第15話 材料はまだ?
入院している怪我人たちを治す――。
そのためのポ-ションの材料はすぐに集まるとインフィは思っていた。
しかし、募集をかけてから一週間。
まだ誰も冒険者ギルドに帰ってこない。
できるだけ早く怪我人たちを治してあげたい。それはインフィの偽りざる気持ちだ。それと同時に、大量のポーションを作る作業が楽しみでならない。
薬草成分を水に溶かして魔力を注ぐという作業の繰り返しだが、妙な中毒性がある。丸一日だって続けられそうだ。
だからインフィはそわそわと受付嬢を急かした。
「いや。まだ一週間よ。インフィさん、気が早すぎるでしょ」
受付嬢に叱られてしまった。
リストアップした薬草は、そんなに入手困難なものだったのか。そう疑問をぶつけると。
「うーん……私が生まれる前は、もっと簡単に手に入ったらしいの。けれど薬草の一大産地が瘴気に飲み込まれて、そのせいで入手が難しくなったみたい」
瘴気。
それは神の加護が届かぬ場所に生じるものだ。目には映らないが『異質ななにかが充満している』と誰もが肌で感じ取ってしまう。
たんに不気味なだけならいい。問題なのは、瘴気が立ちこめる場所でモンスターが自然発生してしまうことだ。
瘴気を祓うには、神の加護が必要である。
その手段は単純。
世界各地にある『結界塔』に魔力を注いでやればいい。
結界塔は遙か太古に、神々が地上に突き立てたとされている。千年前の時代でも、その構造は解明できていなかった。ただ使い方が分かっているのみ。
インフィが今いる王都ルシオンシティにも、結界塔がそびえ立っていた。
二百メートルを超える白亜の巨大な塔は、この街のいたるところから見上げることができる。
結界塔が視界に映ると、どことなく安心感がある。それは千年前も、今の人たちも、きっと同じだろう。
この地に住む人々が代々、あの塔に魔力を捧げ、神の加護を地上に降ろし、瘴気をはね除ける結界を維持してきたのだ。
「その口ぶりだと、薬草の一大産地にも結界塔があり、かつては稼働していたんですよね? それがどうして瘴気に飲まれてしまったんですか?」
「結界の近くに、強い瘴気が流れ込んだらしいの。それで結界塔に貯めてあった魔力を一気に使い切ってしまった。塔の周りには小さな村があるだけ。その村人たちと薬草採取に訪れた何人かじゃ、魔力の充填が間に合わなくて……その場所を放棄するしかなかったんですって」
「一時的に魔力を使い切って瘴気に飲まれても、あとから取り戻そうって話にはならなかったんですか?」
「インフィさん。それは難しい話よ。だって瘴気に飲み込まれたってことは、その場所には大量のモンスターがいるってこと。それらと戦って結界塔まで辿り着くだけで困難。そこから魔力を充填するのに何日もかかるし……まず魔力を充填する係が十人くらい必要でしょ? その護衛を用意して……大部隊になっちゃうわ」
「けれど、薬草の産地って重要な場所じゃないですか。頑張りましょうよ」
「そうは言うけど、大きな街道とか、貨物船が入港する港町とか、もっと大切な場所があるし」
「そう、しょっちゅう結界塔が瘴気に飲まれてるんですか?」
「完全に飲み込まれるのは稀だけど、塔が弱って、結界の中にモンスターが侵入してしまうのは割と頻繁ね。だからモンスターを駆除したり、弱った結界塔に魔力を供給する仕事は次から次へと絶えないわ。逆に、完全に機能が停止した結界塔の奪取は……難しすぎて後回しにされてるのが現状ね」
受付嬢の説明を聞いたインフィは、腕を組んで唸る。
千年前も、結界塔が機能停止に追い込まれる前に対処していた。が、それでも人があまり訪れない場所は、塔への魔力供給が途絶え、瘴気に飲まれるケースが皆無ではなかった。
ゆえに、それを取り返すのが困難だというのも分かる。
とはいえ、薬草の一大産地なら取り返すべきだ。この時代の人たちだって、そのくらいは分かっている。分かっていても実行する余裕がないのだ。
「悠久の魔女エミリーさんなら、結界塔の再稼働もできるのでは?」
インフィは、ふと魔王と戦っていた女性を思い出して、その名を口にした。
すると受付嬢は表情を明るくし「そうね、エメリー様なら!」と、朗らかに言う。しかし、すぐに首を横に振り、自分の発言を否定した。
「……さすがのエミリー様も一人では無理よ。そりゃ吟遊詩人とか、戯曲で描かれる無敵のエミリー様ならできるでしょうね。けれど現実はそう甘くはない。仲間を募っても、必ず犠牲者がでるわ。それにエミリー様はまだしばらく魔族の残党狩りをしているでしょうし」
受付嬢いわく、魔王が死んだことで魔族は統率を失ったが、増えた数がもとに戻ったわけではない。魔族はモンスターと違い、結界塔で侵入を防げないため、バラバラに動いていても脅威だ。
エミリーに限らず、しばらくは魔族の残党狩りの仕事が絶えないだろうと言う。
「それなら、ますます薬草が必要じゃないですか。なんとか、その結界塔を再稼働させたいものです」
「無理しないでよ、インフィさん。あなたが強いのも有能なのも知ってるけど、なんでも一人でできると思わないでよ。受付した冒険者が帰ってこないのは、本当に悲しいんだから……」
そう言って受付嬢はインフィを抱きしめてきた。
ほかの冒険者と一緒にするなと言い返したかったが、受付嬢の真剣な様子に気圧され、大人しくするしかなかった。
それに実際、インフィとて無敵とは言い切れない。
[どこかに未知の強敵がいないとも限らぬからのぅ]
人造精霊の呟きが、どこか予言めいて聞こえた。
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