第47話 将来の夢
あづちが部室にもどると、すでにそこには赤穂士郎と黒田武史がいて、難しい顔で椅子に腰かけていた。その奥には水戸キナ子が困った様子で立ち尽くし、窓際にはお気楽な感じの田島先生が立っている。
そして、入口のすぐそばには、三津葉葵。
そこにあづちが加わって、剣豪戦隊全員集合という感じだが、なにか雰囲気がおかしい。
「よう、お帰り」田島先生が軽い調子であづちに手を上げる。「桃李少年の方はだいじょうぶだったか? 口止めとかできた?」
「ええ」あづちは軽くうなずいて、奥に入る。六人もいると、案外せまい部室である。「彼、将来は俳優になって戦隊もののオーデション受けるって夢を持ったみたいですよ」
「ほお、そりゃまた、いい方向に未来が変わったな」田島先生は満足そうである。「あ、少年の未来がな」
へんな言い訳も忘れない。
「なにかありました?」
あづちが訊ねると、先生が応える。
「ああ。新しくブルーになってもらおうと思った三津葉だが、やっぱ戦うのはいやなんだってさ」
「ああ、そんなことですか」
葵の加入に懐疑的なあづちはとくに驚かない。
「べつにいいんじゃないですか。そんなの人それぞれの自由ですし」
「でもさ、戦隊はやっぱ五人いたほうが、よくなくない?」
変な日本語で、楽しそうに笑う田島先生。
ちょっと気まずい沈黙がながれ、やがて三津葉葵が口を開いた。
「あの、あたし。あのときはその場のノリと勢いで戦っちゃったんですけど……」
「いや、戦いにノリと勢いは大事ですよ」水戸キナ子が力ない口調でフォローする。「と、モモタロサも言ってます……」
「その……、つられて戦っちゃったんですけど」葵が言いにくそうに言葉を繋ぐ。「あたし、身体は男だけど、女の子として生きようと決めて、それで……」
「だから、ブルーは女の子も多いんですよ」
キナ子はどうやら葵に残ってもらいたいらしい。
だが、沈黙する赤穂士郎と黒田武史は、あくまで葵の気持ちを優先したいといった雰囲気だ。
「子供のころからおじいちゃんにめちゃくちゃ鍛えられて」葵はつらそうな過去を語りだした。「それで毎朝三千本の立ち木への打ち込みしないと許してもらえなくて、学校から帰ったら今度は五千本の打ち込みしないと晩御飯ぬきで……。でも、武術が嫌いなわけじゃないんです。ただ筋肉とかついちゃうと、身体が男の子だから、腕が太くなったり、日焼けとかすぐしちゃうし」
日焼けは関係ないと思うけど。
にしても、毎日八千本の打ち込みってなにそれ。すごいな、この娘。
「だから、剣豪戦隊に入って、激しい戦いをしたら、身体が男っぽくなっちゃいそうで、それが怖くて」
怖いも何も、事実男であるのだが、そこはどうにもならない。だが却ってそこを、なんとか避けて通りたいということなのだろうか?
