第21話 貴方のために出来ることをやりたいけれど、それは迷惑になりますか?

 好きがどうにも止まらなくなりそうで、私は話を変えることにした。


「あの、話は変わるんだけど、もう一つ、相談があって」

「ん?」


 突然、話を変えてもちゃんと付き合ってくれる推し、しゅき。


「折角の機会だから、私、コニーさんに色々と聞きたいことがあって」

「…コニーに?」


 でも、声に僅かながら訝し気な色が混じっている。

 コニーさん、まだ短時間の接触しかないのに、既にラルクに大分不信感を持たれているらしい。


「うん。あの装束って、資格を取得しないと着られないとか、あれを着ないと回復魔法を使っちゃいけないとか、あるのかなって」

「あぁ…あれは確か、祝福の果実を食ってはいけない患者を、治療できる技術があると認められた回復魔法師のみが、着られるものだったはずだ」

「食べてはいけない?」


 どういうことなんだろう。


「そっからか」


 ラルクは説明してくれるみたいで、どう話そうかと整理している模様。


「回復魔法って言っても、跡形もなく治せる訳じゃない。処置をするところまでで、あとの回復は自然治癒だ。そこの部分は、祝福の果実ブレッシが担う。

 で、実は、回復魔法師もピンキリでな。大した腕のない奴だと、骨折を治してもらっても歪んでいることがあるんだよ。

 そういうのにあたると、治療を受けたことで安心してブレッシを食ったら、骨が曲がってくっついて歩けなくなりましたってなるわけだ」

「ひぃ」

「だから、ブレッシを食っても大丈夫な程の治療技術を持っているという、証明が必要なんだよ。あの専用装束は国際協定で決まってっから、世界中で通用する」


 思った以上に回復魔法は敷居が高いみたいだ。だったらコニーさんが他の魔法が得意じゃなくても、些末なことなんだろう。


「あのね、私、ラルクが怪我をしたら、回復したいです」


 少しの間。


「…それは、あの装束を着られる回復魔法師になりたいってことか?」

「えと、そもそも、そうじゃないと回復魔法を使っていいのか分からないから、そういう話を聞きたいの」

「…まさか、お前は回復魔法も使えるのか?」

「うん…大怪我も治せると思う」


 ラルクは、額を押さえた。

 うう、ごめんなさい。女神チートです。


 お告げの旅で、一番、怪我が多いのはラルクなの。しかもそれは全部、仲間をかばったり、裏切り者に刺されたり、彼自身のせいじゃない。

 私はあの装束が着たいんじゃなくて、彼だけ治せればそれでよかった。


 女神様との約束がそもそもなんなのか、彼は分からないから、きっとそのスケールは彼の想定以上。

 まさか、皇帝陛下が太古から在る魔王で、倒すことが約束だなんて、思うはずがないのだから。


 厄介なことだろうとは思っているけど、これから静かに暮らそうと思っている未来まで全部巻き込むものだなんて、きっと思っていないに違いない。

 だから、魔王を相手にする未来が頭にある私とでは、どうしたって温度差が開いてしまう。


「…その約束には、高度な回復魔法が必要になるってことなのか?」


 彼の声には僅かながら、疲労が混じっている気がする。


「…ごめんなさい、ラルク」


 彼は私を見る。


「…私は、」


 彼の静かな黒曜の瞳に私が映る。あぁこの瞳に、ずっと、ずっと映っていたい。


「貴方と一緒に居たいと望むことが、罪になるのが、何よりも怖い」


 私もちゃんと、彼の目を見つめ返した。


「…リチ」

「はい」


 私は、じっと続きを待つ。縋るように見つめたまま。


「お前はかつて、折角助かった自分の命を危険にさらしてまで、俺のためにあの伏魔殿に残ってくれた。

 いつもは無関心なあの男が突然配下を寄こして来て、そいつがお前に何かと理由を付けちゃ会おうとしていて、お前はさぞ恐ろしかっただろう。

 真っ青で、震えていた。埃だらけの屋根裏を浄化できない程、飯もろくに食えない程、緊張して閉じこもっていた。

 お前にはいつだって、自由に飛び立てる、その羽根があるというのに。


 なのに俺は、ちゃんと信じていなかった」

「…」

「お前のお陰で俺は今ここに居る。こうして無事で、お前の傍に居られる。


 あの時は、すまなかった」


 涙が、溢れ出てくる。


「安心しろ、一緒に居る。少なくとも、お前が望む限りはな。

 さっきも言ったが、俺が腹を立てるとしたらお前を苦しめている女神であって、お前じゃないんだ」


 彼の手が私の髪を撫でる。


「ラルクと離れることを望んだりしない」


 訴えると、彼は、少し苦しそうに見えた。


 あぁ、この彼の陰は、きっと、小説にも出てきたものだ。


 私は俯いて、大人しく撫でられた。

