第11話 死闘

「なんで、今なの……っ! ウォーベア――!」


 川の対岸。

 20メートルほど離れたその場所に、獲物発見を悦ぶウォーベアの姿があった。

 ウォーベアの視線は、瀕死のタイラントスネーク、そしてシェリルの順に向けられる。


『ジャアァァ……!』


 全身の鱗をただれさせたタイラントスネークは、邪魔をするなと言いたげに威嚇した。

 だがウォーベアは構うものかと鼻を鳴らす。

 その瞬間、一瞬だけ和らいだ怒りの波動が再び発せられた。

 同時に、耳が痛くなるほど空気が張り詰める。


(倒しきれなかった……!)


 必殺の一撃を耐えられた。

 奇襲が完全に成功したにもかかわらずである。

 タイラントスネークの耐久力が、シェリルの予想を上回ったのだ。

 二重発動ダブルアクティベートの『ブリッツショット』を受けたタイラントスネークは、さすがに瀕死だった。

 しかしシェリルの魔力もまた、先の大魔法によって切れかかっている。

 今の状態では『ブリッツショット』一発撃つのが限界だ。いくらタイラントスネークが瀕死とはいえ、普通に止めを刺すには『ブリッツショット』5発は必要である。


 魔力ポーションはすでに使用していた。

 だが魔力ポーションは一定値を回復するのではなく、自然回復力を高める効果だ。魔力が完全に回復するまで10分くらいはかかる。

 その間、なんとかして時間を稼がなくてはならない。


(タイラントスネークだけなら、なんとかなっていたかもしれない……でも、ウォーベアがいる……)


 問題はそれだ。

 現状、シェリルはCランク中位の魔物二体から狙われることが確定している。

 潰し合いを期待するのは無理だろう。タイラントスネークは明らかにシェリルへ執着している。

 そしてウォーベアはシェリルとタイラントスネーク両方を狙っている。シェリルと交戦する場面だって当然訪れるはずだ。


(とにかく時間を稼ぐ)


 最初からそれしか方法はない。

 もう、どうしようもない所まで来ている。

 流れに身を任せるほかなかった。


(――見極めろ)


 集中する。

 両魔物を視界に入れられる位置へ、じわりじわりと足を運ぶ。

 一挙手一投足を見逃さない。

 一撃を見舞えるその瞬間まで、耐え抜いてみせると、そう決意を固めた。


 三者ともに睨み合う。

 唸るような呼吸音が、やけに響く。

 圧倒的な強者を前に、口の中が枯れ切ったように乾き、鈍く痛んだ。

 それでもその瞬間を逃すまいと、シェリルは両者を見続ける。

 そして、


『ガァァアアアアアアアアアッ!』


 と、痺れを切らしたように咆哮を上げたのはウォーベアだった。

 ウォーベアは猛然と川へ突進すると、そこにいたブレードフィッシュを片手で掴み上げ、シェリル目掛けて放り投げる。

 巨腕から繰り出される絶大な膂力は、ただのブレードフィッシュを弩へと変貌させた。

 高速で飛翔するそれを、フィッシュサーベルで一閃。

 そのまま光に還ったブレードフィッシュにシェリルは目もくれず、迫り来るタイラントスネークの嚙みつきに対処することにした。


(魔法は間に合わない)


 シェリルは一瞬でそう判断する。

 そして何を思ったのか、諦めたように動きを止めた。

 その隙を逃さず、タイラントスネークは大口を開けて迫る。

 ――そして。

 噛み付こうと口が閉じられる瞬間、シェリルは自ら、タイラントスネークの大口へと飛び込んでいった。

 片腕から、青い燐光をきらめかせながら。



◆◆◆



『ジャアアアアアッ!』


 勝った。

 奇しくもこの一瞬、タイラントスネークはそう思った。

 だがそれは、ほんの少しの間の夢に過ぎなかった。


 飲み込んだと確信してわずか数秒後。

 突如として強烈な衝撃を口と頭に感じたのを最後に、タイラントスネークの意識は永遠に消滅したのだった。



◆◆◆



(危なかった)


