第41話 日歴122年 ゾイ・マツライ 下

 ギオザは空を見上げ、注意深く黒い羽を探した。


 大量の羽が降ってきているとはいえ、黒の羽はわかりやすく、目視することは可能だ。さらに、羽は大きくて軽いため、落ちる速さはさほど早くはない。

 焦らずじっくりと続けていると、やがて一点の黒を見つけ、逃さないよう目で捉え続ける。

 羽はひらりひらりと舞い、少しの風でも軌道を変える。ギオザはひたすら考え続けた。 

 周りの羽の動き、肌に当たる風、地上からの高さ。


 その間、民衆たちはやきもきしていた。リズガードの時は、黒の羽一体を自分の頭上の空間と繋げて、軽々と黒の羽を掴んでいた。ギュンターの時は、全ての羽の動きを止めてみせた。

 あの時は、皆唖然としたものだった。天変地異でも起こったのかというくらいの衝撃だった。

 未だ動きを見せないギオザに、民衆たちはひたすら不安を募らせる。このまま羽は地に落ちてしまうのではないか、と思ったその時。

 ギオザはそっと腕を伸ばし、手のひらを空へ向けた。


 そして、次の瞬間には、彼の手の上に黒の羽が1枚載っていたのである。


「おめでとう」

 ギュンターがそう声をかけてはじめて、人々はどうやら成功したらしいことを知った。

 と同時に、わっと盛り上がる。

 遥か頭上にあった黒い羽が少年のまだ小さな手の上に載ったのだ。神力シエロなくして成せる技ではない。

 ギオザは羽を観察し、その位置を正確に捉えることによって、必要最低限の力で羽を手の内に収めたのだった。


 その光景を見ていたゾイは唖然とした。

 どういうことだ。ギオザは黒の神力シエロを使えないはずなのに。


 何か仕掛けがあるはずだ、とゾイは思った。黒の神力シエロを使える者は他にもいる。ドナード、ギュンター、リズガード、リズガードの母のアーシェ。


 きっと誰か協力者がいたのだ。


 ゾイは足元が崩れ去るような感覚がした。もしギオザの件がミイヒの秘事ではなく、王族内の周知の事実であったとしたら?

 それでもなお王位継承権を与えようとしているのだったら?


 祝福にわく民衆、立ち上がって拍手を送る貴族、あたたかい目でギオザを見守る王族たち。


 間違っている、ゾイはそう思った。


「私は噓をついていません」

 王位継承権授与式の後、家に戻ったゾイは父の部屋へ行くと、そう訴えた。カブキは書類に向けていた視線を上げると、ゾイを推し量るように見つめた。

「……嘘ではなく、見間違いだったと?」

「違います!」

 ゾイは叫ぶように言った。

「では、神力シエロについてどう説明する」

「……ギオザ様は黒の神力シエロは使えないはずです。つまり誰かが……」

「口を慎め」

 カブキの鋭い言葉が飛び、ゾイは口をつぐんだ。

「我らは王族に仕え、国に身を捧げる立場だ。王族を疑うよりも先に、自分を疑え」

「しかし!」

 言外にゾイの見間違えだと指摘するカブキに、ゾイはどうしても納得がいかなかった。どうにかしてわかってもらおうと言葉を探す。

「まだわからないか」

 しかし、カブキの低い声に、ゾイの思考は途切れた。


 この場で父を納得させることなど不可能だと思い知ったゾイは、悔しさに拳を強く握りしめると「失礼しました」と言って、部屋を出た。



 ゾイはカブキを尊敬している。民衆から英雄と称えられる父が誇らしく、自分の目標でもある。

 だからこそ、悔しかった。

 父が自分に向けていた目は、「お前が間違っている」と告げていた。


 尊敬する父にそう思われてしまったこと、すべては不義のギオザのせいだ。


 自分は間違ったことを言っていないはずだ。ギオザは黒の神力シエロを持っていないのだから、誰かが儀式に協力したはず。ただ、一番可能性の高いギュンターは、おそらく違う。あの時、ゾイはずっとギオザを見ていたが、その隣にいたギュンターもまた頭上ではなくギオザを見ていた。


