第4話 シャルナ、キレる

 数日後――再び突如として現れた眩い光は家の中すべてを激しく照らした。


「――シャルナ。 まだ怒ってるのかい?」


 ゼルダがシャルナに掛けた声はいつになく神妙だが、相変わらずの主張の激しい光は通常運転。そのせいでシャルナは顔をしかめる。


「いいえ。 それより今日は何の用ですか? また自分の要求を無理強いする為に私を脅しに来たんですか?」


 シャルナは目をシパシパさせながらも素っ気ない態度で強烈な皮肉をゼルダに投げ付けた。 


「……いや、君と仲直りがしたいと思って……」


 ゼルダが言った脅し文句――『シャルナ……君がやらないのならば――君に与えた『不老不死』の加護は打ち消す。』


 シャルナを怒らせた原因はコレだろうとゼルダは見当をつけるが、実はゼルダの言った言葉とその本心とでは全く違うものだったりもする。


 シャルナとはかれこれ千年以上もの長い付き合い。いつしかシャルナへの情が湧くゼルダは、仮にその状況になったとしてもシャルナへ掛けた『不老不死の加護』を解くつもりはない。

 ただ、シャルナの存在が世界の秩序を保つ上で不可欠である以上、脅してでもシャルナには『神の代理人』として働いて貰わなければ困るのだが、それをやってしまうと――


「仲直りも何も――そもそも、あなたと私は仲良くありません。」


 この通り、その後のシャルナの扱いが非常に難しくなる。


「ボクだって君には幸せになって欲しいと思っている……しかし、君の役割はこの世界において本当に大事であって……」


 普段からシャルナはゼルダに対して友好的ではないものの、その口調や表情から相当にキレていると判断したゼルダは恐々とした口調で弁明に励む。 伊達に千年以上の付き合いではないのだ。


「……安心して下さい。これまで通り私はあなたの操り人形です。どうせ、私の事を愛してくれる人なんか現れないでしょうし。 一生――いや、永遠に私は孤独です」


 唐突なシャルナの現状維持発言にホッと胸を撫で下ろすゼルダだったが、同時に脳裏に浮かんだのは数日前に己がシャルナへ向けて放った言葉だ。


 『……シャルナ。君を好きになる者がこの世界にいると思うかい?』


 あくまで女としての幸せを夢に描き、「いつかきっと――」という希望をずっと胸に抱いていたシャルナにとって、ゼルダのこの一言はあまりに鋭く、心の奥深くまで突き刺さった。


「――――」


 己の失言に気がつくと自然と押し黙る事を選択。


 今のゼルダの心境こそ、まさに後悔先に立たずといった具合だろう。


「……こんな私です。 誰かに愛される事も無ければ、そもそも私には幸せになる資格すら無い。 ね、そうなんでしょ?」


「――――」


 普段は滅多に視線を向けてこないのに語尾ところで目を見開きゼルダを睨むシャルナ。

 下手な弁明はかえって反感を買うと判断したゼルダはひたすら押し黙る事を選択。



 因みに、普段ゼルダへ視線を向けないのは単に眩しいからで、その事に対してかねてから際限なく苛立ちを募らせているのだがその事をゼルダは知らない。


「用が無いなら、さっさと消えてくれますか?」


 そう言いながらゼルダを視界から消したシャルナは家中で一番大きな家具――木目調の箪笥の前に立つと、そこから着替えとタオルを取り出し玄関口へと向かう。


「私はこれからお風呂に行きますので――」


 風呂はこの家のすぐ隣の離れにあり、これもシャルナの魔法で作られたもの。

 

 今まさにゼルダへ背を向け、外へ出ようとしているシャルナを制止するかの如くゼルダの光のシルエットが手を伸ばす――


 その制止に応えようとしたのかは分からないが、シャルナは玄関扉を開けたところで立ち止まり、「それと――」と、一言付け足してから、


「その、『自分神様です』を強調したような光、どうにかなりませんか? 目障りです」


 シャルナは長年の恨みをとうとう言葉にしてゼルダにぶつけた。


 シャルナからしてみればゼルダは只の疫病神。それなのに、『神様』を気取った、無駄に神々しい光を常に放ち続けてる事にシャルナは甚だ腹立たしく思い、苛立ちを募りに募らせて、今や積年の恨みとすらなっていた。


 この事をこれまで告げる事をしなかったのはシャルナの命を握っているゼルダに対して『神』への冒涜と受け取られかねないそれを告げる事はシャルナにとってリスクが大き過ぎた為だ。 しかし、その足枷となっていた『生きる』事への執着は今やもう無い。



 ◎



 閉ざされた玄関扉へ向けて手を伸ばしたまま固まるゼルダ。依然神々しい光を放ち続ける姿が虚しく見える。


「……もしかして、コレか?」


 そう、コレだ。 ゼルダはようやく己を嫌厭するシャルナの真の遺恨を知った。


 シャルナからのまさかの辛辣過ぎる告白にゼルダは深く傷つくと同時にようやく理解する。


 おそらくはあの余計な一言が、シャルナの長年溜め込んだイライラを一気に爆発させた引き金となったのだろう――そう、結論付けたゼルダは未だ閉ざされた玄関口へ向かって伸ばしていた掌をようやく引っ込めては、その掌を今度はそっと己の胸の辺りに移動させる。


 するとゼルダから放たれていた、やたら主張の激しい光の光量が徐々に低下していく。 どうやら調節可だったようだ。


「――なんで只の猫があんなに大事に扱われて、神であるボクがこんな扱いなんだよ……」


 『只の猫』とは黒猫のクロの事である。

 当時のシャルナによるゼルダとクロとの扱いの差を百年経った今でも嘆くゼルダ。 もっとも、ゼルダやシャルナにとっての百年は実に些細な歳月に過ぎないのだが。


 ともあれ、光量が低下したゼルダは心無しか寂しくも見える。

 そんなゼルダの目の前に突如として現れたのはゆらゆらと浮遊する光の球体――、それはゼルダの目の前で制止すると、その小さな光を只々放ち続ける。

 その様子はまるで何かを訴えかけるかのようだった。


「……ん? 君は確か――」



 ◎



 ――二十年後


 シャルナがアストロ帝国を滅ぼしてから更に二十年が経ち、その間、世界は『終焉の魔女』討伐を掲げ一致団結。


 ゼルダの思惑通り世界は二十年経った今も秩序を維持し続けている。


 この二十年間、『終焉の魔女』の元へ差し向けられた魔女討伐隊は全て漆黒の大魔法によって返り討ち。


 果たしてこれが『平和』と呼べるのかはいささか疑問ではあるが、『戦争』が繰り返されるよりはマシだろう。


 人の持つ欲望が根本にある戦争は終わりなく続き、次第に過激さを増し、規模を拡大していくのが特徴だ。それに比べれば魔女討伐隊の犠牲は些細に過ぎない。


 しかし、そんな連戦連敗の『魔女討伐連合』にも遂に希望の光となる者が現れる。


 その名を『魔剣士 ヴィルドレット・ハンス』と言った――

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