問題児

 5月も半ばを過ぎ、土屋も無事に入社し、チームもそれなりの大所帯になってきたある日のこと。桃山が席で作業をしていると、南が申し訳無さそうな顔で近づいてくるのが見えた。なにか頼み事だろうか。


「桃山さん、実はちょっとお願いがありまして……」


「どうした?こんな朝早くから」


「ここじゃなんですから、そこの会議室で」


 桃山のいる場所、いわゆるマネージャー席から前を見ると、向かい合う2つのデスクが何列か並んでおり、チームメンバー全員が一目で見渡せるようになっている。既に何人か出社して席についているようだ。聞かれてはまずい話かもしれないと席を立ち、南の後について二人で会議室に入る。


 ドアを閉め、南の隣に座り、早速切り出す。


「で?お願いってのは」


「実はですね、パズモンの方でトラブルがあって、ちょっと人を桃山さんの方で引き取ってもらえないかなあと」


「そっちも人は足りてないんだろ、いいのか?」


「それを差し引いても異動してもらったほうが平和というか……」


 どうもいまいち要領を得ない南に、単刀直入に聞いてみる。


「要は、誰をこっちで面倒見りゃいいんだ?」


「これは話が早くて助かります、新谷君なんですよ。彼が口論になってた相手が、こいつと一緒なら辞めるなんて言い出してしまって」


 新谷利彦しんたにとしひこは、主にインフラやサーバーの担当をしているエンジニアで、年齢は30手前といったところだろうか。経験もそれなりに豊富なようで、桃山も少しだが話したことはある。


 直接仕事でのやり取りは少なかったが、軽薄な印象があり、思ったことや反対意見ははっきり言うタイプだ。上司だからと忖度することもないだろう。それがトラブルの原因になったのかもしれない。


「桃山さんの方でも、エンジニアは足りてないんでしょう?彼も新作の方やってみたいって話だし、腕自体は悪くないんで、何とかなりませんかね」


 野間と冴川を信頼していないわけではないが、まだ入社して日は浅いのは事実であり、手を動かせる人数は多いに越したことはない。既にサービスを開始している『パズモン』での経験がある新谷が加入するのはチームにとって大きく、雇ってもらった恩もある。そう考え、ここは頼れるところを見せるかと、引き受けることに決めたのだった。


「よし!そういうことなら大船に乗ったつもりで任せてくれ」


「ああ良かった、助かります!」


 ホッとした表情を見せ大げさに頭を下げる南に「今度昼飯おごってね」とおどけて返し、桃山は会議室を出た。


 ◆◆◆


「いやーどもども、ご紹介に預かりました新谷利彦でーす。エンジニアやってまーす」


 早速、午後の定例ミーティングで自己紹介をする新谷。その後、他メンバーの紹介と挨拶も済ませたところで、改めて企画書の振り返りをすることになった。


「よし、じゃあいい機会だし、いってみようか。亮太、いけるか?」


 桃山が言うと、月本がPCでスライドを開きそれを会議室のモニターに映し出す。既に何回目かで手慣れた様子だ。新谷の方を見ると、スマホを取り出し何かしら調べているようだ。流石に「ちゃんと聞いとけよ」と注意をする。


「へいへい、聞いてますって」


 渋々とスマホをしまう新谷だったが、全く申し訳無さそうな様子はない。


「じゃあ時間も限られてるんで、簡単にですが。始めますね」


 月本が話し始めた。企画プレゼン会の頃から比べると、ずいぶんと生き生きと、自信を持っている様子が伝わってくる。コンセプトと各仕様の説明をしながら、ある程度実装されている部分があれば、担当のメンバーに話を振るのも忘れない。随分と板についてきたなと、感慨を覚える桃山だった。


 その後、無事に月本がスライドの内容を話し終えると、どこからともなく拍手が起こった。

 

「ありがとうございます。だいぶ駆け足で説明してきましたが、質問ありますか?新谷さんも何かあれば」


 月本が尋ねると、早速新谷が手を挙げた。


「発表お疲れ様でーす。ところでさ、このアカウント月本君でしょ?泣かせるねえ」


 スマホを取り出し、表示していた『サークルRK』のアカウントを見せる。


「いやあ、実際立派だと思うよ。本気なのは伝わってきたけどね、俺はゲーム性とかストーリーとか、実はそういうのは興味ないの。所詮はお金を搾り取るシステム、ゲームはおまけよ、お・ま・け。夏に水着、冬はクリスマス、年がら年中期間限定ガチャでガッポガポよ」


