第1話-10

 時間を遡り、前日の夜。魔祓い師たちは五番街の教会で銀の弾丸や聖水などを集められるだけ集め、戦いの準備をしていた。本来なら食事をするための長いテーブルの上に小道具が並べられると、魔祓い師たちは渋い顔をした。

「これしかないのか」

「これだけあった、と思おう。ないよりは良い」

星見の娘を取り返そうと躍起やっきになったは良いが、冷静に考えればそもそも街全体が黒い悪魔の縄張りであり自分たちが圧倒的に不利と言う事実がひっくり返ることはない。

「あの黒い悪魔が古い神の血筋だと言う話は本当なのか?」

「そもそも、我々はその話を誰に聞いた?」

「え? あれ? そう言えば……」

「若干記憶がぼんやりしているな……。しかし、全員が同じ事を聞いている。夢ではないだろうが罠でもあるまい。更に自分たちの足で調べる必要があるな」

「まずは敵をよく知らねば。その上で攻撃も仕掛ける。最終的な目標は星見の奪還だ。生き残って教会へ娘を届ける事を優先しろ」

「ああ」

「わかった」


 夜が明けてから魔祓い師たちは泊めてくれた司祭に礼を言い、一般人に見つからないように姿くらましの魔術をかけて移動を始める。

「二手に分かれよう」

「リスク分散だな。わかった」


 街の成り立ち、伝記や神話を調べるなら図書館は最高の場所だろう。五番街の教会は建てられたのが比較的近年で土地に関する資料は一切納められていなかった。図書館で勉強をしている様々な年齢の学生を避けながら三人の魔祓い師たちは伝記を読み漁っていく。

「街の名の由来程度であまり細かい事は書いてないな……」

「古書を扱っている店へ行った方が早いかも知れんな」

「サンセットヒルシティの成り立ちが知りたいの?」

隣で本を読んでいた青い髪の若者がこちらを見て微笑んでいる。ペンキをこぼしたような不自然に鮮やかな髪は染め物ではなく地毛で、瞳もピンクに近い鮮やかな赤だ。そしてその若者は欲を抑える訓練をした神父たちでさえクラッとするほど美しく整っていた。たとえこの美しい顔を人の手で作ったとしても、これほど整わないだろう。

「!?」

(う、美しい……!)

「おじさんたち、どうして魔術なんて使ってるの?」

「しっ! 静かにしろ!」

「えー、んぐ」

魔祓い師の一人が青年の口を塞ぐ。

「我々を見た事は誰にも言うな。さもないと……」

青年は面倒くさそうに首を振って魔祓い師の手から逃れた。

「んむぁ。さもないと殺す? いいよ殺しても。俺悪魔だし、早々死なないけど」

「!?」

驚いた魔祓い師たちの表情に、青い髪の青年はニンマリとした。その笑顔はどこかデイヴィット・ドム・デイモンに似ている。

「馬鹿だねえおじさんたち。街の領主が悪魔なんだから親族が街にウヨウヨしてるのは当然だろ? おっと、待ってよ。ここで武器抜いてどうするのさ?」

知るはずのないことをペラペラと喋る青年は、聖なる武器を向けられてもニコニコとしている。

「……なんだ、お前は」

「俺? 俺はレイ。レイ・ランドルフ・ローランド。<火の一族>の一人さ」

「なに!?」

レイは魔祓い師たちにクスリと微笑んで見せる。

「サンセットヒルシティの成り立ちと言うか神話が読みたいならこの図書館じゃダメだよ。DDタワー、デイヴィットの所蔵するの図書館に行かないと。ついておいでよ」

「ま、待て。何故我々に協力する?」

「だって」

歩き出しかけたレイは首だけ振り返り、ニイっと笑う。

「面白そうなんだもの」


 通称DDタワー。デイヴィットの有する会社が収められているこの施設は街の端、丘の上にありながら人がよく訪れている。タワーは十階付近までは太い建物が四本立ち、その間を見通しのいいオフィスエリアが埋めている。近代的なガラス建築だ。そのガラス張りのオフィスビルの中央を貫いてそびえ立つ二本の塔は雲がかかりそうなほど高い。サンセットヒルシティでは有数のランドマークだ。

 魔祓い師たちはレイにひとまずデイヴィットと対立している旨だけを伝え、鼻歌まじりに歩く青い髪の若者の後をついて行く。

「大丈夫なのか? 堂々と入って……」

「透過魔術かけてるんだし平気でしょ。人の往来おうらいが多い場所の方がデイヴィットは戦いたがらないよ。もし見つかってもここなら大丈夫」

「何故そんなにあの男に詳しい?」

「親戚だから。俺の曽祖父ひいおじいちゃんとデイヴィットのお爺ちゃんが兄弟なんだよ。つまり、俺の母さんとデイヴィットがはとこ同士。俺はデイヴィットからすればはとこ甥」