 自身が倒したタイラントスネークの光の中で、シェリルはそんな感想を抱く。

 無理もないだろう。

 傍からはどう見てもシェリルが喰われた様にしか見えなかったのだから。

 そんなシェリルが生きているからくりは単純なもの。


 嚙み千切られる寸前で口の中へ飛び込み、飲み込まれる前に『ブリッツショット』を打ち込んだのだ。

 タイミングを誤れば即死、逆に成功すればシェリルの勝利が確定する。

 必ずどちらかが死ぬ、危険極まりない賭け。

 そんなものに賭けるなど正気の沙汰ではないが、この状況を生き抜くためには、なんとしてもタイラントスネークを倒しておく必要があった。

 2体に狙われたまま時間稼ぎ、ましてや、生き抜くことなど到底出来ないからだ。

 本当にギリギリの攻防だった。


(でもまだ、ウォーベアが生きてる)


 獲物を狩られたのが不服なのか、不機嫌そうな表情を浮かべながら川を渡って来る。

 これから長い時間、魔法を大幅に制限された状態で時間稼ぎをしなければならない。


・ステータス

 【名 前】 シェリル

 【年 齢】 14

 【ジョブ】 刻印魔法士

 【レベル】 27

 【魔力量】 6/314


 『ブリッツショット』一発の消費魔力は25。

 二重発動で消費する魔力は250だ。

 これに対して、魔力ポーションを使用した場合2秒毎に1、1分毎に30魔力が回復する。

 仮に一分に一度だけ魔法を使うなら、魔力ポーションの効果込みで二重発動が使えるようになるまで50分かかる計算になる。魔力ポーションの効果時間は30分なので、どこかで補給しなければならない。

 魔法を使わずに対処できるならそれに越したことはないが、近接戦闘特化型のウォーベアが相手では厳しいだろう。


(目で追えるかどうか。それが一番重要……)


 ウォーベアが川を渡り終える。

 5メートルを超える身長は、正面から見ればそれ以上に大きく感じる。

 タイラントスネークとはまた違った威圧感があった。


『グルルゥ……!』


 巨腕を構え、威圧するように唸り声を上げている。

 奇襲前提かつ二重発動が使えるならばシェリルが優勢だった。しかしそれらを使えず近接戦闘に頼るしかない今では、両者の実力に大きな隔たりがあることは間違いない。

 先ほどから危険察知のスキルがうるさいほどに警鐘を鳴らしている。


『グルッ……!」


 ウォーベアが、動いた。

 片膝を浅く曲げ、シェリルへ向けて一歩踏み出す。

 ――来る。

 シェリルが攻撃に備えると同時、ウォーベアは地を蹴って飛び掛かってきた。


「――っ!」


 凄まじい早さで振り下ろされた拳を、横に飛び退いて回避する。

 間一髪だった。


(早い! ギリギリ……ッ!)


 二転三転と宙を舞い距離を取ると、サーベルを構える。

 今の一瞬で悟った。次に回避すれば、連続で叩き込まれる攻撃でやられると。


『ルゥウ……』


 攻撃をかわされたウォーベアは、シェリルに向き直っていた。

 苛立ったような眼光を向けながら、再度、シェリルへと襲い掛かる。


(受け流せる……? ううん、やるしかない……!)


 風圧とともに繰り出される拳へ自ら接近し、流れるような動きで側面を斬りつける。

 凄まじい重さに身体が持って行かれそうになるのをなんとか堪え、勢いを落とさずウォーベアの腕を振り切ると、まるで鉄同士が擦れたような音を上げて、ウォーベアの拳が空を切った。

 そのまま懐に潜り込み、脇腹を斬り払う。


(固い――ッ!)


