第22話 日歴122年 アザミ・ルイ・アサム 上

「レイディア・セゾン。そなたを一級神官と認める。この栄誉は民衆の意であり、ひいてはシエル様のお導きである。誠心誠意努めよ」


 厳かな教会で、主祭壇に立つ壮年の男性がそう言い放ち、一段下にいるレイディアへ銀の刺繍が施された祭服を手渡した。


 レイディアは受け取ると恭しく礼をする。観衆は一様に神の子のごとく麗しい彼の様子にほうっと息をつき、中には涙ぐむ者までいた。


 神官は階級制で、四級、三級、二級、準一級、一級、特級の6段階がある。

 等級によって呼び方が異なり、四級は助祭、三級から一級までは司祭、特級は司教である。普通は、任官時は四級神官で、その働きに応じて昇給していくのだが、レイディアに至ってはその強い神力シエロから、異例措置として最初から二級神官だった。


 それにしても、任官から約8ヶ月という短期間で、一級神官に任命されるのは類を見ない功績である。


 レイディアは式典を終えると、渡された祭服に着替えてまっすぐにある部屋へ向かった。

 神殿の地下にある機密書物庫である。ここは一級神官以上でないと入室を許されていない。

 アサム王国は隣国のエドベス帝国以外と関係を絶っている。よってアサム王国の情報が直接入ってくることはなく、情報を得るためには非公式な手段を使うことになる。

 なのでアサム王国に関連する最近の書物は機密文書として扱われており、神殿であっても一般人が立ち入れる図書室には一切置いていなかったのだ。

 機密書物庫の存在を知ったレイディアは今日まで、一級神官になることを目標に動き続けた。そしてようやく今日、それが叶ったのである。


 書物庫内は他に人がいなかった。レイディアはアサム王国の棚を見つけると、年代が新しいものを何冊か抜き出して、机に置いた。椅子に座って読み始める。


 〈黒の国〉アサム王国と〈白の国〉エルザイアンは神力シエロ持ちの国同士だが、友好関係はない。

 地理的に離れているというのもあるし、神力シエロ持ちの国はそれぞれ独立していて、エルザイアンは黒の国に限らず他の神力シエロ持ちの国々とも特に国交はないのだ。

 エルザイアンはシエル教の本拠地で、他国からの寄付を財源としている国である。寄付をしているのはエルザイアンの周辺5カ国で、その国々のことを神守国と呼び、自国のことは神座地と呼んでいる。

 エルザイアンの創始者はシエルの7人の子の2人目と3人目にあたる双子であるとされている。

 よって、他国よりも、神力シエロ持ちが多く、しかもその特性は精神。言葉によって人々を操ることができる。その強力さ故、かつてエルザイアンは軍事的強国として名を馳せていた。

 しかし、ある代の王が「シエル様の啓示を受けた」と言い出し、〈力は守るために使うものである〉という教えのもと、軍事行動を終わらせた。

 周囲の国々と友好的な関係を築くべく、周辺諸国がエルザイアンへ継続的に寄付をする代わりに、その国々が危機的状況に陥ったときに力を貸すという形で終戦条約を結んだ。

 そうして、エルザイアンは今の形となり、シエル教の信徒も国を超えて増え、表向きには周辺5カ国が自発的に寄付をしているような格好となったのだった。


 そして、その神守国のひとつがメルバコフなのである。約30年前の、メルバコフによるアサム王国領土ライアンへの侵攻を機に、もともとなかった2国の国交は完全に断絶した。

 それを証明するようにライアン侵攻以降のアサム王国に関する資料はぐんと少なくなっていた。


 ライアン侵攻時のアサム王国国王はドナード・ルイ・アサム。その22年後に死期を悟ったドナードが勇退し、ギュンター・ルイ・アサムが王になった。そして僅か8年後、ギュンターが急死し、その息子ギオザ・ルイ・アサムが王になった。


 そこまで読んだレイディアは、この出来事が、ツァイリーが事故に遭うたった1ヶ月前のことだと気がついた。

 ツァイリーは生きていれば今21歳。つまりツァイリーが生まれた当時の王太子とはギュンターのことで、ツァイリーは現国王ギオザの義理の弟ということになる。

 モーリスの言うように、やはりツァイリーの死には黒の国が関わっているのだろうと確信を強めていたレイディアは、その次の頁の内容に驚愕した。


 そこに書かれていた名前はアザミ・ルイ・アサム。


 説明は、ギュンター・ルイ・アサムの隠し子で、ギオザ・ルイ・アサムの義弟。父の死をきっかけにアサム王国に渡り、準王族と認められた、というものである。


 新聞らしき切り抜きも貼られていた。そこには彼の人となりも書いてある。


「誠実で優しい。物腰が柔らかく、聡明。リズガード様にも好かれていて、毎晩陛下と食事を共にしている……」

 さらに新聞には姿絵も載っていた。しかし、髪は長いし、顔つきもツァイリーとは全然違う。同じと言えば髪の色だけである。


 レイディアが知るツァイリーは、軽薄でずぼら、荒々しく活発な男である。敬語なんて話してるところは見たことがない。姿絵にしても、人となりにしても、ツァイリーとは別人だった。

 そもそも、新聞の日付は日歴122年冬月52日、エルザイアンの日付だと1月22日。今日は2月21日なので、1ヶ月前のものだ。この時点でツァイリーは亡くなっている。


 それでは、このアザミ・ルイ・アサムとは一体何者なのだろう。ギュンターに、ツァイリーの他に隠し子がいた可能性もある。


 それにしても王が即位した1ヶ月後にツァイリーが事故に遭い、それから1年経って隠し子が現れるなどできすぎている。


 レイディアはある仮説を立てた。


 アサム王国のギオザ・ルイ・アサムは隠し子の存在を脅威に感じ、ツァイリーの身元を割り出すと事故に見せかけて殺害。隠し子の影武者を立てて、親密であることを示し、自分の地位をより盤石なものにした。


 レイディアは拳を強く握りしめた。

 やはり、ツァイリーの死は事故ではない。そう確信した。

 ツァイリーが殺される理由はあったのだ。

 レイディアにとってツァイリーは家族であり親友だった。唯一無二のかけがえのない存在だった。それはレイディアにとってだけではなく、セゾンの皆にとってもだ。


「ギオザ・ルイ・アサム……アザミ・ルイ・アサム」


 この書物庫内の資料は持ち出し、複製が認められていない。

 レイディアは、ツァイリーの死に間違いなく関わっている男と、ツァイリーにとって代わった男の名を忘れないように呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る