05_最悪な過去

 終わったのか……。


 ワームワームのコアが、黒瀬の一撃で強烈きょうれつな光を放ちながら砕け散る。


「ついに、私の長かった日々を終えることができる……ありがとう」


 コアの光に包まれながら、一人の男性が目の前に現れて会釈えしゃくをする。黒瀬はその男性の姿を初めて見たが、声と雰囲気から男性が目玉のダーカーであると気づいた。


「僕たちは、君のコアを破壊することに成功したんだね」


「ああ……終わったよ。自分の名前も思い出した。私の名前は、鳶野一夜とびのいちや。それに、私は、やっと、探していた大切な人に出会えた」


 鳶野は、横を向くと、その先には女性が立っていた。


 誰だ……この人。もしかして、目玉のダーカー、いや、鳶野が人間だった頃にずっと探していた人物なのか。


 鳶野は、立っている女性を見て優しい笑顔を浮かべると、かつて人間だった頃のことを思い出す。それは、辛く幸せな日々の思い出。


 ※※※


「君さ、やる気あんの?いつまで経っても、お前は成長しないな、本当に」


「すみません」

 

 鳶野一夜は、会社員だった。毎日、夜遅くまで残業させられるような会社に勤めていた。


 上司から、いつも飛んでくるのは、怒号どごう叱責しっせきだった。


「言われた仕事だけやってればいいわけ。お前さ、お客様のためとか言い訳言って、いつまで資料作るのに時間かかってるの。客の資料なんて適当に作ればいいの。そんなことも分からないの」


「すみません」


 鳶野は、ペコリと頭を下げる。その様子を見て、上司はほくそ笑むと、わざと机を指で何度も叩き始めた。


「客のことなんてどうでもいいんだよ。分かる?大切なのは、会社の業績よ、業績。お前の仕事のせいで、会社全体の業績が下がってんのよ。会社の業績が落ちれば、俺の給料にも影響してくるワケ。分かる?もっと責任感持って、仕事しようね、分かるかな」


「すみません」


「ああ、分からないか。すみませんしか言えないバカには、何度言っても分からないかー。なんで、生きているの?君?なんの役にも立たないのに。なんで、会社来てるの?それで、給料もらってるなんて、恥ずかしいと思わないワケ?分からないか、バカには分からないかー」


 どうして、こんなことを言われないといけないんだ。


 私が、無能だから、なんの役にも立てないから、悪いのか。


 もう分からない。分かりたくもない。


 鳶野は、度重なる罵倒ばとうの繰り返しに、心が酷く抉られて行く。


 心はえぐられていくのに。抉られた心の穴を、満たしてくれるものは、何もない。私には、何もないのだ。


 生きる意味すらも。


 鳶野は、うつろな目をしながら、人のいない近くの廃墟はいきょへと気づいた時には、向かっていた。


 生きていてもつらいだけだ。地獄のような日々。


 命をたってしまったほうがどんなに楽か。


 廃墟の建物の中で、彼の持つ鞄から、縄を取り出して、天井の鉄の棒に括りつけると、頭がすっぽりと入るくらいの輪っかを作る。


 もうこれで、終わらせる。一生続くであろうこの地獄のような日々を、この一瞬で終わらせることができる。


 鳶野は、苦しみから逃れたい一心で、飛び台の上にのり、紐に手をやる。


 そして、輪っかの中に、頭を入れると、飛び台から飛んだ。


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