第13話 『幸せ』は幻と消える

 それはあまりにも突然で、あまりにも一瞬の出来事だった――



 ヴィルドレットの視線上――目の前の『終焉の魔女』の背後の向こう側、十数メートル先に突如として現れた白い人影。

 辺りが既に薄暗く、顔こそ確認出来ないが背格好からしてその人物の正体を『大聖女マリカ』だと判断する。そして、何の為にここへ来たのか、直後、彼女は何をするのかまで、ヴィルドレットは瞬時に判断した。


「――《光の矢ライトアロー》!!」


 刹那――マリカの振り翳した杖の先から一本の光の矢が放たれ、それは一直線にこちらへ飛んで来る。


 マリカの放つ《光の矢ライトアロー》はまさに『神速』。


「――ヴィルドレット避けて!!」


 同時にマリカはヴィルドレットへ回避を求める。


 光の矢の進路上に存在する『終焉の魔女』の更に先にはヴィルドレットもいて、マリカの思惑が叶った直後の光の矢はヴィルドレットすらも貫く危険を孕んでいたからだ。


 マリカの声が森に木霊したこのタイミングでようやく『終焉の魔女』が振り返るが、その時既に光の矢は『終焉の魔女』の目前まで迫っていた。 

 ――もはや、手遅れ。ここからの回避は幾ら無詠唱での《瞬間移動テレポート》でも不可能だろう。



 ◎



 一体、いつからなのだろうか。 


 物心ついた頃には既にあの美しい声音に心奪われていた。


 幼き頃から恋焦がれるその存在は、実在せぬ存在として理解しながらも、成長と共にその想いは増すばかり。


 追い求めた――否、求める事すら出来ずにいた己の心の中だけでの存在だったはずの初恋の相手。


 夢にまで見た『その人』が今、目の前にいる事が只々嬉しい。

 

 顔は見えずとも、初めて目にするその姿に心臓の鼓動が高鳴り、言葉を交わしては心が弾む。

 そして遂には、長年募りに募らせた思いの丈をぶつけてしまう始末。


 しかし、それに対する反応は『終焉の魔女』を感じさせない程の乙女っぷりで、あたふたと分かり易い動揺を見せるその様は、恋に疎い純真無垢な少女そのもの。

 彼女が『終焉の魔女』だろうと、何だろうと関係ない。彼女が愛おしいくて堪らない。



 ――だから、君の為ならこの命喜んで捧げよう。 



 ◎



「「いやあぁぁああーーーー!!」」


 マリカの悲鳴と共にヴィルドレットの胸から大量の血飛沫が吹き出した。


マリカの放った光の矢が『終焉の魔女』に到達しようとした刹那――


 ヴィルドレットは咄嗟に『終焉の魔女』を右側へ押し退け光の矢の進路上から外すが、許された刻限の中で行えた動作はそれが限界だった。


 ヴィルドレット自身の回避は間に合わず、無情にも光の矢はヴィルドレットの胸を貫いた。



 ◎



 勢いよく押し退けられたシャルナは体制を崩し、地に倒れ込む。

 

 シャルナが見上げる視線の先には光の矢に胸を貫かれ、血飛沫を撒き散らしながら膝から崩れ落ちようとする黒髪の少年の姿。


 ――まさか、自分の為に?


「――え? なんで……」


 本来であれば己の命を奪いにきたはずの彼。しかし、ひょんな事から互いに心を通わせ、そして彼は愛を伝えてきた。


 なんら大袈裟な表現では無い――文字通り、天にも登るかのような幸せを感じ、それは言うまでもなく千と何百年と生きてきたシャルナの人生の中で初めて味わう至福の感覚だった。


 ――私は幸せになれるの?……なっていいの? あんなに沢山の命を奪ってきた私は幸せになる事が本当に許されるの?


 そんな罪悪感が胸の中を騒ぎ立てた矢先のこれだ。


 ――私が幸せになりたいと願ったから?だからこうなったの?


 自分が幸せになる事を許さない何かが、それを阻止するべく、この事態を引き起こしたとさえ思えてしまう程の過酷な顛末に絶望する。


 しかし、そんな嘆きを口にする暇などあるはずも無く、目の前の事態は進展していく。


 うつ伏せに倒れ込んだ彼の周りには血の海が広がり、目はうつろで今にも光を失いそうである。


 そして光の魔術を放った白装束の女は悲鳴を上げながら駆け寄ろうとしていた。


 シャルナは彼の体に触れると《瞬間移動テレポート》を発動した。

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