 いくら稀代の神力シエロ持ちとはいえ、見ずしてあんな正確に黒の羽をギオザの手の上に乗せることは不可能だろう。

 では誰か、と考えるも、ゾイはこれといった人物を特定できず、ただ全員が怪しく見えただけだった。


 最も信頼する父に疑われたことで、ゾイはより一層王族に不信感を抱くと同時に、ギオザのことは、とりあえずは他言しないと心に決めた。

 大衆の前で儀式を終えたギオザについて、そんな話をしても普通の人は信じない。ギオザに王位継承権がないことを証明するには、相応の証拠が必要になる。


 そして、2年後。ゾイは運命の人に出会った。名をヒメノ。家同士の婚姻でゾイの妻となった女性だった。

 ヒメノは優しい女性だった。ゾイは神経質なきらいがあるが、ヒメノと一緒にいる時間は心地よく、政略結婚ではあったが、ゾイは彼女を愛するようになった。

 あの日から、カブキとゾイは一枚壁を挟んだような関係が続いていた。カブキはゾイがまだ諦めていないことを感じ、息子の心内を探り、ゾイはそれに気づいて、できるだけ本音を悟らせないようにしているのだった。

 そしてある日。ヒメノにカブキとの不仲の理由を聞かれたゾイは、あの庭で見た事実を彼女に打ち明けたのだった。


「私にはわかります。あなたは嘘をついていないと」

 すべてを聞き終えた後、ヒメノが発したのは肯定の言葉だった。

「わかる……?」

「はい。あなたが秘密を打ち明けてくれたので、私もお話しします」

 嫌いにならないでくださいね、と笑って前置きをしたヒメノの話はこうだった。

 ヒメノの先祖に青の国の者がいて、彼女は先祖返りで瞳に青の神力シエロが宿っている。液体をつかさどる青の神力シエロが瞳に宿る彼女は、人体の液体の流れが見え、人が嘘をついているのかどうかがわかるのだ、と。

 ゾイは突拍子のない話に驚いた。しかし、父でさえ信じなかったギオザの話を、こうもあっさり信じることから、彼女の話を嘘だと一蹴することはできなかった。

 そして、いくつか質問をして、彼女の話がどうやら本当だということを確かめた。好き嫌いなどの他愛のないゾイの話が嘘かどうか、彼女は正確にあててみせたのだった。

「私のこの力も、簡単に人に言えるものではありません。信じてもらうことも難しいでしょう。ゾイ様の気持ち、よくわかります」

 ゾイは彼女のその言葉に救われた。ゾイとて、尊敬する父に探られるような日々は嫌だったし、あの日見たことは自分の見間違えであったと思い込んでしまった方が幸せなのかもしれないとも思っていた。時がたつにつれ、自信もなくなっていた。

 しかしヒメノが「嘘をついていない」と断言してくれたことで、ゾイは再び自信と熱を取り戻した。一人で抱え込むには重すぎる話だったのだ。ゾイはヒメノと秘密を共有することで、特別な絆を得た。


 そして、同時にゾイは、『いずれギオザの出自を明らかにし、ギオザが王になるのを阻止する』という強い使命感を持ったのだった。



「ギオザ・ルイ・アサムは正当な王位継承者ではありません」

「と言うと?」

「先王ギュンターの血を引いていないのです」

 42の歳になったゾイは、メルバコフにて、対アサム王国大使のアイゼンと相対していた。

 ギオザが王となってまもなく、反ギオザ派のリーダー格として国外追放の罰を課せられたゾイは、現在、メルバコフに身を寄せていた。

 ヒメノから秘密裏に情報を受け取っていたゾイは、当然ライアン奪還作戦のことも承知していたが、ライアン奪還は父の悲願でもあったゆえ、静観の姿勢を貫いた。

 しかし、それがアサム側の成功に終わり、メルバコフがアサム王国に敵意を抱いている今がチャンスであると踏んだゾイは、ギオザ失脚を目論み、メルバコフに入国し、アイゼンと接触したのだった。


「では、誰の子ですか? 黒の神力シエロ持ちとなると限られるのでは。たとえギュンターの子でなくとも、王族の血縁であることは明らかでしょう」

「いいえ、違うのです。ギオザが持っているのは邪悪な力」

「邪悪な力?」

「私は、彼が猫の怪我を治しているのを見たことがあります。黒の神力シエロでは決してできぬ技です」

「……にわかには信じられません。しかし……」

 アイゼンはにっこりと笑った。


「確かめる価値はありそうですね」

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