第47話 日歴122年 悪魔の力 下

 その知らせが舞い込んだのは、日歴122年秋月45日(10月15日)、秋の月宴会当日であった。

 誕生祭の放火事件からまだ5日。事件の全容もまだわかっていない中、新たに『自国の王が指名手配された』という噂を聞いたアサム王国国民は大きな衝撃を受けた。


「あいつらグルだったってわけね」

 ギオザの執務室には、ギオザ、リズガード、ツァイリーが与していた。イズミも側に控えている。

 ギオザが指名手配されたという事実を聞いて集まったのである。リズガードは珍しく怒りをあらわにしていた。

「ほんとふざけてる」

 ツァイリーの看病の甲斐もあって翌日には回復していたギオザは、いつものようにぴんと背を伸ばして椅子にかけていた。

「今日の月宴会では、予定していたとおりのことを話す」

 あの事件から、まだギオザは公の場に出ていなかった。今日の月宴会でギオザの力のことも含め、事件について言及する予定だった。


 事件当日、ギオザは一緒に帰城したリズガードに事情を聞かれ、彼相手に誤魔化すことは無理だと考え、事情をある程度話した。

『じゃあ、あんたは叔父さんの血を引いてないってわけね』

 リズガードの反応はじつにあっさりしたものだった。

『あたしは王様になんてなりたくないし、ごたごたもごめんだから、なんとかして誤魔化しなさいよ』

 そんなことまで言い出したリズガードに、ギオザは「さすがだな」と思ったのだった。

 話し合いの末、ギオザが大量の水を出したことについては黒の神力シエロで『水中と空間を繋げた』と説明することに決まった。黒の神力シエロでそれを行うのは莫大な力が必要になるので実質不可能だが、神力シエロの正しい知識はあまり広まっていないし、神力シエロでどこまでのことができるのかは使用者の感覚でしか測れないものであるので、とりあえずはそれで誤魔化せるだろうと踏んだのである。


「ここまでの動きが迅速すぎる。内通者がいる可能性が高い」

 ギオザの言葉にリズガードが頷く。

「アザミは犯人の男と直接話してたわよね」

 話を振られたツァイリーはあの日のメンラの様子を思い出した。厳しい尋問を受けてなお、彼は沈黙を守っているらしい。

「ギオザが青の神力シエロを使えるのを知っていたような口ぶりだった」

「あたしも知らなかったことを知ってるなんておかしいわよねえ……あんたの力のこと、他に誰が知ってたの?」

「母と父だけだ」

 実際はヤオも知っていたが、それを話すとややこしいし、ヤオが内通者だとはどうしても思えなかったので、ギオザはそのことは伏せることにした。


「じゃあ、叔母さんが誰かに話してたとか? 同じ建物に住んでるんだから、どこかで勘づいた使用人がいてもおかしくはないわよね」

「母が誰かに話すとは到底思えないが……イズミ、どう考える」

 イズミは11年間城で勤めている。使用人の事情には詳しいはずだ。

「特に不審な点は思い至りません。本当にこの城に内通者がいるのかは判断できかねますが、ギュンター様の件もあります。ギオザ様を1番狙いやすいのはこの城です。指名手配が出され、あのような放火が起こったことを考えると、疑わしきは一掃すべきかと思います」


 先王ギュンターは毒殺された。

 毒を入れることが可能であった人間はすべて取り調べて解雇したが、犯人は結局わからずじまいだった。ギオザは、父殺しの犯人は、国外追放に課したゾイを筆頭とする反現王ギオザ派の中にいたのではと考えていた。というのも、反現王ギオザ派は主に先王ギュンターのやり方、特に貿易関係をよく思っていなかった貴族で構成されていたからだ。しかし、真相はわからない。


「そうね。結局、犯人がどうやって国に入ったのかもわかってないし。警戒するに越したことはないわ」

 ギオザもイズミが言うことは一理あると考えていた。エルザイアンが自分を指名手配することまでメルバコフの計画の内ならば、自分を狙った作戦がすでに水面下で動いている可能性もある。

