エリカとアスチルベ(6)

僕と志崎は丘を後にし、一緒にからくり人形の街へと向かった。からくり人形たちは愉快な音楽に合わせ、相変わらずキィキィと高い音を立てて動いている。


「ずっと外に置いてあるのに綺麗ですね。手入れしているんですか」

からくり人形たちを前のめりに眺めながら、志崎は僕に問いかけた。


「いや、なるべく表面のメンテナンスをしなくてもいいように、紫外線が当たっても塗料が色褪せたり、剥げたりしないコーティングを施してるんですよ」


「なるほど。この島に植える予定のお花もなるべく手入れのいらない品種を多めにしたんですよ。よかったです」

志崎は背筋をしっかりと伸ばし、満足気に話していた。


「それは助かります」


「特にエリカとアスチルベがおすすめです」

花の知識は全く持っていないため、僕はどんな花なのかをイメージすら出来なかった。


「どちらも可愛らしいお花なんですよ。ふわふわしているんです。楽しみにしていてください」

志崎が本土でどんなお店を構えていたのか僕は全く知らなかった。花屋と言っても、お店によってテイストなどがあるのだろうか。ある程度の野草や野花の知識しか持ち合わせていないため、志崎がどんな花を持ってきているのか少し気にかかった。


僕はからくり人形たちを眺めた。空色のドレスをきたマリーは、今日も美しい。


「この人形とても綺麗ですね。なんか他の人形とは違う雰囲気を感じます」

志崎が、ため息をつきながらマリーに見惚れている。


「その人形は特別なんです。僕の理想を再現しているんですよ」


「愛されているんですね」

僕は頷いた。こんな人がこの世に存在していたらいいのにと思った。


志崎と僕はからくり人形の街を出ると、ゆっくりと島の中を歩き出した。日によっては気温もかなり暖かくなってきているからか、モンシロチョウやてんとう虫などの虫もちらほらと顔を出している。


「島の植物もすごいですね。これなんていう植物なんでしょう」


志崎が指を差した先にあったのは、島に生えている発光する植物だ。この植物は夜になると発光するわけではなく、昼でもほのかに光を放っている。シダ植物のようにも見え、葉先がふわふわしているのが特徴的だった。足で踏むと光の粉のようなものが舞って、幻想的な雰囲気を出してくれるので、どこか妖精のような雰囲気を感じていた。この植物は僕が思い描く不思議な森のイメージに欠かせないと考えていたため、抜くことはなく生やしっぱなしにしている。


「ヒカリゴケの一種だと思ってるんですけどね。あちこち情報を集めてみたんですけど、なんの品種だか分からないんですよ」


「へぇ、こんなに本土に近いのに、まだわかっていない事もこの世の中には存在してるんですね」

言われてみれば、情報過多になりそうなほど情報が溢れている現代で、こんな本土のすぐ側に位置する島なのにこの植物についての明記がないのは不思議だった。


「なるほど、この植物と花の色彩も合わせていきたいですね」

しゃがみこんだ志崎は、その植物のじっと見つめ、どこかやる気に満ち溢れているようだった。


「この植物の名前はあるんですか」


「ないですね」


「じゃあ、入谷さんが名付け親になりましょうよ」


志崎の提案は、僕の頭の中には持っていない考えばかりで驚かされている。さらに言えば、志崎は同世代にも関わらず、一度も僕へ嫌悪感を示していないので、それも不思議だった。


「そうですね、考えておきます」


 高塚の自宅が経っている方向へ歩いていると、野菜が顔を出した麻袋を抱えて歩いている高塚がいた。僕は高塚の背中を追いかけると、声をかけた。高塚は驚いたのか肩を震わせてから振り返り、僕に片手をあげた。その瞬間、冷たい風が吹き抜け、じんわりと汗をかいていた肌が冷えた。


「おう、案内終わったのか」


「大体は終わりました」


「じゃあ、うちで茶でも飲んでいけ」

僕は志崎の顔色を伺った。


「お邪魔します」

志崎は人見知りをしないタイプなのだろう。あっけらかんと返事をしていた。そういう志崎の態度は、僕にとってとても新鮮で、羨ましかった。高塚が持っている麻袋を僕が代わりに持つと、三人で高塚の家へと歩き始めた。その間も志崎は島の装飾に感心しているような声をあげたり、にこやかな表情で頷いていたり、とても楽しそうだった。


高塚の自宅へと着くと、僕たちは二階の和室へと案内された。志崎にとっても古いタイプの家は面白いらしく、あちこちと見渡しては、この島は本当に面白いなと言葉を漏らしていた。高塚が目の前に出してくれたお茶はいつものような緑茶ではなく、ほのかにお煎餅のような香ばしい匂いがする。


「玄米茶ですか」


志崎の質問に高塚は頷いた。すると、玄米茶好きなんですよねと志崎は嬉しそうに湯飲みの中に入ったお湯をふうふうと息を吹きかけ、一口飲み込んだ。その間、僕は茶の間を眺めていた。そして飾り棚に木彫りの熊が視界に入った。木彫りの熊というのは言葉通り木を彫って作った口に鮭を咥えた顔の険しい熊だ。


「創は木彫りの熊作ったことあるか」

何も言わずに僕は木彫りの熊を見つめた。じっと見つめ、木彫りの熊を手に取ると、それをひっくり返して裏を確認した。木彫りの熊には僕のサインが彫られていた。


「これ、僕が作ったものです」

そう言うと、高塚は大きな口を開けて笑った。銀歯がチラリと見える。


「すごいな、こんなところで繋がるのか」

貴族に作ってきた物が、今こうして高塚の所有物として飾られている。それはなんとも不思議な感覚だった。


「すごいですね。そんな偶然あるんだ」

志崎は驚きながらお茶の入った湯飲みをゆっくりとテーブルの上へと置く。


「この木彫りの熊はいつ作ったんだ」

高塚にそう言われると、僕はこの木彫りの熊をいつ作ったのか思い出そうとした。何体か作ってきたので、中々記憶を辿れず、僕はもう一度木彫りの熊を手に取ってじっくりと観察した。


「多分、十二歳の時です」

当時使っていた彫刻刀はあまりいいものではなかった。刃の滑らせ方や、掘り方をみても、まだまだ経験が浅い時の物だ。


「え、これを十二歳で作ったんですか」

志崎と高塚は目を丸くして、もう一度木彫りの熊を見つめた。


「だからこうなんです」と、僕は手のひらで固くこびりつくようにできたマメを見せる。


「お前も笑うんだな」

高塚の言葉をなぞるように、僕は自分の頬を摩った。確かに僕の顔は笑っていた。

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