 完璧な動きで一撃を入れたはずなのに、ほとんどダメージが入っていない。

 そのあまりの強靭さにシェリルは驚愕した。

 しかし驚いたのはシェリルだけではない。


『グォオッ!?』


 思いもよらぬ回避行動と流れるような斬撃に、ウォーベアもまた、驚愕の雄叫びを上げる。

 放った拳が突然軌道を変えられ、気付けば目の前に現れたシェリルに切りつけられたのだ。驚かないはずが無い。


 そんな離れ業をやってのけたシェリルだったが、今の攻防もかなり際どかった。

 受け流して攻撃できたところまでは良い。でも、その攻撃がほとんど通らない。効果的な攻撃が無いとウォーベアに気付かれれば、シェリルに勝ち目はなくなる。

 だからこそ、どこかでハッタリをかます必要があった。

 すなわち、


(『ブリッツショット』を打って、警戒させる)


 これである。 

 警戒させることができれば、そのぶん時間をかけてくれるだろう。

 そしてその状況が続けば続くほど、シェリルが有利になる。

 戦闘開始からここまでちょうど1分。

 一発分の『ブリッツショット』を打てる魔力は回復した。

 シェリルは勝利を手にするため、そのハッタリを繰り出すのだった。



◆◆◆



 戦いは続いていた。

 シェリルとウォーベアはしきりに位置を入れ替え、幾度となく交錯していく。

 戦闘時間はすでに30分以上が経過している。

 その間、予想外のシェリルの健闘により、魔力は220ほどまで回復していた。


(――見極めろ)


 幾度となくシェリルを救ってきた父の助言。

 何度も何度も振り回されるウォーベアの剛腕を、必要最小限の動きで回避してゆく。

 わずかな動きを見逃さず、全身全霊をもってそれらを往なす。

 一撃食らえばそれで終わり。

 そんな気が遠くなるような緊張感は、むしろシェリルの感覚を研ぎ澄ませる刺激となっていた。


(――まだ)


 ウォーベアの繰り出すことごとくの攻撃を避け、受け流し、反撃に転じる。

 ダメージを与えることが目的ではない。

 これまでの戦いの中で見せたハッタリを警戒させ、ウォーベアを自由にさせないのが目的だ。


(――あと少し)


 身体が軽い。

 よく見える。

 頭はいつになくクリアだ。

 全ての感覚が研ぎ澄まされ、考えるより先に体が動く。

 絶え間なく過ぎ去る嵐のような拳をくぐり抜け、ウォーベアへ肉薄する。

 激昂と焦燥をない交ぜにしたような咆哮が、岩場中に炸裂した。


(――ここだッ!)


 両腕に青い燐光が立ち上る。

 一撃でタイラントスネークを瀕死にした、必殺の魔法。

 身を削って編み出した、奇跡の魔法。

 繊細に、隅々まで。

 ありったけの魔力を流して、その詠唱譜を紡ぐ。


「『ブリッツショット』! 二重発動ダブルアクティベートッ!」



 ――轟音。



『グガァアアアアア―——―――――――ッ!?』


 凄まじい断末魔の叫びが上がり、ウォーベアの巨体を紫電の稲妻が焼き尽くす。

 体内に蓄積された電流が爆ぜ、紫電の竜が立ち昇った。

 同時に、凄まじい衝撃が周囲を襲う。


「あぐぅ……っ!?」


 その余波は、わずか数メートルの距離で発射したシェリルにも大きなダメージを負わせた。

 爆風と礫に吹き飛ばされ、岩場に何度も打ち付けられる。

 そのまま岩壁にぶつかるまで何度も転がり、ようやく止まった。


「ぅあ……ぐぅ……」


 朦朧とする意識の中、光に還るウォーベアの姿が鮮明に映る。

 その光景を最後に、シェリルは意識を手放した。




※難産でした……。でも頑張りました……!

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