第4話 それは伝説の武器ではありません
人造精霊のアドバイスを聞き入れ、市場でイチゴを買って食べた。実に美味しかった。
その次は、武器防具屋だ。
剣、槍、斧。鎧、兜、盾。などなど――。
品揃えは豊富だ。魔王の脅威に晒されながらも、鉄の供給は安定していたらしい。いや、魔王がいたからこそ、鉄を優先して確保していたのかもしれない。
品質も、そこそこよさそうだ。プレートアーマーが当たり前に売られている。それだけ板金技術がしっかりしている証拠である。
ところが、これだけ品が並んでいるのに、魔法付与されたものは一つしかなかった。
鍵付きのガラスケースに収められた槍である。
「ん? 武器防具屋に子供がなんの用だ」
槍を見つめていたら、店員が近寄ってきた。
「ごめんなさい。あまりにも格好いい武器が並んでいるので、ふらりと入ってしまいました」
インフィがそう誤魔化すと、店員はニヤリと機嫌良さそうに笑う。
「そうか。そういうことなら仕方ねぇな。なにせここに並べている品は、どれも俺様が吟味して仕入れたもの。格好だけでなく品質だって最高だ」
「確かに、いい品ばかりです。ところで、この槍は……」
インフィはそこから目を離せない。
とても見覚えがある槍だった。間違いなく、イライザ・ギルモアが修業時代に作った習作の一つである。
正直、出来がいいとは言いがたい。こんな立派に飾られると、むしろ晒されている気分になる。
「これに目をつけるとは素質あるぜ。将来、冒険者になるか? これはな、俺の店で唯一扱っている魔法武器。いわゆる伝説の武器だ!」
「伝説……どんな伝説があるんですか?」
「どんなって言われてもな……魔法武器は古代文明の遺物に決まっている。古代文明の遺物ってことは伝説なんだよ」
「そうなんですか」
「ただ、この槍は本当にすげーんだぞ。冒険者ギルドから仕入れるときに実践してもらったんだがよ。なんと厚さ五センチくらいある鉄板をぶち抜いたんだ! それがもう俺にとっては伝説の光景だよ!」
店員は興奮した様子で語った。
しかし、そのくらいの鉄板なら、普通の槍でも達人が扱えば貫ける。
千年前の水準で考えると、この槍は普通以下。強い魔法武器というのは、鉄板ではなくオリハルコンの板をぶち抜く。
この程度の槍を『伝説の武器』と崇められても困る。もしここにイライザ・ギルモアがいたら羞恥心で転げ回っただろう。そして彼女の記憶を受け継ぐインフィも、ほんのり顔が熱くなってきた。
[値札を見てもピンと来ません。これって、今の物価でどのくらいの価値ですか?]
インフィは声を出さず、念話でアメリアに質問する。
[そうじゃな……一年くらいなら働かなくても、なんとか暮らせるくらいかのぅ]
[こ、こんな粗末な槍が、そんな値段に……!]
この程度の魔法武器なら、いくらでも作れる。いくらでも稼げる。
つまりイチゴ食べ放題ということ……!
「あの。ボクが魔法武器を売りたいと言ったら、買い取ってくれますか?」
「嬢ちゃん、まさか魔法武器を持っているのか!?」
「持っているというか……ボクが作ります。例えば、この店に並んでいる武器を、魔法武器に改造しちゃう、とか」
インフィがそう言うと、店員は目を点にしてから、ガハハハッと盛大に笑った。
「綺麗な上に面白い嬢ちゃんだ! 魔法武器の製造技術は、もう完全に失われているんだ。嬢ちゃんがいくら頑張り屋でも、技術を教えてくれる人がいないから無理だよ。将来の職業を考えるのはいいことだが、別の道にしな」
「完全に? じゃあ、この槍と似たようなのを作れる人は」
「いない」
「……これより弱い魔法武器でも?」
「強い弱いじゃない。アイテムに魔法効果を刻む技術そのものが失われたんだ。せいぜいポーションに魔力を注いで、薬草成分の効き目を高めるくらいしかできない。だから魔法武器は貴重品なんだ。分かったか、嬢ちゃん」
理解した。
技術が失われたのは悲しいが、イチゴ食べ放題どころか、広大なイチゴ畑を買い取って大地主になるのも不可能ではなさそうだ。
一度に大量の魔法武器を売ると市場価格が崩壊しそうだが、ここで一本売っても問題はないはず。
今のところインフィには、魔王から奪った魔法剣がある。だがあれはミスリルを含んだ貴重品。まだ持っておきたい。
なので城で手に入れた別の剣に『切れ味強化』『強度強化』の二つを付与する。作業場所は、また
「……あの。ボクがなにもないところから剣を出したらびっくりしますか?」
「ん? 手品か?」
「いえ、
「なんのことかサッパリ分からん」
店員はぽかんとした表情を浮かべる。
[どうしましょう。魔法剣が完成したのに、出すのが難しいです]
[なんとか工夫するのじゃ。千年前と同じ調子で出したら、現代人は腰を抜かすぞ]
考えた結果、ローブの中に隠していたという設定を思いついた。
腕をもぞもぞさせ、袖口から剣を出す。
「じゃじゃーん。魔法剣です」
「うおっ! そんなの隠していたのか? いくらそのローブが余裕たっぷりだからって、剣が入ってるようには見えないけどなぁ……」
「着痩せというやつです。そして、この魔法剣は凄いですよ。一般人レベルの魔力でも、鉄兜を真っ二つにする切れ味を発揮します。ちょっと試し斬りしてください」
店員は疑わしそうな顔で剣を受け取る。
そして裏庭に行き、まずは薪で試した。すると勢い余って土台にした丸太まで真っ二つにしてしまう。
慌てた様子で店に戻り、古ぼけた兜を持ってきて、それに剣を振り下ろす。
「ね。簡単に真っ二つでしょう?」
「これはすげぇ! 嬢ちゃん、これをどこで手に入れたんだ!?」
「えっと、我家に代々伝わるものです。ですが事情があってお金が必要になったので売りたいのです」
「そうか……人生、色々あるもんなぁ……」
事情もなにも、たんに自分の知識と技術でどこまでできるのか確かめたいだけだ。あとイチゴをたらふく食べたい。
なのに店員は同情的な眼差しを向けてきた。
インフィは少し罪悪感を覚えた。
「だがな。普通の武器防具の中古なら買い取れるが、魔法が付与されてるのは駄目だ。なにせ、どれもこれも普通の品とは比べものにならんほど強力だ。そこで治安維持のため、魔法武器と魔法防具は、まず冒険者ギルドが買うことになっている。そこで性能を調べ、記録し、それから商人ギルドに流れ、俺らのところに回ってくる。まあそれ以前に、うち程度の店じゃ、魔法武器の在庫を二つもかかえるのはキツい。ギルドの制度と関係なく買い取れないな」
冒険者ギルドなら千年前にもあった。
冒険者とは、モンスターを狩ったり、護衛任務を引き受けたり、依頼された素材を採取しに行ったり……つまり荒事にかんする『なんでも屋』だ。
イライザ・ギルモアも冒険者ギルドから依頼を受けたり、出したりしていた。
親切な店員に地図を書いてもらい、インフィは冒険者ギルドに向かう。
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