「お、お前身内を売るのか……!?」

「俺が協力したところで君たちが不利な事に変わりはないからね」

事実をズバリと突きつけられ、魔祓い師たちは閉口する。

「DDタワーには入館証が要るんだけど、おじさんたちはから必要ないね」

「お前は持ってるのか?」

「持ってるよー親戚だもの」

 レイは守衛の近くへ行くと、笑顔で手を振って裏口を開けてもらう。

「顔パス……」

「そう、身内っていう入館証」

レイは普段のようにデイヴィットに会いに来た態度を続けながら魔祓い師たちを館内に誘う。

「意外とガバガバだな……」

「なあ、こんなにガードがゆるいなら奇襲かけた方が早いんじゃないか……?」

「ああ、それは止めた方が良いよ。奇襲そのものにはこの建物は強いんだ。そもそも結界でガチガチだしね。おじさんたちが居るここはまだ一般人が入れる範囲だよ」

「関係者じゃないと入れない領域があるんだな?」

「そう言うこと」

レイは魔祓い師たちに最上級の人懐こい笑顔を見せる。

「図書館はこっち」

「あ、ああ……」

エレベーターに向かって歩き出したレイの後ろで魔祓い師たちはひそひそと話をする。

「なあ、なんか随分ゆるい顔の子供だな。本当に悪魔なのか?」

「若者だから現代っ子なんじゃないか?」

「うーん……」


 レイはオフィスエリアへ繋がるエレベーターとは別の、古く小さなエレベーターに乗り込んだ。鋼の箱は九階にたどり着くとその口を開く。

「着いたよ」

ずらりと並ぶ本棚の群れ。エレベーターを入ってすぐの天井には部署名を示すネームタグが吊り下げられていた。

「……資料室って書いてあるぞ」

「うん」

「図書館って言ってなかったか?」

「図書館だよ」

「……どっちだよ」

「どっちでも正解だよ。ここにはこの街の神話の原本があるんだ」

「ええっ!?」

「……やはり神話は神の系譜が所有しているのか」

「ん? 神?」

「ああ、いや……」

顔を見合わせ魔祓い師たちは頷き合う。

「この街の悪魔は古い神の系譜だと聞いたんだが」

「ああ、何だ。そこは知ってるの?」

「やはりそうなのか?」

「そうだよ。でもずっと昔の話だ。<火の一族>は悪魔になって久しいから銀の弾丸とか聖水とか、そう言う魔祓いの道具は効くよ」

「さらりと有益な情報を言うね君は」

「だって嘘ついてもつまんないし」

(この子供本当に面白いかどうかで動いてるぞ……)

(あの悪魔大丈夫なのかこんなのが身内で……)

 レイはまたも受付と守衛に対し顔パスで資料室の奥、持ち出し禁止の本が収められている場所に入って行く。その最奥、いかにも厳重に収められた分厚い大きな本がガラス戸の向こうに姿を現す。しっかりとした木の脚を持つ書見台の上に置かれた本は高さのない書架に囲まれている。聖書の原本のような佇まいに魔祓い師たちは思わず唾を飲み込んだ。

「こ、これか……」

ガラス戸は鍵もなく三人の入室をあっさり許した。

「そう。俺が順番にめくるから頑張って読んでね」

レイがゆっくりページをめくり始めるものの魔祓い師たちは困惑した。

「な、何語だ……?」

「まぁ読めないよね」

「お前、我々が読めないとわかっていて……」

「そりゃ原本だもの。古代語に決まってるじゃない。ちなみに俺も読めない。君たちも英語が母語でも古英語は読めないでしょ」

「ここへ来た意味がないぞ!」

「そうだねえ」

(なんだこいつ……)

「うふふふふ」

「いや、笑ってる場合ではないのだが……」

「おじさんたち喜怒哀楽激しいから面白くて」

レイは悪戯が成功した子供の顔、にしては邪悪な笑みを浮かべた。

「おい、馬鹿にしてるのか?」

「ああ、ごめん。馬鹿にはしてない。純粋に面白がってる」

(本当に何だこいつ……)

「なあ、ええと……。レイ、だったな」

「うん、なぁに?」

「むしろこんな貴重な本がなぜ国際的に知られていない? そちらの方が疑問なんだが」

「それは簡単な話だよ、これ個人所蔵なんだ。デイヴィットのご先祖様が財産として直系の子孫にずっと与えてきた物だから外部には公開されてない。しかも本来なら身内以外この資料室には入れないからね」

