新人くん

モリナガ チヨコ

第1話 新人くん

「なんですかこれは…」

「そこに工場の倉庫があっただろ。老朽化で取り壊しするってんで。これ、ご自由にどうぞって置いてあったんだよ」

「…、で? これ、家に置くんですか?」

「ああ。見守りロボットだそうだよ」

「見守りって言ったって…気持ち悪いですよ」

「そおかぁ?リアルでいいだろう。説明書によると、外から見える窓辺に座らせて置くと防犯になるんだってよ。これからちょっと設定してみるよ。パソコンや家電と連動するって言うから。電気消したり、エアコン入れたりできんじゃないかな。そしたら便利かもよ」


夕飯の準備がととのったところで妻の朝子は二階の夫に声をかける「ごはんできましたよー」豊が冊子片手に降りてきて「だいたいできたよ」とテーブルについた。

「ちょっと、座る前に手を洗って。これ、運んでくださいな」

「ぁ、うん。 そういうのもそのうちあの新人くんがやってくれるようになるかもよ」と薄い取り扱い説明書をテーブルに置いて豊は洗面所に向かった。


豊はもうすぐ70歳。長年勤めた会社を5年前に退職してからのんびりと暮らしている。

腰痛はあるが体は丈夫なほうで、退職後の生活はなるべく地域活動等に参加し、何か町内で役に立てればと思った事もあったが、改めて人間関係を観察してみると、案外まだ豊よりも年上の人が仕切っていることに気がついた。そしてその方達の役目を奪ってはいけないような気がして。地域活動参加は見送った。

他に趣味でカメラ。自転車などあったが。

あっという間に、やり尽くしたな…。という気持ちになり。

結局なんとなくのんびりぶらぶらと暮らしているのだが…、

実は最近、朝子の様子が気になっている。

まだそんな年では無いと思うのだが、物忘れがひどい。そして朝子は教師をしていたこともありキチンとした性格だったがこのところ家の片付けができなくなっていると感じるのだ。

「ただの老化なのか、それとも認知症なのか」そんな心配を抱えながら、なるべくこのまま二人の生活を続けていきたいと願っていた。


「しんじくん?」

洗面所から戻るとポテトサラダの器を持った朝子が話しを続ける。

「いや、しんじんくんだよ。ほら、この説明書に書いてあるだろ。『新人くん』って」

「あらやだ。あのおじさん人形にそんな名前ついてるの?」と、新玉ねぎがたくさん入った生姜焼きのお皿も渡された。

「そうだな。あのおじさんって感じの人形に『新人』は無いよなアハハ」

朝子も笑って「さ、ごはんにしましょう」とごはん茶碗に炊きたての豆ご飯をよそった。

グリンピースの緑色が鮮やかな朝子の得意のご飯である。朝子は年に1度この豆ご飯を作る。豊は豆ご飯は好きではなかったが、朝子がなぜか嬉しそうに作るので、もう何年もこの行事に付き合ってきた。そして今年は、朝子が忘れずにこの豆ご飯を作った事にほっとして居るのだった。


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