少し考えすぎていたかもしれない。


「そうだな、今度ゆっくり話そう。また寄るときは教えてくれ」


 冴川はそう言って、会話を終わらせると、エレベーターのところまで行き、下ボタンを押した。


「また連絡するね」


 そう言った帰り際の安藤の笑顔に、どこか一抹の悲しみを見たのは気のせいだろうか。そもそも、美樹とのことは自分の中では既に結論が出ているはずだ。エレベーターの前から彼を見送ると、冴川はこれ以上考えるのをやめ、仕事に戻ることにした。

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