「イズミ、人事は任せる」

「かしこまりました」

「今日の警備ももっと手厚くした方が良いわね。あたしが直接行ってくるわ。ギオザ、あんたはできるだけ動かないように。1人にもなるんじゃないわよ」

 そう言ってリズガードは部屋を出て行った。表には出さないが、彼も8つ下の従兄弟が命を狙われているという状況が心配なのである。

 イズミも使用人の件で部屋を出て行き、ギオザとツァイリーは2人になった。


「ヤオは?」

 ツァイリーがそう聞くと、ギオザの足下、執務机の下から黒猫が姿を現した。手足を伸ばしながらのろのろとツァイリーに近づいていく。

 ツァイリーは頬をひくひくさせながら、一歩二歩と後ずさった。いまだに猫は苦手なのだ。

「お前が呼んだんだろう」

 ギオザの正論に、ツァイリーはヤオから目を離さずに答える。

「どこにいるか知りたかっただけだ! その姿で近づくな!」

「うるさいな、寝起きなんだから静かにしてよ」

 次の瞬間、ヤオは人間の姿になった。ツァイリーはほっとする。

「……ギオザの護衛なんだろ、寝るなよ」


 放火事件以降、ギオザの側には基本的にヤオがいるようになった。ヤオの腕力や人生経験を知っているツァイリーとしては安心だと思っていたが、彼を見ていると本当に大丈夫なのだろうかという気持ちも生まれる。

「敵意には敏感だから大丈夫」

「お前な……」

 ヤオには何かを言っても無駄だということを承知しているツァイリーはこれ以上言葉を続けるのを諦めた。


 ふろギオザを見ると、自分達のやりとりを楽しんでいる様子がうかがえた。実際表情は変わらないのだが、雰囲気が少し柔らかい気がするのだ。

 あの日を境に、ツァイリーはギオザの感情に気づけるようになった。ツァイリー自身がギオザのことを理解できるようになったのか、ギオザが少しは気を許してくれるようになったのかはわからない。


「……ギオザは不安じゃないのか?」

「不安?」

「指名手配されたんだぞ」

 ツァイリーは指名手配のことを聞いた時、自分のことじゃないにも関わらず動揺した。それなのに、ギオザは普段と変わらぬ様子で「そうか」と言ったのである。

「父が死んだ時から覚悟はしている」


 殺される覚悟。

 どうしたらそんな覚悟ができるのだろう、とツァイリーは思った。何かが違えば、今ギオザのいる場所に自分が立っていたのかもしれない。


『広い世界で、自分の力を使って、好きに生きたい』


 あれからツァイリーは、あの時のギオザの言葉をよく思い出す。彼の本音ねがいを知る人は他にいるのだろうか。

 いつも毅然とし、迷いがなく、国の行く末を考え、国民からの期待を一身に背負う。そんな模範のような若きギオザが無理をしていることに、これまで誰も気づかなかったのだろうか。


「俺も昔、指名手配されたことあるけど、ほとぼり冷めればなんてことないよ」

 そんなヤオの暢気な声が、その場の空気を和らげる。

「私もみすみす捕まるつもりはない」

 ギオザの言葉にツァイリーはそれもそうかと思うと少し心が軽くなったように感じた。この数日でいろいろなことがあったせいで、らしくもなく感傷的になってしまっていたのかもしれない。


「お前は自分の心配をしろ」

「え?」

「リズガードは王になりたくないそうだ」

「は……?」

 つまり……その先を考えたツァイリーは頬が引きつるのを感じた。

 もしも、万が一にも自分が王様になんてなってしまったら、レイディアとの約束を守ることはできなくなる。

「なにがなんでもお前を守るよ」

「そうしてもらおうか」

 楽しげなギオザの様子にツァイリーはからかわれたことを悟ると、むっとした。


「お前らいつの間にそんな仲良くなったんだ?」

 そんなヤオの問いに2人はそろって「仲良くはない」と答えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る