第19話 「汚れを落とす」


5分ほど経てば会話も落ち着き、依頼金がその場で支払われた。


「話が長くなってしまい申し訳ない。血は時間が経つと落ちなくなってしまいますから、ご帰宅前に汚れを流していってくださいませ」


その言葉とともに使用人がこちらへ、と案内を始めたので、2人で一礼し歩みを進める。

案内人が自ら口を開くことはなく、いつも1人でペラペラ話す樹も今は無表情で黙々と歩くのみ。


常に話してる奴が無口なのが不気味だ。

機嫌が悪いのか?


最後の方は確かに胸糞案件だったけど、私が不機嫌になるのとかじゃなくてなんで樹?


触らぬ神に祟りなし、無駄に声掛けて飛び火する事は避けたいので話しかけない。

広い屋敷の一室に案内され、シャワー終わったら廊下にあるベルで呼ぶように言って使用人は立ち去った。


男装してるので一部屋に案内されしまったが、これはどちらが先に使うか決めなきゃならない。

つまりは、とうとう話しかけなきゃならないってことだ…


『あー…どっち先につkっっっ』


話の途中に関わらず、突然肩に担ぎあげられて連れてかれる。

一瞬何かが起きたのかと思ったけど別に何も起きておらず、訳が分からないまま運ばれ着いた先は浴室。


スニーカーと靴下を脱がされたと思えばストンとタイル張りの床に下ろされ、ふっと息をついたのもつかの間


『わっ…』


いきなり頭上からお湯が降り注いだ。

服着たままなんだけど!?


視界の端にはさっき剥ぎ取られた靴たちが投げ捨てられてて、そんなの気にしてる暇なく見上げれば樹もぐっしょり濡れている。


文句を言ってやろうと思ったが顔を見たら言葉が出てこず、しかも目に水が入る始末。

拭おうと右手をあげると、パシッと樹に手を掴まれ、反射的に出した左手もあっという間に片手で纏められてしまった。


訳が分からなすぎてまとめられた手元と樹の顔を交互に見て考えるがやっぱり分からん。


「じっとしてろ」


やっと口を開いたかと思えばそんな一言。

樹は空いてるもう片方の手で紅の首筋を優しくこすり、汚れを落とすような仕草をする。


満足いくまで好きにさせることにし、無言で樹の肩口を見て時間をやり過ごす。


意識すると、何だか心が落ち着かなくなるのだ。



体のあちこち擦られていたが、満足した樹は途端にいつも通りになり


「よし、俺は着替えて待ってるな。服は置いとく」

『ん』


にぱっと笑ってスタスタと浴室から出ていき、バサバサと服を脱いでる音が聞こえる。


結局何が原因で機嫌を損ねたのか不明だが、元に戻ったのならまぁいいのか?


びしょびしょになった重い服をその場で脱ぎ、残ってる汚れを洗い落として洗面所へ。

バスタオルで水分を拭き取り気づく。


まぁ?服は樹のパーカーであろうものとインナー、細身のズボンにベルトがあるから良しとしよう。

…でもさ、これさ、下着はさすがにないじゃん?


バッサバッサと服を振るが、、これら以外の服が出てくる気配なし。


ノーパンはさすがに嫌だから…タオルで水分取ってドライヤーで乾かせばショーツはワンチャンいけるな?

でもブラはどう足掻いても無理だよね。


いつまでも全裸で立ち尽くしてる訳にもいかない、タオルを巻いて一旦出る。


『ねえ、着替えにちょっと問題が出たんだけど「こらっ、なんて格好で!!」』


秒でシーツに包まれ椅子に置かれた。


「中に服置いといたの気づかなかったか?」

『いや、服は知ってるけど言いたかったのは下着のことなんだけど』


そう口にすると樹はあっと気づいたようで、気まづそうに目をそらす。


『下はどうにかなりそうだけどブラはさすがにここじゃ無理だからサラシか何か無いかなって』


それを聞くとカバンをゴソゴソと漁り包帯をいくつか持ってきたので、それを受け取る。

脱衣所を使う前に次は樹がシャワーだよなと気づいてそちらを向くと、いつの間にか身綺麗になっていた。

知らぬ間にもう1つシャワーを借りたのだろう。

シャワー室に戻りショーツを軽くすすぎタオルでしつこいぐらいに水分を拭き取り、ドライヤーで乾かす。


だいたい10分位で乾いた。


それを身につけズボンを履き、包帯をサラシとして使い巻いていく。

無事に巻き終わり最後に端っこを留めようとしてまた問題が。

どう頑張っても長さ的に背中側になってしまい、緩めて止めようものなら全体が緩んでしまう…


これは手を借りないと無理だわぁ…


裸でもなければ包帯巻いて胸も隠れてるし大丈夫だろうと結論を出して樹を呼ぶ。


「どうした?」


不思議そうに入ってきたところに包帯の留め具を渡す。


『どう頑張っても背中側になるから手貸して』


一瞬眉間にぐっとシワがよったが、すぐにいつも通りに戻って手早く留めてくれた。

ありがとうと言い、上もさっと服を着て部屋に戻る。


すでに時刻は24時付近、外は真っ暗だ。

相変わらず静かなこの屋敷も気味が悪い。

さっさとここから出ていこうと2人の意見は一致し、それぞれ荷物を持って部屋を出ていく。


玄関へ行くと執事と娘がおり、どうやら見送りをしてくれるらしい。

開けてくれたドアを2人でくぐり振り向いて一礼し、車に乗り込むまで娘の視線がグサグサ突き刺さっていたが、それを丸無視してドアを閉めると車は発進した。

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