第14話 日歴121年 神子の生まれ変わり 上

「あの麗しさ、まさに神子の生まれ変わりだ」

「ああ、どうか御加護を……」

「レイディア様っ!」

 エルザイアンの外れの教会には、今日も多くの信者が訪れる。孤児院をかねているこの施設は半年と少し前まで来客など月に1人もいなかった。


 それが、ここ最近は毎日人が途切れないのである。

 理由は明確だった。


 神子の生まれ変わりと称されるレイディア・セゾンがいるからだ。


 レイディアは陶器のような肌と氷のような神秘的な瞳を持ち合わせている、非常に美しい青年である。加えて、ある事件を境に莫大な神力シエロを有していることが発覚し、神子の生まれ変わりと呼ばれ、一躍有名になった。

 それからというもの、レイディアを目的にこの辺境にわざわざ貴族が訪れることもあり、万年質素な生活を送っていたこの孤児院は、さまざまな人からの施しを受けて、一転豊かに暮らしていた。



 レイディアはいつものように昼の礼拝を終えると、孤児院の建物に戻った。それを後ろから残念そうな目で信者たちが見送っているが、レイディアは歯牙にも掛けない。


「レイ兄、またきてるよ」

 今年18になったメリッサは、レイディアに手紙を一通差し出した。その封筒には国の封蝋が押されており、レイディアはわずかに目を細めた。


「捨て置きなさい」

「ほんとにいいの?」

 メリッサは国からの手紙を本当に開封もせず捨てていいのかと、確認する。


「いい」

 レイディアはそれだけ言うと、立ち去った。


 メリッサは彼の行き先に見当を付けると、追いかけるのはやめて、レイディアが捨てろと言った手紙を勝手に開封した。

 内容はメリッサもある程度予想していた通りだった。レイディアに、王都にある神殿の神官を拝命するというのだ。


 シエル教の総本山であり他国からの寄付によって財政が成り立っているエルザイアンでは、神官は貴族の子息も目指す名誉ある職である。特に、神殿付き神官は給与も高く、巷では最高級の職と目されていた。


 しかし、レイディアはその国の要請を、この半年間無視し続けてきた。


 レイディアも最初からこんな無礼な態度を取っていたわけではない。正式に書面にて断っても、国は諦めず、何度も手紙を送り、時には使者までもセゾンの園に送り込んだのだ。使者はどうにかしてレイディアを説得しようと試みたが、レイディアには取り付く島もなかったので、メリッサにまで事情を説明し「どうして彼は頑として首を縦にふらないのか」と聞いた。


 使者には知らぬ存ぜぬを突き通したが、メリッサはレイディアが断る理由がよくわかった。


 まず1つ目は、レイディアがいなくなったら子どもたちが悲しむ。

 ツァイリーがいないことに対して、子どもたちはまだ「いつ帰ってくるの」と定期的に聞くのだ。きっとレイディアは自分がいなくなった後の子どもたちについて心配しているのだろう。


 それから、2つ目。ここにはツァイリーの遺骨がある。

 子どもたちの手前、わかりやすく墓を立てることは叶わなかったが、遺骨は礼拝堂に置かれていて、あの日からレイディアは毎日欠かさず祈りを捧げていた。ツァイリーを置いて遠くにいきたくないという気持ちもあるのだろう。


 そして3つ目。これが1番大きい。レイディアは国に対して敵意や不信感のようなものを持っているのではないか、とメリッサは考えていた。


 ツァイリーが亡くなったあの時、彼は国に呼ばれて王都に向かう最中だった。そもそも、国が呼ばなければツァイリーが死ぬことはなかったはずだ。


 そして、メリッサはレイディアが神子の生まれ変わりと言われ始めた事件の日を思い出す。


 ツァイリーの遺骨が届けられてからまだ3日も経っていない時、突然国からの使者がセゾンの園に訪れた。その時、ツァイリーの遺骨は置き場所を迷って、まだツァイリーの部屋の机に置かれていた。