 今は、まだ、届かない。





 それから、暫く無言で一緒に居たけど、寝るように言われた。

 そもそも私が寝る時間を寝なかったわけで、休むべきは彼なのに。


 鳥人の身体は、これだけ濃い会話をしたことで激しく消耗したようで、抗いがたい眠気が襲ってきて。

 いつの間にか彼の肩に寄りかかって眠ってしまって。

 彼は私を厚い毛布で包んで、そっとテントへ戻し、そのまま見張りを続けてくれたようだった。





■■





 さすが、お役所の自慢の馬車は足が速い。

 その後、特にモンスターに襲われることもなく。正確に言うとモンスターが全然追い付かず、簡単に振り切ってしまったのだけれど。


 長い旅路でコニさんのお喋りにみんなの疲労が見えて来た頃、漸くヴィスタさんの担当の村に着いた。





 しかし。


 ドワーフの村っていうか…。


 これ、熊人の村ですよね?



 うん、ちょっとはそうかなって思っていたんだ。

 バルドの住む熊人の村は、ドワーフと共生していて、ヴィスタさんの担当だと。知ってはいたんだよ。


 だけどドワーフが住んでいる村はここだけじゃないだろうし、熊人の村だってヴィスタさんも言わないから大丈夫かなって思って。


 まぁ、さすがにバルドがまだ帰ってきてないからセーフだったんだけど。




 そこは、未だに魔導具というものを見かけない辺鄙へんぴな村だった。大工が建てた木造家屋が並び。あちこちに井戸があった。

 外灯などはもちろんなく、夜のこの村は闇に落とされるのだろう。


 外界との接触は、かろうじて、村の入り口に立っている郵便ポストくらいだろうか。ここに郵便物を投函すると、鳥人の配達人が回収に来てくれるのだろう。でも、それだけ。


 この入り口には門番さえ居ない。さすが熊人の村…子供でさえ恐るべき膂力りょりょくを持つこの村は、村人一人一人が戦士なのだ。


 村の中にある多くの家は、職人の誇る工房だった。案内してくれたヴィスタさんによると、この村は特に血の濃いドワーフが多く、ありとあらゆる分野においての職人が集結しているのだという。その割には魔導具師は一人もいないのだけれど。ちなみに熊人は木こりで大工であることが多いとか。


「なんか魔導具が性に合わないらしいんだよね…」

「便利さが気持ち悪いんですかね?」

「それ。彼らにとっては、火は起こすもので、水は汲むものなんだろうね。調理は未だに釜戸で行われているよ。風呂も釜炊きかドラム缶だね」

「あの……ちょっと聞きにくいんですけど、下水道もないんですよね?」

「あぁそれはスライムで処理しているから大丈夫だよ」

「良かった……」


 お手洗いは綺麗じゃないとしんどい。良かった、安心した。


 実は、リッチェはギヌマさんを連れてここまで逃げてきて、この村で暮らすんだよね…。


 つまりこれはひとえに聖地巡礼というものでは。来てしまったものは仕方がない、開き直って楽しむべきじゃないかな!


「ひとまず、前の村長の家へ行くね」

「前の?」

「うん。話せば長くなるんだけど、何処にでもいる悪い奴が村の子供を人質にとって、この村で一番強い戦士に拘束具をつけて攫っていっちゃったの」

「………」


 そ。それは。聞いたことあるんですけど。


「ここは一番強い奴イコール村長だから。彼が攫われて、熊人達はすぐ追いかけたけど見失って取り返せなかったんだ。それで、今はその次に強かった女性が村長をしていて。

 この村はこんな感じだから宿はなくて、女性の家に泊めてもらうのは悪いし。誰も住まないと家が傷むから、二月ふたつきに一度、こうして来る度に、前の村長の家に泊まらせてもらう代わりに手入れをしてんの。いつか帰ってくるかもしれないから」


 あの、それ聞いちゃうと胸が痛いんですけど。帰ってこなくてセーフとか言っちゃったんですけど。心の中で。


「二部屋しかないから、男女別でいいかな?」


 バルドの家に着き、ヴィスタさんが鍵で開ける。ドアを開けて入り、少し埃っぽいので手分けして窓を開けていく。


「出来れば、そっちとこっちで分けてもらえないか?」

「そかそか、いいよ。コニちゃん、俺と御者レッツさんは居間で寝るから部屋を使いな」


 ラルクが首を振る。


「なら俺達がそうする」

「うー…ん、女性を居間で寝かせるわけにはなぁ」

「ならこうしないか。男女別で構わない、ただし俺は居間で寝る」

「なるほど、了解した」


 あわわ。私、コニさんと一緒の部屋か。失礼ながら、元諜報員としては、よく知らない人と寝るのはしんどいので、ラルクと一緒の方が楽だった…。

 でも、回復魔法について質問できるチャンスかな?

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