「いや、鍛えてもそんなにムキムキになりませんって」キナ子がフォローして、自分の腕をまくってみせる。
意外にも白い肌。女性らしいまろやかな筋肉。だが、筋の走りは凄い。キナ子本人は意識していないだろうが、他人が見れば彼女が鍛えているのは一目瞭然の腕だった。
やっぱこの子、ただの戦隊オタクじゃないわ。
あづちは感心するとともに、ちょっと笑ってしまった。
だが、キナ子の腕を見た葵は落胆し、鍛えられたにもかかわらず、白くまろやかなキナ子の、女性らしい肌と筋肉に瞠目し、さらに落胆する。
「いや、キナ子、おめーは女だからさ」
士郎が突っ込む。
「ときに、三津葉さん」
武史がふいに口を開いた。
「三津葉さんは将来はやはり、性転換手術とか受けて女性になる予定なんですか」
どうしてそういう際どい質問を平気でできるのか分からないが、訊いてくれたこと自体は助かる。そこはあづちも訊きたい部分ではあるが、自分ではぜったいに訊けないことでもあるからだ。
「あたし」力強い口調で葵が、顔の前で拳をにぎりしめる。「大人になったら、手術受けて、タマとサオとって、胸を入れてもらうんです! もちろん完全な女の子には成れないし、子供も産めないんですけれど、それでも女の子の身体に近づきたいんです」
「へー」士郎が感心する。「それって、日本でもできるの?」
「いえ、それは外国で。日本ではそういうのまだまだ遅れていて」
「ふうむ」難しそうな顔で、黒田が腕組みする。「先生、一千年後の未来ではどうなんですか?」
「ああ、一千年後か」田島先生が教師の顔で説明しだす。「俺らの時代では、性転換手術は、男子の身体から女子の身体ってパターンは、比較的簡単でさ。性染色体のXの方を消去するんだ。そうすれば、あとはY染色体をコピーしてもう一個つくればいいだろ? おまえらそれ、生物の授業で習ったよな。男と女で性染色体が違うっての。で、その操作でだいたい半年かな? 完全に女の身体になるよ。卵巣も子宮も完璧に生成される」
「えっ! ええっ! ほんとですか」
「ああ、ほんとだ」
シリアスな顔でうなずいてから、やっと田島先生は異変に気付く。
「ちょっとまて、黒田。おまえなんで、一千年後の未来の話なんか知ってるんだ! あっ、さては桃山。おまえ、黒田に話しちゃったのか!」
「いや、みんな知ってますよ」
あきれ顔の赤穂士郎が肩をすくめ、となりで水戸キナ子がうなずいている。
「だって、黙ってられるわけないでしょ」あづちは肩をすくめて開き直る。「だいたい、どう考えても、変でしょ。なんで変身できるんですか。どこからあのスーツでてくるんですかって話ですよ」
「いや、そうだが、それが戦隊ってもんだろう」
「小学生じゃないんだから、それで納得するわけないでしょ」
「いや、小学生でも納得しないって」
士郎がぼそりと突っ込む。
「あたしは先生のこと、ぜったい宇宙人だと思ってましたよ。電磁犬アイジーみたいな」キナ子が嬉しそうに笑う。「でも、未来人もよくあるパターンですよね。タイム戦隊ミライジャーとか」
「お、ミライジャーか」田島先生が嬉しそうに笑う。「ピンクが可愛いよな」
「ですよね。可愛いのに、強くてリーダー格で。しかもちょっとスパルタンで。それが現代人のレッドと恋に落ちて」
「そうそう。それでお互いの気持ちを伝えあわずに未来へ──」
「あのっ!」戦隊談義で暴走しだしたキナ子と先生をさえぎって、葵が大声を出した。「いまの話、本当ですか!」
「え? もちろん本当だぞ。ミライジャーなら、俺、全巻DVDもってるから貸してやろうか」
「いえ、未来戦隊の話じゃなくて」
「タイム戦隊です」キナ子が訂正。「未来戦隊っていったら、
「その、タイム戦隊の話じゃなくて、性転換手術の話です。完全に女性になれるって話!」
「ん? ああ、そっちか。まあ、そのう、俺が一千年後の未来から来たってのはだな……」
「本当なんですね!」
「本当だ。戦隊司令は、嘘つかない」
「やります」
シリアスな顔で、葵が直立し、びしりと敬礼した。
「あたし、ブゲイジャーのブルー。やります」
「お、ほんとか」ぱっと顔を輝かせる田島先生。
「やった」喜ぶキナ子。
「あたし、剣豪戦隊ブゲイジャー、地獄の猟犬ブルーチューイとして、妖怪どもを斬って斬って斬りまくり、一匹残らず殲滅し、人類の未来を守ります。そして、あたしは完全な女の子になる!」
葵は顔の前で、両拳をぎゅっと握りしめた。
その仕草と表情がめちゃくちゃ可愛い。
あづちは軽い嫉妬とともに、ちいさくつぶやいた。
「今でもじゅうぶん女の子だけどね」
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