第27話 国宝を改造してあげた

 せっかく騎士団長が魔法剣の威力を見せてくれるというのに、あいにくの曇り空だった。


 エミリーの家は、王都からほんの少し離れたところに建っている。庭に木々があるものの、その周りは見晴らしのよい草原だ。あとは少し下った先に小さな湖があるだけ。

 周りに誰かがいれば、すぐ分かる。よって派手な魔法や火薬を使った実験をしても、人を巻き込む心配がない。


 騎士団長は草原に立ち、得意げな表情で魔法剣を構えた。

 彼の魔力が剣に流れていく。そのままとどめておけばいいのに、刃から魔力が漏れ出してしまう。魔法剣として出来が悪いからそうなるのだ。

 稲妻のようにバチバチと光と音が広がる。足下の草に火がついた。危ない。

 インフィは大爆発でも起きるんじゃないかと気が気でなかった。


 なのにキャロルとジェマとフローラは、洩れた魔力を見て「さすがは騎士団長に代々受け継がれてきた剣……まだなにもしていないのに凄い迫力!」と感心している。

 それを聞いて騎士団長はますます得意げになっていく。


「インフィちゃん。やっぱりあれって効率悪いわよね? 前から思ってたんだけど、言い出せる雰囲気じゃなくて。あれでも国宝だし」


「エミリーさんだけは分かってくれるんですね。さすが悠久の魔女。大好きです」


「ちょっ……その褒め方はズルいわ」


 エミリーは顔を真っ赤にする。

 誰もあの魔法剣が欠陥品だと分からない中、エミリーだけが共感してくれたので、感謝の意を伝えただけなのだが。

 なぜそんなに照れられたのか分からず、インフィは首を傾げる。


 と、そのとき。

 騎士団長は剣を振り下ろした。その動作自体は、達人と称していいレベルである。根拠のない自信家とも言い切れないようだ。しかし、やはり魔法剣は酷い。


 制作者はおそらく、魔力を収束させて一条の光にし、高い貫通力を持たせたかったのだろう。

 だが刃から飛び出した光は、扇状に広がった。いや、前方にだけ広がるならまだいい。若干、騎士団長側にも返ってきている。全く制御できていない。それを防ぐために防御結界を張っているので、更に魔力を無駄に消耗していた。

 失敗を取り繕うために別の失敗を犯すという負のスパイラル。

 制作者の、途中で投げ出さなかった根気だけは褒めてあげたい。どんな形であれ完成させてやろうというヤケクソ気味な気概が見える。しかし、それだけだ。

 使用者を危険に晒す可能性があるのだから、完成した瞬間に廃棄すべき代物だ。

 それが時代を超えて残ってしまい、なんの因果か、騎士団長の剣として崇められている。


「くくく……見たか、この威力! 私の眼前にあった草が全て燃えてしまった。敵が密集している場所でこれを放てば、その表皮を焼き焦がすことができる。そして怯んだところにトドメを刺す! 必殺の戦法だ!」


 騎士団長はインフィに向き直り、自慢げに叫ぶ。


「必殺の戦法ですか……その魔法剣、もっとじっくり見せてください」


「よかろう。これは威力が素晴らしいだけでなく、美術品としても一級品。しっかり鑑賞し、美的センスを磨くがいい」


 インフィは剣を受け取り、刻まれた魔法回路を改めて精査する。

 想像していたよりも、なお酷い。


[うわぁ……回路があっちに飛んだりこっちに繋がったり……無駄に複雑です……スパゲッティコードって奴ですね]


[うむ。しかも複雑な割に大した結果に繋がらぬ。というか、いつエラーを起こして暴発しても不思議ではないぞ。長い年月で、あちこち劣化しておるし]


 インフィとアメリアは、その魔法回路を辿り、そして途中で諦めた。時間の無駄だ。雲の流れをボンヤリ見つめるほうが、まだしも有意義である。

 これは手直しするより、完全に消去してゼロから作り直したほうが早い。

 だが、インフィにとってガラクタ以下でも、騎士団長が代々受け継いできた国宝なのだ。この国の人々にとって、まさに『伝説の剣』である。それを勝手に作り替えるのは――いや、やってしまおう。このまま放置したら、いつか騎士団長が自分や味方を必殺してしまう。


[魔法回路、完全消去フォーマット


 そしてインフィは、制作者が本来やりたかったであろう魔法効果を、シンプルかつ高精度な回路で付与した。

 ついでに機能を追加する。

 その剣の柄には、立派な魔石が備えられている。これを有効利用しない手はない。


「えいっ」


 インフィは誰もいない方角へ向け、剣を軽く振り下ろす。光の斬撃が飛び出し、地面を切り裂いていく。その細い溝は、深さ十センチほど。ざっと百メートルほどは続いている。そこから先は威力が減衰し、溝が浅くなり、徐々に消えてしまう。


「ま、こんなものですかね。次は……危ないので空に撃ちます」


 剣に魔力を送る。一秒、二秒、三秒。

 魔石にチャージされた魔力を、剣の先端から解き放つ。

 さっきの光とは比べものにならない巨大なエネルギーが、分厚い雲に突き刺さり、巨大な穴を空けた。向こう側の青空が見えた。インフィたちに太陽光が降り注ぐ。ここだけ天気が変わってしまった。


「全て正常じゃ、マスター。吾輩から見ても、不具合はなかった」


「それなら大丈夫ですね。というわけで騎士団長さん、剣をお返しします。勝手ながら、調整しておきました。前よりずっと効率がよくなりましたよ。あと魔力のチャージ機能を追加しました。今のが最大威力です。あれ以上はこの魔石では無理ですね。ボクは三秒でチャージできました。騎士団長さんがどのくらいかかるかは自分で試してください。ちなみに剣を元に戻せ、というのは無理です。あんなスパゲッティコード、狙って再現できませんし、人の命にかかわります」


 騎士団長は剣を受け取り、肩を震わせながらインフィの説明を聞いた。

 うつむいたまま、なにも喋らない。

 やはり勝手に調整したのはマズかっただろうか。

 そう、思いきや。


「す……素晴らしい! なんという威力! なんという射程距離! インフィ、馬鹿にして済まなかった……君は天才職人だ!」


 褒められてしまった。騎士団長は案外、素直な人のようだ。

 キャロルとジェマとフローラも、剣の威力に驚いていた。

 それどころかエミリーでさえ冷汗を流している。


「インフィちゃんが本気で武器を作るとああなるんだ……」


 まだ本気ではないのだが。

 とにかく、騎士団に納品する剣は、今の物の量産タイプと決まった。

 忙しくなるぞぉ、とインフィはワクワクする。

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