「な、なるほど」

「いま眺められるだけ貴重と言うことか……」

レイはめくったページを戻し、書見台の上を元の形に戻して踵を返した。

「持ち出し禁止だしね。持ち上げた瞬間、警報と魔法が動いて中にいる奴は亡霊だろうが生物だろうが閉じ込められる。身内にも容赦なし」

「怖え……」

「ま、見ただけ見たってことで帰ろうか」

レイは早々にガラス戸に手をかけ資料室の最奥から出ようとする。

「ちょ、ちょっと待て! それでは本当にここへ来た意味がない!」

「そうだ。せめて何かしらの情報を掴まなければ……」

「いや、粘ってもここに居る意味は本当にないよ。もう少し協力してあげるからここは諦めて」

「……もう一度聞くが、何故我々に協力する? 待て、面白そうだからと言う理由ではなく、だ」

「んー、暇つぶし?」

「暇つぶしで身内を売るのかお前は!!」

「おじさんたちって三人だけ?」

「え?」

「いや、もう少し仲間は居る。……それがどうした?」

「十人いるかどうかわからない人間がデイヴィットに刃向かおうと頑張ってるって知ったら、ねえ? 多少は舞台に立たせてあげたいじゃない」

「……お前の協力がなければ我々は奴と同じステージにすら上がれないと?」

「分かり切ったことを聞くね。そうだよ」

レイはまたふんわり微笑む。

「ほら、俺より先に部屋から出ないと閉じ込められちゃうよ」

「お、おお」

 レイより先に資料室から出たところで魔祓い師たちはこそこそと話をする。

「伊達に古い神の血筋ではないと言うことはわかったな」

「そのようだ。悪魔ならどれだけ凶暴だろうがはらってきた我々でも話にならん。そう言う事だろう……」

レイは話に集中していた魔祓い師たちの間ににゅるっと体を差し込んだ。

「おじさんたち、隠れ家はあるの?」

「背後からぬるっと出て来ないでくれるかな!?」

「あははは」

屈託のない笑顔を見せたレイに、魔祓い師たちはとうとう気を緩めてしまった。

「隠れ家、と言ったな。正直なところ身を隠せる場所は見つけていない」

「じゃあ良いところ教えてあげる」

「本当か!」

「うん」

「ああ、ありがとう」

「どういたしましてー」


 魔祓い師たちは川の近くの高架下へ連れて行かれた。そこは人の往来が激しく監視カメラが少ない場所だった。街路樹に隠れるようにして大人が一人通れるかどうかと言う大きさの扉が存在している。この高架下をもう少し進めばデイヴィットがよく知るデール爺の青いビニールハウスへ辿り着く。それを知っているのかどうか、レイはこちらを遠くから見張る防犯カメラに視線を向けるとニイッと口の端を上げた。

「ここね、俺が小さい頃の秘密基地だったんだよ」

魔祓い師たちに悟られないよう表情を普通の笑顔に戻したレイは彼らに優しく微笑んだ。

「なるほど」

「待っててあげるから今のうちに仲間に連絡しなよ。中に入っちゃうと通信手段使えないよ?」

「あ、ああ。わかった」

一人が連絡係として仲間を呼びに行く。その背中を見送ってからレイは残った魔祓い師に話しかける。

「そもそも、なんでデイヴィット相手に戦おうとしてるの?」

「ん? ああ。我々が運ん……連れていた聖女を奴にかすめ取られてな」

「あらぁ、災難だったね。じゃあ戦うと言うより救出作戦なのかー」

「そうだ。だから生き残った上で聖女を取り返さねばならん」

「大変だね。応援してあげる」

「そうしてくれると助かる」


 残りの魔祓い師も合流し軽く自己紹介を済ませたレイは高架下の扉を潜って行く。どこにこんな広い空間があったのだろう? 狭い階段を下りた先には円形の舞台のような広場が姿を見せる。コンクリートが剥き出しの空間は異邦者を拒むこの街にふさわしい冷たさを放っていた。

「……我々が使っている儀式部屋に近いな」

「ああ」

「へえ、そうなの。じゃあ昔は儀式に使ってたのかもね」

「ここは、誰も来ないんだな?」

「来ないねえ。俺と以外は」

ネズミと言う単語を額面通りに受け取った魔祓い師たちはふっと息を吐いた。

「なるほど。それなら一息つけそうだ」

「ああ、そうだね。くつろいでいて良いよ。おじさんたちご飯は食べた? 何か持ってくる?」

「良いのか?」

「ここまで手を出したし、それなりに面倒は見るよ」

「ありがたい。そしたら、手軽に食べられる物をお願いする」

「はいはーい」

レイが出て行ったあと魔祓い師たちはようやく段差に腰を落ち着けた。姿を晦ます必要もなくなり術を解いた彼らはそれぞれの方法で体をほぐした。

「ひとまずこれで態勢は立てられそうだな」

「ああ。しかしあの悪魔の子供、信用して大丈夫なのか?」

「うむ、相手の手先と言う事も考えられるぞ」

「偶然出会ったんだ。その可能性は低い」

「……いま居なくなったのは親族に連絡に行ったのでは?」

「その可能性を失念していた……!」

「今からでも遅くはない! 尾けるぞ!」

仲間のうち二人が慌ててレイを尾行しに外へ向かう。

「なんか抜けてるな俺たち」

「あの悪魔のせいだと思うぞ。あのふにゃふにゃした笑顔を見てると調子が狂う……」

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