43 蛇剣衆の村 前編

 剣宮辰也が進んでいる獣道にはガス灯が立っていない。

 白蛇神社でもらった提灯が頼りだ。

 しかし足を奥へと進ませる度に、闇は濃くなっていくようだった。そればかりか生えている木々は細く葉もなく、まるで枯れ木である。地面も痩せ衰えて草が殆ど生えていない。地肌が見える。

 生き物の気配は感じるものの、見かけるのは蛇ばかりだ。それも皆、辰也のことを監視しているみたいに感じて気味が悪い。

 常に纏わりついている蛇気も相まって、酷く寒々しくおどろおどろしい光景だった。

「まるでこの世の終わりね」

 腰に差した桜刀ハナは身震いする思いで呟いた。

「ああ。ジャジャの支配が進めば世界中がこのようになるのかもしれんな」

「うん。こんな中で人が生きていけるとは思えないよ。白蛇様が言っていた通り、この星は死滅に向かっているんだと思う」

「それもこれもジャジャを倒せば解決する」

「うん。負けられないね」

「ああ」

「それよりも。辰也、後ろだよ」

 それには答えずに、辰也は右手一本でハナを引き抜き、振り向きながら背後に一閃。後ろから踊り掛かった男の胴体が引き裂かれ、赤い血を撒き散らしながら倒れ込んだ。相手は刀を持っている。蛇剣衆である。

 続けてもう一人が、闇の中から斬り掛かってきた。ゆるりと避けて、無造作に斬り払う。

「……まだいるか?」

 刃に付着した血を振り飛ばし、尋ねた。

「ううん。今は付近にいないみたいだよ」

「そうか」

 と呟いてハナを納刀する。

 先ほどからずっと、時折蛇剣衆が襲いかかってきていた。その全てを切り伏せてここまで来たのだった。祝福持ちが来ないのは幸いだが、こうも断続的に襲われては無駄に時間を食うだけだ。

「焦ったら駄目だよ」

 ハナの忠告が入った。まるで辰也の心を読んでいるみたいである。

「分かってはいる。だが、今も島が危機に晒されていると思うと……」

「それでも、だよ」

「……ああ」

 辰也は頷いた。

 