レイディアが応対したところ、使者は「ツァイリー・ヴァートンはどこだ」と尋ねた。

 レイディアはまだ彼の死とうまく向き合えていない心情で、懸命に彼は亡くなったということを説明した。使者はわずかに驚いた様子だったが、その後に衝撃的な発言をしたのだった。


「それでは、彼の遺留品や遺骨を押収する」


 あまりの発言に、レイディアが最初意味を理解できずにいるうちに、国の使者たちはツァイリーの部屋を探し当てるとずかずかと踏み込んだ。


 使者が応接間から出てきて、亡きツァイリーの部屋に入っていったことで異変に気づいたメリッサは、使者の前に立ちはだかった。机や棚を漁り始めた1人に、やめさせようとしがみつくが、軽々と振り払われ尻餅をついた。


 そして、ある1人が、机の上に置かれたツァイリーの遺骨が入った壺に触れそうになった時。


「なにをしている?」


 レイディアの冷ややかな声が響いた。

 感情が抜け落ちたような顔をしたレイディアが、瞳を一瞬光らせると、次の瞬間、壺に触れようとしていた男は膝から崩れ落ちた。


「でていけ」


 レイディアが一言そう告げると、使者達は全員奇妙なほど従順に、ツァイリーの部屋から出た。


レイディアの声を聞いた使者たちは悪寒がし、勝手に体が震え出した。レイディアに逆らってはいけないと、本能で感じたのである。それでも仕事だと思ってツァイリーの部屋に入ろうとするが、足が重く上手く歩けない上に、入口にたどり着いても膜のようなものに阻まれて、部屋に入ることは叶わなかった。


レイディアの声が、意思が、使者達を動けなくさせたのである。


 ツァイリーが残したものを奪おうとする彼らに、レイディアは怒りで我を忘れていた。それでも直接的な被害を与えなかったのは、ツァイリーと最後に交わした言葉があったからだ。


『俺がいない間、よろしくな』


 ツァイリーがいない間、セゾンの園を守るのが自分の役目。ここで使者を殺しでもしたら、この施設は潰されてしまうかもしれない。


「かえれ、2度とくるな」


 レイディアの鋭い視線を受けて、使者たちはふらふらと立ち上がり、素直に帰っていった。多少部屋は荒れたものの、物はすべて無事だった。


 メリッサはこの事件で初めてレイディアがこんなにも強力な神力シエロ持ちだったことを知った。メリッサは孤児院育ちのため世間の事情に疎いが、いくら神力シエロ持ちでもあんな風に簡単に人の行動を操ることができる人がそうそういるはずもない。


 そしてそれは間違いではなく、王都に帰った使者たちによってレイディアの力が報告され、レイディアは国に目をつけられてしまったのだった。


 それからほどなくして噂が噂を呼び、レイディアの人並外れた美貌も相まって、彼は神子の生まれ変わりなのではないか、と広まったのである。


 そんな事件もあり、レイディアは彼の死と時間をかけて向き合うと、何かがおかしいということに気がついた。

 レイディアは今、ツァイリーの部屋で立ちすくみ、右手で己の首に掛かったペンダントをそっと握っていた。彼のことを思い出すたび、こうするのがレイディアの癖になっていた。


 思い返してみれば、どんなことでもペラペラと喋るツァイリーが、あの国からの手紙の内容については「偉い人の護衛」と言うばかりで一切の詳細を話さなかった。

 肌身離さず持っていたペンダントを自分に預けていったというのも、今考えてみれば、彼が自分の身の危険を感じていたからかもしれなかった。


 そんなわけで、レイディアはツァイリーの死には国が関わっているのではないかと疑っていた。


 しかし、そうだとしたら不思議な点もある。

 使者が来てレイディアが追い払ったあの日、レイディアがツァイリーの死を告げると、使者は多少なりとも驚いていたように感じたのだ。

 あの使者たちの目的は遺品の回収では無く、まだ王都に来ていないツァイリーを探すことだったのではないか。そうだとしたら、あの時点で国はツァイリーの死を把握してなかったということになる。


 さらにツァイリーの死を知って遺品や遺骨を回収しようとしたのは、少なくともツァイリーが「偉い人の護衛」のために王都に向かったのではないということだ。きっと……。


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