第5話 日歴120年 死の真実 下

 目覚めてから丸2日がたった。


 ツァイリーはリビングで、机に伏せり、あくびをこぼしていた。

 しっかり食事をとり、体力を温存しているとはいえ、ずっと気を張っている状態なので精神的には疲弊している。


「来るなら早く来いっつーの」

 ここ2日で独り言が増えたツァイリーの、その呟きに応えるように、外から物音が聞こえ、ツァイリーはがばっと顔を上げた。


 犯人が、戻ってきたのか……?


 玄関に続く扉に足音を立てぬよう近づくと、耳を寄せる。

 少しでも手がかりを掴もうと神経を集中させるが、わかったのは馬車が近づき、停車したことだけだった。扉が重厚なのもあり、それ以外の音はほぼ聞こえず、そこには人間もいるはずだが、人数はわからなかった。


 ガチャガチャと鍵を開けるような音が今度ははっきりと聞こえ、ツァイリーはできるだけ扉から遠のいた。


 鍵を持っているということは、犯人で間違いない。

 扉の近くで待機して奇襲することも考えたが、人数もわからないし、目的はこの場所から脱出することなので、機を見て逃げられるように最初は距離をとろうと思ったのである。


 人が建物に入ってきた気配がして、足音がどんどん近づいてくる。トントンっという足音は一人分で、ツァイリーは外で仲間が待機している可能性を脳裏においた。


 正面の扉の鍵が開けられ、ノブが回された。ツァイリーは息をのみながら、開かれていく扉を凝視する。


 いったい、自分をここに閉じ込めたのはどんなやつなのだ、と。


 ◇◇ ◇◇ ◇◇


「まったく、変な依頼だったなあ」

「ほんと、あの綺麗な兄ちゃん、本当に痛々しくて見てられませんでしたよ」

「なんであんな孤児院のあんちゃんの死を偽装しなきゃなんないのかねえ」

「おい、深く考えるな。干渉するんじゃねえ。俺たちは頼まれたことだけやってりゃいいんだ」

「そうですけど……」


 2台の馬車がやいのやいのと騒がしく、人気のない森を走っていた。1台は荷馬車で、外れかけた布の隙間から棺が見え隠れしていた。

 馬車が湖のそばでとまると、中から3人の男達が降りてくる。


「ここで受け渡しっつう話だったよな」

「はい、まだいないようですね」

「……あれ、もしかしてあれじゃないっすか」


 男達は切り株の上に置かれた何かに気づき、近づいた。それは、大きめのバッグで、中にはいっぱいの金と一枚のメモ用紙が入っていた。


「えっと『棺は置いて速やかに去れ。今回の件は他言無用だ。もし話したらお前達とその家族を殺しに行く』……こっわ!」

メモ用紙の文を読み上げた男は、体をぶるりと震わせた。

「……いいか。お前たち、いくら金を積まれてもこのことは言うんじゃねえぞ。この依頼主は本当にやるぞ」

「……っはい!」

「言いません!」

「わかったらとっとと片付けて、一刻も早くここから離れるぞ! 金はもらったんだ、長居する必要はねえ!」

 3人組の親方のような男がそう指示すると、他の2人はせっせと棺を下ろし、すぐに湖を後にする。


 馬車の音が全く聞こえなくなった頃、棺の蓋がごとりと動いた。

 少しずつ時間をかけて蓋が完全に開く。死人がいるはずの棺から、青髪の青年が身を起こした。


「はあ、長かったあー」

 青年は腕を伸ばし肩を回し、立ち上がると屈伸した。


「あいつ、愛されすぎだろ。全然離れねえんだもんな」

 青年はこの2日間ずっと胸元にくっつくか手を握っていた男を思い出してげんなりした。

 レイ兄とかいう男がなんせ四六時中側にいようとするので、棺に入れて運ばれるまで一度も身動きできなかったのだ。


 しかし、最初にツァイリーを馬車に乗せた時、彼を見送りに来ていたその男の容姿は確認済みである。


「使わせてもらうぜ」


 そう呟いた青年は意気揚々と歩き出し、湖から少し離れたところに待機させていた荷馬車に乗り込むと、森の奥の方へと発車させた。


 ◇◇ ◇◇ ◇◇


「………………え?」


 ツァイリーはあらわれた人物を認識すると、呆けた声をもらした。

 全く予想だにしない人物があらわれたのだ。ツァイリーは状況が読み込めず、ただただ立ち尽くした。


「助けに来たよ、リー」


 そう言って微笑んだ人物は紛うことなくだった。


「お前なんでこんなところに!?」

「リーが心配だったんだ」


 そう言いながらレイディアはツァイリーに近づいた。


「無事で良かった」

「あ、ああ……」


 レイディアはツァイリーを抱きしめようと両手を広げる。ツァイリーは何か違和感を覚えながらも、あらわれたのが誘拐犯ではなくレイディアだったことに安堵し、警戒を解いた。


「なんでここがわかったんだ?」

「なんでって……」


 レイディアの抱擁に応えようとツァイリーが腕を広げた時、月明かりに照らされたレイディアの顔を見て、ツァイリーは違和感の正体に気がついた。


 しかし、気づくのが遅すぎた。


ツァイリーはみぞおちに感じた衝撃に、なすすべなく意識を失ったのだった。



 崩れ落ちたツァイリーを見下したレイディアの影は、一瞬にして形を変える。

 そこにいたのは、青髪に金の瞳を持つ青年だった。


「俺があんたをここに連れてきたからだよ、ばーか」


 一人そう呟いた青年は、ツァイリーの手首と足首をそれぞれ縛ると、ベッドから掛け布団を持ってきてぐるぐる巻いた。ひもで解けないようその筒を縛ると、ひきずって外の荷馬車に放り込む。上からさらに布をかけて満足げに息をついた。


「ほんと、あいつ猫使い荒すぎ。褒美は弾んでもらうからな」

 青年は深くフードをかぶると、馬車を発車させる。

 行き先は、アサム王国、通称【黒の国】であった。

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