第21話 ルーマティーの森
インフィとエミリーの目の前に、森が広がっている。
薬草の大産地とされる場所『ルーマティーの森』である。
瘴気に飲まれているという話の通り、実に嫌な気配がする場所だ。瘴気は目に見えないが、魔力とはまた別の『圧』を感じる。
この森にはエミリーも来たことがないと言っていた。
しかし人造精霊であるアメリアは、すでに地図をインプットしている。
おかげで迷うことなく森に辿り着けた。
ここに辿り着くまでの数日間、インフィはずっと首から巾着袋をぶら下げていた。
中にはエミリーに買ってもらった、最高級の魔石が入っている。
結界塔の再稼働にはインフィの魔力をもってしても十時間以上かかる見込みだが、あらかじめ魔石に貯めておき、それを塔に移せば一瞬で終わる。
旅の最中インフィは、魔石を肌身離さず身につけ、睡眠中でさえゆっくりと魔力を流し続けた。この方法なら、疲れることなく、結界塔を動かすのに十分な魔力を貯められるのだ。
「――マスター。エミリー。気をつけろ。前方にモンスターの気配じゃ」
アメリアにそう警告された次の瞬間には、インフィもそれを感じ取った。
「おや。森に入ったばかりなのに、もうモンスターが出てきましたね。エミリーさん、協力して倒しましょう」
「ええ。魔王のときはいいところを見せられなかったけど、悠久の魔女の実力をお見せするわ」
現われたのは狼の群れだった。左右の目のほかに、額に第三の目が備わっていた。
三つ目。それがモンスターたちに共通する特徴である。
そして更に言えば、どれも凶暴だということ。
茂みの奥までいる狼たちの総数は分からない。十匹は確実にいるだろう。
そのうち三匹がインフィに飛びかかってきた。
イライザ・ギルモアの記憶には、これより遙かに大きなモンスターを倒した光景があった。いや、それがなくても、インフィ自身がすでに何度も戦闘経験を積んでいる。よって、この程度の状況は、焦るに値しない。
狼の死体は地面に力なく倒れる。
普通の生物なら、肉食獣に食べられるなり微生物に分解されるなりするまで、そこに残り続ける。
ところが狼モンスターの死体は、幻のように即座に消えてなくなった。
一つだけ残ってたのはモンスターの中核をなしている魔石だ。
「回収じゃ」
インフィが指示する前に、アメリアが三つの魔石を
倒すのに魔石を三つ消費し、対価に魔石を三つ得た。
モンスターとの戦闘が楽とは言わない。千年前だって命を落とす者は大勢いた。しかし討伐がそのまま補給に繋がるところは、ほかの敵に比べてやりやすい。
続いて、十匹の狼が一斉に突っ込んできた。
インフィはさっきと同じように魔石で迎撃しようとした。が、それよりも早く、エミリーが動いた。
彼女から魔力が広がり、地面から氷の槍が幾本も生えた。まるでハリネズミの背中のような有様になり、向かってきた狼たちは尽く串刺しになる。
それで全滅。
エミリーは指をパチンと慣らして氷の槍を消した。
あとには十個の魔石が転がるのみ。
「おお、恰好いいです」
「うむ。実に鮮やかなものじゃなぁ」
インフィとアメリアに褒められたエミリーは、得意げな表情を浮かべ、優雅に金色の髪をかきあげた。
「ふふふ。ようやくいいところを見せてあげられたわね。これが現代の魔法よ」
「本当に自分の魔力だけで、こんな大規模な現象を起こしちゃうんですね。驚きです。発動までの時間も早い。これなら魔石なんて要らないじゃないですか!」
「それはどうかしら? このレベルの攻撃魔法を使える魔法師は限られているから。魔石を使った魔法は、常に安定した威力を出せるんでしょう? それぞれ利点があると思うわ」
「つまり現代魔法が凄いのではなく、エミリーさん本人が凄いんですか。バババッと氷の槍が出てくるの格好良かったです。これぞ悠久の魔女って感じでした!」
「ありがと。けど、褒めすぎじゃない?」
「いえいえ。この興奮を伝えるにはまだ足りません。千年前にはなかった発想を、高レベルで実現しているのですから。しかも、その技術を私利私欲ではなく、みんなのために使っているわけでしょう? 凄い! 英雄! 偉人! 歴史の本に載っちゃう系!」
「だから褒めすぎ! やめて! 恥ずかしい! 新手の嫌がらせ!?」
インフィは純粋な気持ちで褒めていたのに、エミリーは真っ赤になって叫ぶ。
なにが気にくわなかったのか分からない。だが本人が嫌がっているので、このくらいにしておこう。
「それにしても便利な技です。ボクも練習したらできるようになるでしょうか? ていっ! 氷よ、出ろ!」
叫びながら腕を突き出す。
見よう見まねで魔力を集中させ、それで魔力回路を描く。
すると小さな氷がころんと地面に落ちた。
「むむ、この程度ですか」
「マスターの持つ膨大な魔力でもこんな氷しか出せぬとは。今どきの魔法は難しいのじゃなぁ」
インフィとアメリアは氷を見つめながら言う。期待外れというのが正直なところだ。
しかしエミリーは別の感想を抱いたらしい。
「凄いわインフィちゃん! 本当に初めてなの!? 普通、このくらいの氷を出せようになるまで一ヶ月はかかるのよ! 千年前のは知らないけど、今の魔法って最初の一歩がとても難しいの。それを超えられなくてやめていく人が大半……なのにインフィちゃんは一発目で成功させたわ!」
「ほう。そういうものか。さすがは吾輩のマスターじゃ」
「褒められるのはいい気分です。もっと褒めてくれてもいいですよ」
「いくらでも褒めてあげるわ。その調子なら練習したらした分だけ上達するかも! つまり天才! 魔法の才能があるだけでなく可愛い! 美少女天才魔法師!」
エミリーは美辞麗句を並べる。
それを聞いているうちにインフィは、さっきエミリーがなぜ嫌がったのか理解した。
褒められるのは嬉しいが、度を過ぎると恥ずかしくなってくる。
「も、もういいです。さっきの仕返しならそのくらいで許してください。ボクに悪気はなかったんです!」
「うふふ。思い知ったかしら? けれど、もう少しだけ虐めてあげようかしら。つよつよ美少女、千年に一度の才能。そんな調子で成長したら、あっという間に近隣諸国まで名が知れ渡っちゃうわよぉ?」
「ぴゃあ、恥ずかしい! そう言うエミリーさんこそ、ボクの師匠として再評価されちゃいますね。もともと凄い名声が更に高まって天井知らず。実際にエミリーさんは凄い人なので、それでも過大評価じゃありません。次の千年後まで名前が残っちゃうかもですね!」
「うっ、想像したら顔が熱くなってきたわ……やるわねインフィちゃん!」
「そちらこそ、さすがは悠久の魔女と言ったところです……!」
インフィとエミリーはお互い汗をかきながら、次はどんな言葉で褒めてやろうか睨み合う。
その様子を見て人造精霊アメリアは「そなたら、本当に仲がいいのぅ」と愉快そうに言った。
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