第8話 孤独を癒すラーメン


 それは全く突然のことだった。

 ツレがいなくなってしまった。

 にぎやかで明るくなっていた部屋、それが元通りの空虚な空間に戻っていた。


 まるで白昼夢でも見ていたようだった。

『大事なものは失ってはじめてわかる』

 よく聞く話だが、まったくもってその通りだった。

 

「まだあきらめが付くタイミングだっただけマシななんだろうな」

「それに一人の気楽さには慣れてるしさ」

「やっばり他人と生活するのは向いてないのかなぁ」


 気づくと誰にともなく話していた。


 すっかり日も暮れ、電気をつけ忘れた部屋は薄暗い。   

 と、小さくお腹が鳴った。

 そういえば昼ご飯も食べていなかった。


「こんな時でもお腹だけは空くんだよな」


 そうだな、こんな時はラーメンがいいかな。

 うん。久しぶりにラーメンを食べたいな。


「久しぶりにあの店にいってみようかな? 自分で作ろうかな?」


 まぁ時間だけは持て余しているわけだし。


 とりあえず財布をもって靴をひっかける。

 扉を開けると空一杯にオレンジ色が揺らめいていた。

 もうすぐ晩御飯の時間なのだ。


「……あいつ、お腹すかせてないといいな」



 📞 📞 📞 📞



 もう五日も寝たきりになっているのは砲弾の破片がぼくのおなかをつらぬいたから。

 ついてないなと仲間たちはいうしぼくもそう思うんだけれど、町のまんなかに落ちた砲弾のすぐそばにいながらまだこうして生きているのは、じつは幸運なんじゃないかとも思う。


 けがを負ったぼくに、仲間たちはやさしい。

 ごはんはあいかわらず乏しいけれど、そんななけなしの食べものをぼくに分けてくれたりなんかして。いつもはいじわるしてくるひとつ上の子なんか、血だらけのぼくを背負って医者のとこまで連れてってくれたぐらいだ。いまこの町で、医者なんていってもたいした治療ができるわけではないけどね。

 おかげでからだは痛んでもむしろ以前より快適だといえなくもないんだ。


 でもやっぱり食べものは足りてないみたいで、ずっとおなかがぎゅるぎゅるいってる。ごはんのことはなるべく考えないようにしなきゃ。考えたっておなかがふくれることはないもんね。

 あの男のひとの家へもしばらく行っていない。寝たきりなんだから行けるわけもないんだけど、じゃあ歩くことができたらあそこへ行けるのかってゆうと、そこはさだかじゃない。


 どうしてぼくはあの家へ行くことができるんだろうって、今日は考えてた。

 はじめてあの家へ行った日、ぼくはずっとごはんを食べてなくって、ごはんのことばっか考えながらあてもなく歩いてた。今から考えると、そのときぼくは白いもやみたいなものにかこまれてたんだけど、ぜんぜん妙だとも思わなかったのがふしぎだ。

 気がついたらぼくはあの家の前にいた。すぐに扉がひらいて、男のひとが、すっとぼくを家に入れてくれた。そのしぐさがあんまり自然だったから、ぼくはなんにも疑わないで、するっとすべてを受けいれたんだ。


 それから何度かあの家へ行ったけど、どんなからくりでぼくがあそこへ行けるのかはわからない。ただいつも、ぼくはおなかをすかしていて、ぼおっと歩いてる。すると白いもやがぼくをつつむ。こんなの、だれも信じないけどね。ぼくだって、自分で何度も経験してなきゃ信じない。

 子供だましのおとぎ話にうらぎられるのは、もうたくさんだ。ぼくたちはみんな、これまでうらぎられつづけて、そんな夢のような話は存在しないって知っている。こんどこそはほんとかな、って信じて痛い目にあう仲間を、数えきれないほど見てきたから。


 でも。それじゃ今の状態を、ぼくはどう理解したらいいんだろう。

 寝たきりのぼくの目と鼻のさきに、見おぼえのないお椀がある、この状態を。


 今日は雨の降ったせいでみんな目ぼしいえものを見つけられなかったみたいで、まだだれもごはんをもって来てくれない。自分の食べるものさえままならないんじゃ、仕方ないよね。

 ぼくはおなかがすいてすいて、雨までからだから熱をうばっていくから、今夜はねむれそうにないなって思ってた。


 気がつくと、ぼくのよこにお椀があって、スープが湯気をたてていたんだ。

 首をあげて、なかを見ると、そこには麺が入って、お肉に野菜に卵まで。スープは変わった匂いだけど、これは美味しいって直感でわかる。

 どうしてここに? なんて考えもしないでおもいっきり食らいついた。麺があつあつで口のなかやけどしちゃったけど、そんなのいいや。


 一気に食べおわったとき、仲間がひとり、食べものをもってやってきた。自分の分だって足りないだろうに、そのすくない食べものをぼくとふたりで分けようと。

 なんでぼくは、仲間の分を残しておかなかったのかな。自分が恥ずかしくって、消えたくなる。


 かれに合わす顔がなくって目をつぶると、またスープの匂いがしたんだ。

 目をひらくと、そこにはまた麺の入ったお椀があって、スープが湯気といい匂いをたてている。そんなことがどうしてあり得るのか、まったくわからないけどもう考えるのはやめだ。


 しばらくすると、寝たっきりのぼくのまわりに仲間がたくさん集まって、麺のお椀もたくさん並んでた。


 その夜はたのしかった。こんなにはしゃいだ夜は、もしかしたら生まれてはじめてだったかもしれない。


 白状しなきゃいけないな。

 ぼくらはみんな、もうぜったいだまされないぞって口ではいいながら、心の奥ではおとぎ話を信じたくって仕方ないんだ。


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