 親指と人差指で丸を作り、いやらしく笑いながら言う新谷に、桃山が割り込んだ。


「そういう面もあるにはあるが、ゲーム自体をちゃんと面白くするのも我々の仕事だからな?俺のいたドラグーンゲームズもそうだし、どこもスマホに参入してきてるんだ、いつまでもごまかしは効かないぞ」


「んじゃゲームを面白くするのは皆さんにお任せしますよ。こっちはサーバーを落ちないようにしますから。ねえ、冴川君だっけ。物好きだねえ、君くらいの実力ならいくらでも良い仕事あるのに、こんな吹けば飛ぶスタートアップに来ちゃうなんてさ」


「いえ、まあ、やはりゲーム開発は昔から一度関わってみたかったと言いますか……」


 急に話を振られた冴川は、しどろもどろになりながらも答える。もしかすると、新谷は彼の苦手なタイプなのかもしれない。


「いいね、そういうの!俺好きよ。でもね、所詮サラリーマンなんだから肩の力抜きなって」


 そう言って肩を揉んでくる新谷に、「はあ」と間の抜けた声を返すしかできない冴川だった。


 ◆◆◆


 定例ミーティングが終わると、新谷は真っ先に土屋のところに向かい、馴れ馴れしく話しかけていた。


「紗和子ちゃんだっけ、君可愛いね!何歳?Eカップ?どこ住み?てかラインやってる?この後晩飯どう?」


「えっ、やってるけど、あの、今度チームで歓迎会やるみたいだから、その時に……」


 怒涛の質問攻めにうろたえる土屋に、福田が間に入って助け舟を出す。


「ちょっと新谷さん、紗和子ちゃん困ってるじゃない」


「へいへい、失礼しましたっと、じゃまた飲み会のときじっくり話そうねぇ。で、文江ちゃんはこの後どう?」


 懲りずに誘う新谷に、福田は左手の薬指につけた指輪を見せながら少し強い調子で言い返す。


「お断りします。初日からちょっと馴れ馴れしすぎません?」


「やだなあ怒んないでよ、俺はね、ただチームメイトとしてみんなと仲良くなりたいだけよ、まずは親しみを込めて呼ぶところからってね、へへっ」


「はいはい。そういうことにしておきます。もう、桃山さん、ディレクターなんだからちゃんとこの人教育してやってくださいよ」


「ああ、すまん。新谷、交流するのは悪いことではないんだが、もう少し距離感とかあるだろ、な。仕事に支障ない範囲にすること、いいな?」

 

 突然話を振られた桃山は、一応の注意をする。どこか奥歯にものが挟まった物言いに、反応したのは野間だった。


「桃さんはあんまり人のこと言えないですからねえ」


「そうなの?野間ちゃんなにか知ってるの、気になるじゃん。こっそり私にだけ教えてよ」


 大先輩に対して人のことは言えない馴れ馴れしさを見せる福田と、満更でもない野間の二人で盛り上がり始めている。


「おいこらそこ、人のことはいいから。はよ仕事戻るぞ」


「やだ、知りたーい」


「私も当時桃さんの手の早さにはびっくりでしたね。受付にいた陽子ちゃん、気づいたときにはうまいことやってましたからね」


 それを言われては威厳も何もあったものではない。聞いていた土屋も「なになに、気になる」と輪に入っていて収拾がつかない。


 その時、桃山の肩にポンと手が置かれた。振り返ると、新谷がニヤニヤして何度もわざとらしくうなずきながら話しかけてきた。


「桃山さんもわかるでしょう。世の中は厳しい。競争なんですよ。先手必勝、早いもの勝ちってね」


 それ自体はけして間違いとは言い切れないのが辛いが、立場上言わねばならないことはある。


「こら新谷、あんまり調子に乗るんじゃないぞ。ただでさえ人足りてないんだから、トラブルでこれ以上減らさないでくれ」


「へい、ちゃんと仕事はやるんで、そこは任せてもらって大丈夫っすから」


「本当かねえ、しっかり働いてくれよ」


 桃山はやれやれと大きくため息をつくと、先程から静かな冴川の方を見ながら「新谷とはうまくやってけそうか?」と声をかけた。同じエンジニアとして協力してもらわないとならないが、性格的にはあまり相性が良さそうには思えなかったのだ。


「……はい」


「おい、今一瞬間があったぞ」


「いえ、大丈夫です。……多分」


 もしかしたら安請け合いしてしまったかもと、今になって少し後悔をする桃山だった。

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