 一時間ほど経過した。

 二人の蛇剣衆と辰也は切り結んでいる。

 同じ顔、同じ服装で、背丈も同じ。双子だ。祝福持ちではないが、相当な手馴れである。

「蛇剣術蛇走り!」

 そう叫んだ一人の刃の切っ先が地面を擦らせて右に左に走ってくる。

「蛇剣術飛蛇!」

 さらにもう一人は飛び跳ねて、刃を辰也の頭上へ叩き込もうと振り下ろしてきた。

 蛇走りの方は砂塵と共に切り上げる。

 二点同時攻撃。それを合図もなしに行っている。双子だからこその連帯だ。仲間との連帯を行うという蛇剣衆の例外。

 どれほどの強者であろうとも、一本の刀で同時に繰り出された剣を防ぐことは叶わない。この双子の必殺の技。

 刮目した辰也はさっと胸に左手を差し伸ばした。

 次の瞬間、剣戟の音が二つ同時に鳴り響く。

「な!」

 驚愕の声が重なって聞こえた。

 辰也は蛇走りをハナで、飛蛇を山辺彩の形見である小刀で防いだのだ。

 すぐさま後ろへ双子は跳ねた。それから目まぐるしく立ち位置を入れ変えながら辰也に向かってくる。

「蛇剣術!」

 二人の声が重なった。

「飛蛇!」

「蛇走り!」

 今度は正面からではなく、右左からの同時攻撃だ。これならば両方を見ることはできない。ならば片方を防げても、もう片方は防げない。

 だが、瞬間、辰也は前へと駆けた。

「うわ!」

 二つの驚きの声。お互いが繰り出した刀を慌てて停止させる。けれどもそれで手一杯。体は止まらず、ぶつかり合った。

「貴様! 止まりやがれ!」

「お前こそ!」

 そうして二人は刀で切り合い始めた。

「……ねえ、この二人って、馬鹿なの」

 ハナが呆れた様子で呟いた。

「言うな……」

 そう返して、辰也は緩やかに近寄った。

「おい」

 声を掛けると、血相を変えてこちらに刀を向ける。

「お、お前! そうか計ったな!」

 などど息ぴったりに言って襲いかかってきた。

 前に出る辰也。向かうは飛蛇を使う蛇剣衆。

 彼がちょうど飛ぼうとした時だった。辰也は右手のハナで薙いだ。

 刃は相手の腹を掻っ切って、大量の血を吹き出させる。

 背後から蛇走りが襲いかかってきた。横に回りながら躱した辰也は、そのまま間近に肉薄し、小刀で相手の喉笛を掻っ切る。

 それで双子は事切れた。

 辰也は小刀を仕舞うと、地面に置いておいた提灯を手に取る。

 その刹那。背後の木陰から息を潜めていた一人の男が音もなく切り掛かって来た。

 辰也は振り向きながら一閃すると、相手の手首から先が斬り飛んだ。

「ぐあっ」

 敵の叫び声を浴びながら、返す刃で首を断ち切った。

 それからようやくハナを鞘に収める。周囲にはもう気配はない。

 辰也はふう、と息を吐いた。

「切りがないね」

 とハナが声を掛けた。

「ああ」

 肯く辰也。休憩もそこそこに再び足を進めていく。

 すると唐突に、提灯の明かりが切り取られて闇が広がった。

 はっとした辰也が足を止めると、爪先が地面と接していなかった。代わりにぱらりと小石が闇の中へと消え失せる。

 提灯をかざすと、切り立った岩崖が足元からかろうじて見えた。

「この下だ。ジャジャはこの下にいる」

 ハナは緊迫した声で告げた。

 目を凝らしてみると、闇の中で点々とした明かりが辛うじて見える。

 おそらくは蛇剣衆が住むと言う村があるのだろう。不気味な気配が漂って来ていた。

「行くぞ」

「うん」

 崖に沿って暫く歩くと、下に続く道を見つけた。一人がようやく通れるぐらいの道幅で、ごつごつした岩肌が剥き出しになっている。

 辰也は一拍間を置いた。ここで襲われれば逃げ場はない。足場が悪い上に急な角度で、ほんの少しの油断が命取りとなる。

 それでも他の道を探している余裕はない。それにもっと良い道があるとも思えない。

 辰也は進んだ。一歩踏み出しただけで道が欠けた。細かな岩の欠片が崖下へぱらぱらと落ちていく。いつ崩れてもおかしくないようだ。天然の罠である。

 中程まで降りると、案の定前から一人の男が登って来た。彼は何も言わずに刀を抜いた。背後からも男が追って来ている。その男の手にも刀が握られていた。

 辰也は足を止めてハナを引き抜く。油断なく前後を警戒しながら手早く提灯を置いた。

 彼ら二人は、お互いの呼吸を合わせながらゆっくりと近寄って来ていた。

 蛇剣衆たちの個人主義はもはや瓦解している。ジャジャを守るため、なりふり構っていられないのだろう。

 辰也は自ら攻めに出ない。待ちに徹している。

 じり、じりと差を縮めていく蛇剣衆。だが、前方の男が痺れを切らした。一挙に前に出る。遅れて後ろの男も慌てて前へ。

 前の男が面打ちを放ってきた。それを辰也はハナで下から斬り上げて刀を弾き飛ばす。続いて迫って来た背後の男の顔面を、振り向きながらハナで薙いだ。

「くっ」

「ぎゃっ」

 呻き声が二つ上がる。だが致命傷には至っていない。

 後ろの男は苦しみながら顔を押さえている。問題は前の男。徒手空拳で襲いかかってきた。

 辰也は右手で持ったハナで左の脇下から突いた。

 まさかそんなところから刃が出てくるとは思わず、男は意表を突かれた。対応が間に合わない。

「がっ」

 ハナの切っ先が男の心臓を貫く。

 すぐに引き抜くと、男は体勢を崩して落下する。

 顔を切られた男は、仲間をやられたことで我に返った。血塗れになった顔面のまま、雄叫びを上げながら刀を振るう。

 即座に体制を整えてハナで受け止めた。相手は力と体重を込めて押し切ろうとしている。だが辰也は微動だにしない。そればかりか逆に押し返した。

「ぐわっ」

 と退く男。あやうく崖から落ちるところを辛うじて堪える。

 辰也は逃さずに肉薄する。そのまま袈裟懸けに斬った。

 力尽きた男は膝から崩れ落ち、そのまま崖を転がるように落ちていった。

 もしも、と辰也は考える。もしも、先の双子が相手であれば危なかったかもしれない。

 徹底した個人主義の弊害で、蛇剣衆たちは連携に慣れていないのだ。付け焼き刃の動きで辰也を止められるわけがないのである。

 辰也は提灯を拾い上げた。目指すは下に広がる村である。


 じっくりと時間をかけて、ようやく崖下に降り立った。

 まず初めに感じ取ったのは、隠す気のない剥き出しで濃密な殺気である。全身を容赦無く貫いてきた。

 村はガス灯が立っていて、闇の中から彼らの姿を炙り出す。辰也の動きを察していたらしく、すでに大勢の蛇剣衆が待ち構えていた。

 彼らは一様に鬼気迫る表情で、めいめいが武器を手にしてすでに臨戦体制である。

 辰也は提灯を放り投げた。くるくると回転しながら弧を描き、地面と衝突する。提灯を包んでいた和紙が、中に入っていた蝋燭で引火して燃え上がった。

 それを合図に、蛇剣衆たちが一斉に襲いかかってきた。

 いの一番に接近してきた一人を居合で切り捨て、続いて返す刃で二人目を袈裟懸けにする。

 蛇剣衆に怯む様子はない。むしろ一層勢いづいて、辰也に躍りかかる。

 辰也は空の境地を発動。群れの中へ果敢に突入した。

 視界に映る全てが敵。老人から年若き者。男も女も敵だ。

 辰也は斬って斬って斬る。

 斬りながら進む。誰も彼の足を止められない。誰も彼の刀を防げない。沸き起こる血煙がガス灯の光で妖しく輝く。

 返り血で赤く赤く染まっていく。辰也は斬って進むことしか考えていない。黒蛇ジャジャの元へと辿り着く。ただそれだけだ。ただそれだけのために、老若男女関係なく、あらゆる敵を屠っていく。

 だが体力は一人斬るたびに確実にすり減り続けていく。精神も削れていく。

 その時、であった。

「辰也! 何かが来る!」

 ハナが叫んだ。

 間髪入れず上から大きな影が落下して、蛇剣衆の一人を頭から股先まで真っ二つに裂いた。

 影は巨漢の男であった。手に持っているのは長柄の斧。

 さらに影がもう一つ疾駆してきた。手にしている錫杖で敵の脳天をかち割る。

 その影は小太りの男。

「待たせたな!」

 二人は同時に言った。

 辰也は驚きで目を見開き、思わず足を止めた。

 巨漢の名は土倉平太郎。

 小太りの名は野木松吉。

「我ら修験者、剣宮辰也殿に加勢いたす!」

 あちこちから大きな声が響いてきた。

 見れば、修験者たちが、蛇剣衆と戦っているではないか。

「共に憎きジャジャを倒そうぞ!」

 松吉と平太郎は目前の敵を倒しながら吠えた。

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