第25話 剣豪チェンジ!


 そのあとお姉さんは日が暮れるまで、お寺の本堂辺りで荷物を広げて黄色いスマートフォンを取り出し、いろいろといじっていた。

「なにしてるの?」

 ぼくが尋ねると、お姉さんは「うーん」と唸り、スマートフォンを放り出す。

「仲間を呼ぼうと思ったんだけど、通信が繋がらないんだ。さっき生贄にされる女の子の家の前でも試したんだけど、あそこは妖怪が作り出した村人の記憶の世界だから、通話不能だとしても、このお寺なら結界の外だからなんとかなるかと思ったんだけど、甘かった。ここもどうやら天神さまの作り出したマクー空間みたいな異空間の中ってことみたいだね」

「仲間がいるんだ」ぼくは思わず寂しそうな声を出してしまった。じつはぼくには友達がいないのだ。お姉さんはポンコツだけど、ちゃんと仲間がいる。羨ましい限りだ。

「いる。頼りになるのが三人も。でも、今は呼べない」お姉さんは後ろに手をついて上を見上げる。「仕方ない。一人でやるか。まあ、なんとかなるでしょう」

 案外おねえさんはポジティブなのである。 

 




 日が暮れると、田舎の山はぞっとするほど暗くなってしまうため、夕暮れどきに出発した。

 お姉さんはお寺の奥にある石段をのぼり、さらに山の上にある天神社を目指す。どこかでカァカァとカラスが鳴き、なんとも不気味だ。お姉さんに来るなと言われたぼくは、仕方なくこっそり後をつけた。

 細い石段を登り切ると、そこは木のない空き地。下からは分からなかったが、この山はハゲ山であるらしい。空き地の奥に、崩れかけたオンボロな社がある。あれが天神社か。古くて不気味。でも、東京の一戸建てよりずっと大きいから、昔は立派な社だったのだろう。

 お姉さんは辺りの様子を窺いながら、天神社の中に入る。ぼくが慌ててついていくと、「あ」という顔をして文句を言いかけたが、手招きしてくれた。

 お姉さんは一番奥に放り出された賽銭箱の裏側にしゃがみ込むと、人差し指を唇にあててぼくを見る。

「やはり、妖怪だ。妖怪サーチャーに反応がある。外の林の中にいるぞ。天神様なら中にいるはずなのに、外にいるんだから、やっぱり妖怪だよ」

 やがて、外の林でガサガサと木の枝が鳴り出した。風に揺れて鳴っている感じじゃない。なにか巨大なものが、木の上を走り回っているのだ。

「ひょおぉぉぉぉぉ」

「ひょおぉぉぉぉーー」

 笛を吹く様な不気味な声が響く。獣の吠える声と、死者が鳴く声を合わせた様な、不気味な声。その声がふいに笑い出す。

「けけけけけけけけけけけけけけけけ」

「けけけ」

「けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけぇ」

 ぼくは怖くなって、お姉さんにしがみつく。お姉さんはすうっと息を吸い込みながら、ぼくの手をギュッと握ってくれた。

「娘のにィおいがする。生贄のにィおい」

「生贄はまァだぁだ。明日の夜だ」

 何匹かの妖怪が楽しそうに会話している。

「まさか、しっぺい太郎が来たわけではあるまァいなァ」

 お姉さんは突然立ち上がると、猛烈な勢いで天神社の扉を蹴破って、外に飛び出していった。残されたぼくは呆気に取られてしまう。こんな恐ろしげな妖怪たちが集まっている場所に、女子高生のちびのお姉さん一人で飛びこんでいったりしないでしょ、普通!

 外から差し込む青い月光を浴びてシルエットになったお姉さんは、肩幅に足を開くと、手にした何かを勢いよく前に突き出した。

「士魂注入! 剣豪チェェーンジ!」

 肚に響く声で叫んで、飛び出して行く。

 怖かったけど、見に行かないわけにはいかなかった。ぼくは飛び出し、天神社の扉の陰から外をのぞく。

 ちょうどお姉さんの身体を黄色い稲妻が包んでいる瞬間だった。一瞬妖怪にやられた!と息をのんだが、ちがった。

 お姉さんの身体が、雷光の中でメタモルフォ―ゼしてゆく。一瞬の出来事だった。まるで手品のように入れ替わった姿は、黄色いスーツに、金色の籠手とブーツ。頭をおおうイエローの丸いメットには、クマさんの耳。黄色いミニスカートを穿いているが、下には黄色いショートパンツを重ね履きしていて、ミニスカートの前は開いている。そしてぎりっと巻かれた腰の帯には二本の刀。五十センチくらいの脇差はわかるけど、その横に差した大刀は、有り得ないくらい長い大太刀だった。

 あとで聞いたら、刃渡り一メートル、柄四十センチの、全長140センチ。ついでに聞いたお姉さんの身長は149センチだった。

「しっぺい太郎かァ!」

 外の空き地には、目だけが光る異様な黒い影が三つ。身長は二メートルを超え、丸い頭部から、ずどんと布を被せたように黒い闇が垂れ下がっている。姿は夜に溶けてよく見えない。そいつら三体がお姉さんの登場に、身じろぎして身体を揺する。

 その得体の知れない化け物に対峙したお姉さんは、物おじせずに名乗りポーズを決めて叫ぶ。

「剣豪戦隊ブゲイジャー! イエロージンスケ!」

 それに対する妖怪たちの反応は、かすかな安堵が感じられる。

「しっぺい太郎ではないのかァ?」

「しっぺい太郎ではないようだぞォ」

「しっぺい太郎ではないではないか!」

 一瞬身じろぎした右の一体が、風に吹かれたシャボン玉のようにお姉さんに襲いかかる。一足踏み込んだお姉さんは、黒い影を大太刀で抜き打ちに斬り裂いていた。鞘に納まっていたはずの大太刀は、電光の様に抜き放たれている。まるでなにかの手品みたいだった。

「なに?」

 呻いたのはお姉さん、剣豪戦隊のイエロージンスケ。

 お姉さんの刃をすり抜けた影は、そのままお姉さんに体当たりする。二メートル以上の巨体の激突をくらい、ちびのお姉さんは三メートルくらい吹っ飛んだ。黒い影はそのまま宙を舞い、木の枝の上まで飛んでゆく。それにつられる様に、他の黒い影も樹上へ飛び上がり、三体揃って笑い声をあげた。

「しっぺい太郎でないではないか」

「しっぺい太郎でないならば、明日の生贄楽しみだ」

「明日の若い娘の柔らかい身体、みしみしくちゃくちゃ食んでしまおうぞ」

 げらげら笑いながら、樹上を黒い影が去って行く。

 地面に倒れ込んだお姉さんは、つらそうに立ち上がるとメットのバイザーを跳ね上げた。ぼくは慌てて駆け寄る。

「お姉さん、だいじょうぶ」

「ああ、だいじょうぶ。でも、困ったな。ブゲイソードの刃が入らないなら、手の施しようがない」小さく肩をすくめる。

「あいつらを倒せないの?」ぼくは心配になってたずねる。

「そんなことはない」メットの中のお姉ちゃんの目は笑っていた。「なぜなら、正義は必ず勝つからさ」




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