第24話 日歴122年 ライアン奪還作戦1

 春月1日。ライアン奪還作戦決行日。


 ツァイリーはまだ日が昇る前に起き、いつものようにイズミに髪を結ってもらうと、ギオザと朝食をとった。

 いつもギオザの倍の量を食らうツァイリーだが、今日に限ってはあまり箸が進まない。


「どうした」

 ツァイリーの普段と違った様子に、ギオザは短く問いかけた。話を聞く気があるらしく、箸を置いている。


 ツァイリーは返答に迷った。食べ物が喉に通らない理由をツァイリーも上手く説明できないのだ。


 今日は作戦の決行日。ツァイリーはこの後すぐに出発する。

 大役への責任からくる緊張、見知らぬ地、しかも敵地に赴く不安、この状況下で思い当たることはたくさんあるが、どれも違う気がする。


 何かが胸に巣食う。


 ツァイリーは正面からギオザと目を合わせた。ギオザはいつも背筋をピンと伸ばし、迷いなく言葉を紡ぐ。きちんと自分の中で考えをまとめているのだろう。

 物事を深く考えるのが苦手で、思ったことはすぐに口に出すツァイリーとは真逆と言ってもいい。

 そして、ギオザのそういう面はレイディアと少し似ていた。レイディアは常に先のことを見通していて、見切り発車で動くツァイリーをよく諫めていた。


「この戦争は正しいのか」

 ツァイリーは端的にそう聞いた。きっと彼はその答えを持っているのだろうと思ったのだ。

 ツァイリーは命を握られている身。ギオザの命令に逆らう選択肢などない。

 それにしても作戦の責任者として、これから自分が背負う責任について考えなければいけない。

 しかし、ツァイリーは考えることが苦手だ。答えが出ないまま当日を迎えてしまった。

 だからギオザに聞くことにした。


 傍から見れば、アサム王国国王であるギオザにこの問いを投じるのは愚かなことなのかもしれない。反感を買う行為なのかもしれない。しかし、ツァイリーはそんなことを考える余地もなかった。

 これもまた見切り発車な言動なのである。


 ギオザは怒り出すこともなく、冷静に答えた。


「30年前、ライアンに住んでいた国民は退去を余儀なくされ、それまで築き上げてきた家も土地も何もかもを奪われた。我々が今から行う作戦も、同じだ。誰かの生活を奪う行為に過ぎない。そこに正義はない」

 ツァイリーはギオザの言葉を意外に感じながらも、黙って続きを聞いた。

「しかし、この作戦が成功し、食糧危機から逃れられれば、この国にとって今日の作戦は正しかったことになる」

 ツァイリーはまっすぐにその言葉を理解すると、すっと胸に巣食っていたものがなくなっていくのを感じた。


 誰にとっても正しいことなんて存在しない。ギオザにとっての『正しい』をツァイリーは信じることにした。

 アサム国民の生活を守るために、この戦争は必要で、ツァイリーはそのために今から出発するのだ。


「わかった」


ツァイリーのその答えに、ギオザは再び箸を持ったのだった。



「重い」

「あっち固いんだもん」

 ツァイリーは今馬車の中にいる。4人用の一般的な作りのものだ。

 人間の姿のヤオが同乗し、御者席にはイズミがいる。作戦の間は基本的に2人が常にそばにいる形だ。


 2人はツァイリーの諸々の事情を知っているので、あまり気を使う必要がなく、ツァイリーも楽……なのだが。


 今、ツァイリーの膝の上には、ヤオの頭が乗っていた。所謂、膝枕状態である。

 馬車が出発して半刻もしないうちに、ヤオは「眠い」と言い出し、座ったまま壁に頭を預けてみたり、長方形の座席に横になっていたりといろいろ試していた。

 そして、おもむろに立ち上がり、ツァイリーを席の端に追いやると、今度はツァイリーの膝に頭を乗せたのである。


 王城からライアンまでは、まだまだ道のりが長い。朝に出発して、着くのは昼を過ぎる時間だと言われていた。さらに馬車は中が見えないように窓もない。そのため、ツァイリーは本を持ち込んでいて、先ほどからずっと文字を追っていた。

 ヤオに膝に乗られると、一気に本が読みづらくなって困る。


「本が読めない」

「俺は眠いし、起きてても暇」

 ツァイリーがどうしようかと思っていると、ヤオはツァイリーから本を奪い取って適当に開いた。


「うえー、文字ばっか。よくこんなの読んでられるね」

「内容は面白い」

「へえ、何の本?」

神力シエロについて載ってる本」

 ツァイリーが読んでいたのは、神力シエロについていろいろな視点で分析している本だった。

 少し古いものだが、その時代の神力シエロ持ちの数や、どのように遺伝するのか、色ごとにどんな違いがあるのか、などなどが書いてある。

 作者の仮説に基づいていて信憑性に欠ける部分も多くあるが、神力シエロについて書かれている本は少ないらしいので貴重な一冊だ。


「ふーん」

 ヤオは興味なさげに相槌を打つと、本を抱えて寝る体勢に入ってしまった。

 ツァイリーは、ヤオに引っ張られて城下町まで行った時のことを思い出して、取り返すのは諦める。体は小さいが力は強いのだ。


「そういえば、ヤオの神力シエロは何色なんだ?」

 本の中で紹介されていた、神力シエロの色ごとの違いは、リズガードの説明とほぼ同じだった。

 申し訳程度に使用例が載っていたものの、黒の神力シエロでいえば「ものを移す」「ものを動かす」「ものを消す」など、わりと抽象的な内容だった。

 本人の資質もあるのだろうが、実際の場面でどの程度のことができるのかはわからない。また、リズガードが空間をつなげて遠くの会話を聞いていたというような、力の応用的な使い方を指南してくれているわけでもない。

 つまるところ、ツァイリーは本を読んでも、ヤオがどういう神力しくみをもって変身しているのかがわからなかったのだ。少なくとも、空間を司る黒の神力シエロではないだろうというくらいである。


「知らなーい」

 それだけ言うと、本当にヤオは眠りについてしまった。ツァイリーは心の中でため息をつくと、ヤオを眺めた。

 ヤオは不思議な存在だ。

 子どものような純真さもあるが、ツァイリーを誘拐したときの手腕は巧みだったし、力は強い。ギオザの命令には従っているが、ヤオとギオザに主従関係があるようにはあまり見えなかった。


 ヤオの気持ちよさそうな寝顔を見ながら考え事をしていたツァイリーも、だんだんと眠くなってきた。

 なんせ昨晩はなかなか寝付けなかった上に、今朝は早起きだったのだ。


 ツァイリーは一眠りしようと、壁に頭を預けて目を閉じた。

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