第7話 一皮むけました。 その3

「結婚二年目を過ぎてのご感想は?」


二年目の感想?

どうだろ……。結婚記念日に雄也からすっぽかしを食らったことを、まだどこかで根に持っていた私は

「べ、別に何とも……」

「ふぅーん」と彼は鼻ですかす。


「なんですか、その意味ありげな反応は?」

「別に……」


別にって、なんか気になるんだけど。何か変? 何か私から感じ取っているのだろうか。この人は。


「ま、回りくどいこと言っても多分、面倒だから、単刀直入に言うと。上野さん、ご主人に不満を今持っているんじゃないですか?」

「不満って、その……。の、ことでですか?」


「いや、セックスのことだけじゃないんですよ。日常の生活全般においてですよ」

なんか鋭い刃物で私の胸の内に秘めていた袋に、穴をあけられたような気がした。


何故そんなことを彼は聞いてくるんだろう。確かに結婚して二年目の夫婦についての取材。当然彼のスタンスから想像していた質問の種別は思っていた方向に流れているのは感じている。


だが、どうしてこの人は、私の奥に潜ませているもやもやをこうも見抜くようなことを言ってくるんだろう。

そんなに私って表に出しているんだろうか?


雄也に不満。全くないといえばそれは嘘になる。確かに気がかりなところは突けばいくらでも出てくる。

それに最近は、なんか、距離を置かれているような。と言うか、私が距離を置いているのかもしれないけど、べたべたすることもなくなったような気がする。


居て、当たり前。


傍にいてくれて当たり前の人になりつつあるのかな。そんな感情が芽生えてきているのも確かだ。

お互いに冷めてきたという訳ではないが、落ち着いてきた感じはする。


いつまでもベタベタのバカ夫婦は、していられないということなんだろう。

それならそれでいいんだけど。


そんなことを自問している私の姿を、じっと彼の瞳は挙動せずに見つめていた。

「な、何ですかそんなに見つめて……。あ、もしかして先生また変な気起こしてきたんじゃないんですか? そうやって、私を誘導しようとしていませんか?」


「へっ? 誘導って。あははは、まだそんなこと気にしてたんだ。それじゃ言わせてもらうけど。そう言うこと、気にしすぎているのは上野さんの方じゃないのかなぁ」


「そう言うことって、でも……」

とっさに反論しようとしたけど、なんか言葉が出てこなくなる。


「実際さぁ、上野さんの方こそ求めているんじゃないのかなぁ。あ、気に障ったらごめんね」


ズキンと胸が痛かった。


何? なんなの? どうして私が求めなくちゃいけないの?

確かに毎日。ていうのはもうないけど。雄也とだって、それなりに愛の営みはある。


まだ結婚して二年目だよ。これから何十年も一緒にいるんだよ。

それを思ったら、まだ私達って新婚じゃないの?


新婚――――そう思いこませようとしている自分になんとなく気が付いていたけど。

もうそういうのは終わったんだということを認めたくないだけ。


「もしさぁ、上野さんの旦那さんが浮気していたら。君はそれを許せるかい?」


「はぁ? 雄也が浮気!!」

思わず声に出してしまった。


そんなことは絶対にない! 私は信じている。雄也が浮気だなんて、そんなことみじんも思ってもいないこと。

「そんなこと絶対にないですから。許すとかそう言うことなんて論外と言うか。答えになりません」


湯飲みに手をかけ、ごくりと残っていたほうじ茶を一気に喉に流し込んだ。

かなりぬるくなったお茶。

しまりのない感じの、どこにでも抜け出ちゃいそうな緩い感じがした。


「彼はつぶやくように「そうか」と返した。

「それじゃぁさ、もし、上野さん。あなた自身に浮気が出来る条件がそろったという表現はおかしいかもしれないけど、そう言うことが出来ちゃうという環境になった場合。君は浮気をするかい?」


「わ、私が……。浮気」

考えてもみなかったことだ。


自分が雄也を裏切って、ほかの男の人を愛するなんて……ありえない。


そう雄也が浮気することも、私が浮気することもあり得ないことだと今の自分はそう思っている。


「やっぱり春日先生、私を誘惑しているんじゃないんですか。そうやって、気を引こうとしているんじゃないんですか。もしこれ以上のことを言ってくるのなら、私帰りますけど」


「そうかなぁ。僕は上野さんに対してそう言う思いは一切ないんだけど。あくまでも仕事のパートナーとしか思っていないんだけどな。――――でもさ、そう言うシチュエーションを描き望んでいるのは君自身の方じゃないのかなぁ。多分だけど」


そんな。私が浮気を望んでいるなんて……。


ありえない。

でも、本当にそうなんだろうか?


視線をきっと春日先生に向け。



「先生。ほうじ茶、お代わりください。熱いのを!」

なぜか熱いほうじ茶を体が求めていた。

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